作品タイトル不明
19話 異世界にもショウヘイいました
翌日、商業区の外れにある例の空き店舗にやってきた。
私は室内に入ってすぐにマスクを取り寄せた。
長年放置されていたらしく、店内はホコリとカビの匂いが充満し、床やカウンターは黒ずんでいる。 広い裏庭に至っては、雑草が膝の高さまで生い茂っていた。
「うわぁ……これはだいぶ骨が折れそう。気合い入れますか!」
腕まくりをして気合を入れると、入り口のドアが開いて友達が入ってくる。
「僕らも手伝うよ、リナリー」
「仕方ないから、あたしも協力してあげるわ!」
私服姿のフィロー様とロリナが駆けつけてくれたらしい。
持つべきは友達だよね!
ちなみにフィロー様は動きやすい簡素なシャツ姿なのに、まるで舞台俳優のように絵になっている。
ロリナもエプロンを持参して、すっかりやる気満々だ。
優しいね。
「お休みの日なのに、二人とも本当にいいんですか?」
「もちろん。友達のお店がオープンするんだから、手伝うのは当然さ」
「気絶伯爵の嫌がらせがあったら、あたしがぶっ飛ばしてあげるし」
二人の優しさに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
異世界にきて数ヶ月、こんなに素敵な味方ができたことに感謝だ。
絶対にこのお店を成功させなきゃ。
「二人とも、ありがとう! 早速、お掃除から始めよっか」
普通に雑巾掛けをしていたら、三人がかりでも数日はかかるだろう。
でも、私には感謝ポイントがある。
私はあらかじめ取り寄せておいた『日本の強力お掃除グッズ』が詰まった袋を開けた。
「ロリナはこれでカウンターを磨いてみて。軽く擦るだけでいいから」
「この白い四角いスポンジで? 水をつけるだけでいいの?」
半信半疑のロリナに『激落ちくん(メラミンスポンジ)』を渡し、私はフィロー様と共に厨房の水回りへ向かう。
シンクにはびっしりと頑固な黒カビがこびりついていた。
「これは長期戦になりそうだね……」
「フィロー様、少し下がっていてくださいね。強力な魔法薬を使いますから」
「魔法薬? 宮廷魔術師が使うような浄化のポーションかい?」
私は答える代わりに、赤いボトルのスプレー『カビキラー』のノズルを向けた。
シュッシュッ! とリズミカルに泡を吹き付けていく。
ツンとした塩素の匂いが漂う中、みるみるうちに黒カビが溶け、元の輝きを取り戻していく。
「なっ!? こんな短時間で汚れが消えた!?」
フィロー様が目を丸くする。
浄化のポーションにも引けを取らない効果だと自信がある。
作ったの私じゃないけど。
「リナリー! こっちもすごいわ! このスポンジ、軽く撫でただけなのに木目の黒ずみが真っ白になったの!」
今度はカウンターからロリナの歓声が上がる。
彼らの常識を軽く破壊しつつ、私たちは驚異的なスピードで店内をピカピカに磨き上げていった。
「リナリーの出す商品って、本当に不思議だよ」
「本当よね……。あたしの髪もツルツルにしてくれたし」
「秘密のルートで仕入れてるんです。内緒ですよ」
清潔大国と言われる日本が生んだ製品は、異世界でも十分通用する。
特に掃除の分野では、だいぶ無双できそう。
☆
「ふぅ……店内はこれで見違えるように綺麗になったわね」
ロリナが額の汗を腕で拭った。
数時間前とは、別物かってくらいに清潔感のある店内になった。
その後、外の雑草を手分けして引き抜いていく。
一通り終わると、裏庭の縁側に腰掛け、心地よい疲労感に包まれた。
かなり整理されたが、一つ問題もある。
庭のど真ん中に鎮座している巨大な大石だ。
前のオーナーが置いた物らしい。
大人十人でも動かせるか怪しいサイズだ。
「あの石は邪魔だね。後で僕が、城の土木部隊を手配しようか?」
「あ、大丈夫です。どかすツテがあるので」
私が苦笑して答えると、フィロー様は不思議そうに首を傾げた。
「それより、休憩にしましょう。とっておきの飲み物を作りますね」
私は氷を入れたグラスに、はちみつ漬けのレモンシロップを入れ、そこに通販で取り寄せた強炭酸水をたっぷりと注いだ。
シュワァァァッ! と心地よい弾ける音が響き、レモンの爽やかな香りが広がる。
「どうぞ。特製レモネードです」
「美味しそう〜! ちょっと? 水の中で、空気が弾けてない?」
「ふふふ、飲んでみてください」
フィロー様とロリナが恐る恐るグラスに口をつける。
その瞬間、二人の目が限界まで見開かれた。
「なにこれっ、口の中でパチパチ弾けるんだけど!?」
「こんな不思議な飲み物、王宮の晩餐会でも口にしたことがないよ。甘酸っぱくて、疲れた体に染み渡るようだ……!」
炭酸という未知の刺激に、二人は夢中でグラスを傾けている。
初めは驚くけれど、慣れるとどんどんと癖になるのが特徴だよね。
二人が初炭酸を楽しむ光景に私が満足げに頷いていると——上空の太陽が、巨大な影に遮られた。
『——ムッ。余を差し置いて、美味そうなものを飲んでいるではないか! 何事だ!』
バサァァァァッ!!
突風と共に、裏庭に漆黒の巨竜がドスゥンと舞い降りた。
地面が大きく揺れ、周囲の木々がざわめく。
何事かはこっちのセリフだよ!
「ダ、ダークドラゴンッ……!」
フィロー様が立ち上がり、私とロリナを庇うように素早く剣を抜く。
温厚な彼からは想像もつかないほどの、鋭い覇気。
目の色も赤く変化している。
そういえば、フィロー様の魔力は眼力系って言っていた。
その後ろで、ロリナは完全に腰を抜かして震えている。
何度見ても、アルミラは威圧感がすごいから……。
「フィロー様、剣を収めてください」
「下がるんだ! 厄災クラスのドラゴンだ。僕が時間をかせぐ——」
「いらっしゃいアルミラ。今日もお腹空いてる?」
私が手を振って普通に話しかけると、フィロー様は間の抜けた声を出して固まった。
『当たり前だっ。その前に、余にもその弾ける水というのを飲ませろ』
「いいけど、その代わり、あそこにある大石をどかしてくれない? 邪魔なのよね」
『なにかと思えば、そんなことか』
アルミラが太い尻尾を、まるでバッドかのように振った。
すると大石が遥か遠くに飛んでいく。
『町の外まで飛ばしてやったぞ』
「ちょっと!? 落下地点に人がいたら危ないでしょ!」
『安心しろ。余が飛んできたコースに人はいなかった。ちゃんと計算している』
遥か遠くで、ズゥゥンと音が聞こえた気がした。
場外ホームランってやつかな?
異世界のショウヘイはここにいたようです。
「「…………」」
フィロー様とロリナは、立ちつくしたまま石化している。
「それじゃ、料理をご馳走するね」
私はポイントで取り寄せた業務用ガスコンロに火をつけ、大量の豚肉とキャベツ、そして麺を炒め始めた。
ジュワァァァッ! と具材が焼ける音と共に、濃厚で甘辛い焼きそばソースの香ばしい匂いが辺り一帯に立ち込める。
『フォッ!? 腹をグーグー鳴らせる凶悪な香りだな! 早く食わせろ!』
「へい、お待ち!」
私は出来上がった焼きそばを素早く出す。
アルミラは特大焼きそばを大口で頬張り、『ゴアアッ! だいぶ美味ではないか!』と上機嫌で尻尾を揺らした。
その横で、ようやく石化から解けたロリナが、引きつった笑いを浮かべる。
「リ、リナリー……。常連予定のお客って……」
「はい。このお店の、一番のVIPです」
「あはは……あの店名は比喩とかじゃ、なかったんだね……。リナリーには敵わないな……」
フィロー様も剣を収め、脱力したように、けれどどこか嬉しそうに笑ってくれた。
☆
学校が始まると、いよいよ来週に迫ったオープンに向けて、私は宣伝活動を開始した。
「じゃーん。これ、お店のチラシです」
教室でチラシを出す。
A4用紙に私の描いたイラストやお店の情報が書いてある。
書いた後、家庭用コピー機を入手して何百枚も印刷した。
「へぇ、いい感じじゃない」
「ロリナも、女子生徒たちに配ってくれませんか?」
「任せて。知り合いにも渡しておくわ」
「助かります」
ロリナは百枚を超えるチラシを抱え、意気揚々と女子たちの輪へ飛び込んでいった。
そこへフィロー様も歩み寄ってくる。
「僕にも分けてもらえるかな。王城の近衛騎士たちや、お茶会仲間の貴族にも配っておくから」
「お、王城にまで!? よろしくお願いします!」
フィロー様の強力すぎるコネクションに、思わず声が上ずってしまう。
準備は万端だ。
私が提供するメインメニューは、原価が安くて中毒性が高い『ソース焼きそば』、テイクアウトもできる『棒刺し唐揚げ』、そして『炭酸系ジュース』。
どれもこの世界には存在しない、強烈な味と匂いを持つキラーメニューだ。
まずは少ないメニューで、確実にお店を成り立たせていく戦略を取ろう。
学校が終わった後は、オープンを待つ店舗の前に立ち、入り口に掲げた看板を見上げた。
そこには、私が堂々と書き記した文字が踊っている。
『ダークドラゴンが立ち寄る料理店』
「王都の胃袋、全部掴んでしまおう」
私は夕焼け空に向かって、心地よい風を感じながら自信たっぷりの笑みを浮かべた。
私だけの城をオープンさせるぞー。