軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ギルドの支部長と事件の報酬

ブラントミュラー男爵邸。

普通の民家の二十軒や三十軒が余裕で建てられそうな敷地を贅沢に使って、その建築物は建てられていた。

両開きの正面玄関――馬車が丸ごと通れそうな立派な代物――を開けて入ると、そのまま舞踏会が開催できるようなシャンデリアの下がった広間があり、そこから建物の両翼へと延びる廊下と、さらに二階へと続く幅の広い階段が控えている。

部屋の数は十や二十ではきかないだろう。嵌め込み式の硝子窓や丁寧に 仮漆(ニス) が塗られた廊下の柱や装飾など、帝国風の文化漂う庶民の家とは一線を画す瀟洒な建造物であった。

その造られたばかりで傷ひとつない館の二階。応接室の出窓の傍に立つ優麗な影が一つあった。

金髪碧眼、巧緻にして繊細な顔立ちは可憐さと憂い、そして隠し切れない品格を感じさせる……まさに深窓の姫君とも言うべき構図である。

ただし、その頬を流れる冷や汗が、少女の凛然とした佇まいを、微妙に損なっていたりするのだが……。

現在、この応接室には使用人を含めると10人近い人間が詰めているのだが、全員が微妙な顔で押し黙っているために、かなり広い部屋全体に張り詰めたような……或いは、重苦しい空気が立ち込めていた。

「……なるほど、状況はわかりました」

どことなく憮然とした口調で口火を切ったのは、この屋敷の所有者でありこの辺境区全体を管理する統治官であるブラントミュラー 女男爵(バロネス) ――通称、クリスティ女史であった。

「つまり『 闇の森(テネブラエ・ネムス) 』でスケルトンが大量発生。それを確認するために冒険者ギルドから10名からなる冒険者パーティが出発。そっちの坊主がガイドって名目で参加」

『そっちの坊主』のところで、一瞥されたブルーノが、蛇に睨まれた蛙の様に身を縮める。

「そしてうちのジルたちが現場へ急行。すると冒険者たちは坊主一人を残して全滅。後先考えずに現場に着いたジルがスケルトンと交戦。これを全滅させた――これで間違いないわけだね?」

ぐるりと見渡された一同――ジル、エレン、ラナ、ブルーノが頷き、そして冒険者ギルドから調査・聞き取りの名目でやって来た、線の細い年齢は25歳位かと思える青年と、受付嬢のカルディナも、ほぼ反射的に首を縦に振った。

一巡りした怜悧な視線が、再度窓際に雁首並べて起立している関係者の筆頭――名義上、自身の養子であり同じ魔術の師に学んだ魔女の妹弟子に当たるジルの秀麗な美貌に注がれる。

「………」

流石に居心地が悪いのか、冷や汗を流しながら俯いている彼女の顔を見て一言。

「呆れたものだね。どいつもこいつも成り行き任せの行き当たりバッタリで、最後のケツだけこっちに拭わせようと持ち込みやがって」

統治官としての公務と男爵家当主としての私情、両方が入り混じっての嘆き節に、一同が『う……っ』と呻いて、決まり悪げに視線を逸らせた。

平然とした顔をしているのは、クリスティ女史の背後に立つ 家令(スチュワード) のロイスと、当事者感覚ゼロで、腕組みして傍観に徹している巨大な 死霊騎士(デス・ナイト) のバルトロメイくらいなものである。

◆◇◆◇

さて、昨日の大騒ぎから丸一日経過した、翌日の『鏡の日』(地球で言う土曜日)の午後のことです。

地球と違って週休二日とは行かないこの世界ですが、基本的に官公庁は『鏡の日』の午後はお休みになります(ギルドは年中無休ですが)。

午前中に一仕事終えたクリスティ女史のもとへ、前もってアポイントメントを取っていたお客様がお見えになったのにあわせて、昨日の事件の当事者である私たちも、立会いを求められこうして応接室へ整列して、なんとも居心地の悪い針の筵に座らせられているのでした。

「で、エラルド支部長。ギルドのお偉方がわざわざここまでご足労いただいたってことは、何か表沙汰にできない、内密の話し合いがあると考えていいわけかい?」

真正面からズバリ切り込まれた青年は、困ったような顔で作り笑いを浮かべて、

「いやいや、事が事ですので、私も参加した方が良いと思っただけです。別段深い意味はありませんよ、 女男爵(バロネス) 」

と曖昧に言葉を濁しました。

と――。

話の内容以前に、クリスティ女史が青年を呼んだ肩書きを耳にした全員が、厳粛な場の空気も忘れて、異口同音に叫びました。

『し、支部長おおお?!』

てっきりカルディナさんに若手の事務員が付いてきた程度に思っていたのに、これが冒険者ギルド・コンスル支店の最高責任者ですの!?

「若く見えますけど、あれで年齢は40歳を越えてるんですよ」

並んで立っていたカルディナさんが、言葉にしにくいけれど…どうにも歯痒いような、微妙な表情で補足してくれました。

……いやいや、これで40歳とか、どんだけ若作りなんですか?! カルディナさんがもにょる気持ちも理解できるというものです。

「ははは。支部長室にいても、秘書官とよく間違われるんですと。はじめまして、冒険者ギルド・コンスル支部長のエラルドです。どうにも貫禄がなくてすみません……」

聞こえていたみたいで、本人が照れ笑いを浮かべながら、ざわざわと落ち着きのない一同を見渡して、爽やかに自己紹介をしました。

ちなみに一同の中では、この方だけがお客様待遇でソファーに座っています。

「はあ……はじめまして、ジュリア・フォルトゥーナ・ブラントミュラーです。以後お見知りおきを」

取りあえずドレスの裾をつまんで一礼いたしました。

「貴女が今回の功労者ですか。コンスル支部一同を代表して御礼申し上げます。本来であれば、ギルド総出で表彰をして報酬を差し上げる処なのですが……」

チラリと意味ありげにクリスティ女史の顔を確認するエラルド支部長。

クリスティ女史の視線が今度は私に突き刺さります。

「――だ、そうだけど。どうしたいんだい、ジル?」

「ご遠慮いたしますわ。私はあくまで友人の消息を確認に行っただけですし、別段仕事として請け負ったわけでもございませんので。……ま、敢えて言うのでしたら、この地を管理する男爵家の一員として、領民の安全の一助を担ったとお考えくださいませ」

私の答えを聞いて我が意を得たりという笑みを浮かべる女史と、苦笑いをする支部長。

「そうしますと、『 闇の森(テネブラエ・ネムス) に調査に向かった冒険者パーティ10名が、たまたま発生していたスケルトン20体余りに全滅させられる。唯一の生き残りであるガイド役の少年から報告を受け、事態を重く見たブラントミュラー男爵家の家臣団が急遽出陣して、これを殲滅した』という筋書きで処理する形で宜しいでしょうか?」

「ふん……まあ、そんなところが妥当だろうね」

面倒臭そうにロイスさんにメモを取らせるクリスティ女史。その視線が、ちらりと確認するように向けられましたので、私も軽く頷きました。

実際、私としてもこの提案は諸手を上げて賛成できるものです。

下手に事件が大々的に表沙汰になって、解決の立役者みたいに脚光を浴びずに済みますからね。ま、エレンとラナはそのあたり若干不満そうで、なにか言いたげな目で頬を膨らませていますけれど……ですが、私の処世術は目立たない、平凡な、雑草のような日陰者人生なので、余計なスポットライトは必要ないのです。

「……まったく、せっかく最近は良い調子でギルドの人員も増えてきたのに、また『 闇の森(テネブラエ・ネムス) 』周辺は危険地帯だと言われて、二の足を踏む冒険者が増えそうですよ」

「ふん。いまさらだろう。事実、統計的にもここのギルド員の未帰還率が高いのは確かだからね」

ぼやくエラルド支部長に追い討ちを掛けるクリスティ女史。

「統計ではたかだか5パーセント程度ですよ! それだって 地下迷宮(ダンジョン) に比べれば、余程安全ってものなんですから」

誰に向かって言い訳しているのかわかりませんが、憮然と反論を試みるエラルド支部長。その視線が、どことなく落ち着かない様子で足元を見ているブルーノに向けられました。

「そういえば君…ブルーノ君だったかな? 君は冒険者希望だったね。まだ12歳だそうだから、即時入会は無理だけれど、研修生みたいな形ならギルドに所属できると思うんだ。君さえよければ私から推薦しておくけれど?」

驚いた顔でエラルド支部長の顔を見るブルーノ。

ですが、一昨日までの彼なら二つ返事で了承したところを、明らかに 躊躇(ためら) った様子で無言のまま、再び俯きます。

「支部長、それはあまりにも無神経な発言では?!」

眦(まなじり) をきっと上げ、上司を非難するカルディナさん。

「うん。確かに急な話だし子供相手に無茶を言っていると思うけど、別にいきなり実戦に出そうって訳じゃないよ。引退した冒険者が指導員になって、ノウハウを教える技能学校みたいなものを開設する予定だからね、そのテストケースとして参加しないかって聞いてるんだ。無論、授業料は取らないよ……ま、今回の口止め料込みと考えてもらえれば良いかな」

なるほど。そう言われてみれば悪い話ではないかも知れません。

ブルーノ自身の剣の技量は、バルトロメイ曰く「12歳にしてはかなりマシ。才能は並だが思いっ切りが良いので、伸びやすい」とのことですので、後は冒険者としての知識と実践を学べる場があれば、おそらくは 一端(いっぱし) の冒険者となる日も、そう遠い未来の話ではないでしょう。

「俺は……いまはまだ、混乱していて、なにが良いのか…良くわかりません。ゆっくり考えて、答えてもいいですか?」

しばし煩悶してから顔を上げたブルーノが、ややつっかえながらそう答えました。

「ああ、答えが出たら窓口のカルディナさんに言ってもらえれば良いよ」

にこやかに応じた支部長の柔和な笑みが、ふと私の方へと向けられます。

「そういえば事件の現場を見せてもらったのですが、襲ってきたスケルトンは全部で17体で、1体がバラバラの砕片になっている他は、装備品だけ残して綺麗に消し飛ばされていましたが、あれはお嬢様の魔法の仕業ですか? さすがはクリスティアーネ様のご息女だけのことはありますね」

「……ふむ。粉砕されていた1体はそれがしの 為業(しわざ) であるな。見分けられる程度に形が残っていたとは、少々手加減が過ぎたか」

憮然と自省する 死霊騎士(デス・ナイト) を珍しいものでも見るように――ま、実際他では見られないでしょうね――眺めてから、軽く肩をすくめてエラルド支部長は話を続けました。

「ところで、カルディナさんに聞いた話では、お嬢様は〈火〉と〈水〉の魔術の使い手だとか。あの場にはそれらしい魔術の痕跡はなかったのですが、どのような方法でスケルトン16体余りを倒されたのでしょうか? 参考までにお聞きしたいのですが」

顔は笑っていますけれど、どことなくこちらの反応を伺っているような気配を感じて、一瞬、言葉に詰まったところで、クリスティ女史が軽く声を荒げて口を挟んできました。

「身内以外にわざわざ手の内をバラす魔術師はいないさ。術の内容ってのは術者の生命線なんだからね。あんたらも余計なことを吹聴するもんじゃないよ!」

「も、申し訳ありませんっ!」

「これは失礼致しました、 女男爵(バロネス) 」

女史の助け舟にほっとしたところで、立ち上がったエラルド支部長が一礼をして、私の方へ近寄って来ると、にこやかに右手を差し出してきました。

「今日はお時間をおとりして申し訳ありませんでした。今後、何かありましたら当支部としましては、全力をもってお嬢様のお手伝いをさせていただきますので、どうぞよしなに」

「……そうそう何かあるとも思えませんけれど」

こちらは日陰の雑草を目指しているのですから、あっては困るのですよね。

「まあまあ、念のためです。 領民の安全の為に(、、、、、、、) 、また貴女の力が必要になる事もあるかも知れませんから」

……見た目と違って随分とタヌキですこと。

私は表面上にこやかに握手を交わしながら、内心大いにため息を付きました。

◆◇◆◇

「――で、アンタは結局どうするわけ?」

冒険者ギルドの二人が帰った後、同じく村に戻るというブルーノを見送りに、私とエレン(それとフィーアと私の影の中に憑いてきたバルトロメイも一緒ですが)が、 騎鳥(エミュー) の手綱を引くブルーノと連れ立って歩いていました。

「考えてる……」

「考えてるって、アンタ死ぬような目に遭ってまだ冒険者だとか言ってるわけ? 悪いことは言わないから、お父さんの商売を継ぐなり、村で畑を耕すなりしたらいいんじゃないの?」

「うるせえな。どうしたって俺の勝手だろう!」

「そりゃそうだけど、アンタがあんまり馬鹿だから」

「まあまあ、二人とも感情的にならないで」

普段の口喧嘩に似ていますけれど、微妙に険悪な雰囲気になっているエレンとブルーノの二人の間に、私は割って入りました。

「エレンの気持ちもわかるけれど、まずは本人がどう思うかどうか……だけど、昨日の今日ですぐに結論を出せって言うのは無理よ。ブルーノに考える時間を与えてあげないと」

「ですけどね。なんかこういうウジウジしたのは……」

文句を言いたげなエレンを制して、私はブルーノに確認しました。

「そういえば聞いたことがなかったんだけれど、ブルーノはどうして冒険者になりたいって思ったの?」

しばらく黙っていたブルーノですが、しぶしぶ口を開きました。

「子供の頃、見た冒険者が格好良かったから」

「ふーん。ま、そんなことだろうと思ったわ」

と言うエレンの感想に、ちょっとムッとしながら続けるブルーノ。

「ガキの頃、金貸しの親父を恨んだ男に誘拐されたことがあって、そこを雇われた冒険者に助けられたんだ。だから俺もそんなカッコいい冒険者になりたかった。それだけだ」

「……ふーん」

「そっか……」

「だけど、昨日の俺は格好悪かったよな。涙と鼻水流して逃げ回って」

自嘲したブルーノに対して、私とエレンはお互いに「まーね」「格好良くはなかったかな」と軽く肩をすくめて答えました。

「……情けないなあ」

空を見上げて呟いたブルーノは、何かを決心した目で私たちに向き直りました。

「俺がどんだけ馬鹿で思い上がっていたかわかったよ。これからは身の丈に合わない夢を追いかけるのはやめることにする」

「……そう」

どことなく残念そうな顔でエレンが頷きました。

「だからギルド支部長の話に乗って、改めて基礎からやり直すために研修から始めてみようと思う」

「「へっ――?!」」

てっきり冒険者になることを諦める……という流れを予想していた、私とエレンとは予想を外されて、思わず顔を見合わせました。

「それで今度こそカッコいい冒険者になってみせる!」

両拳を握り締めるブルーノを前に、ホッとしたような脱力したような、虚ろな笑みを浮かべる私たちでした。