軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 ルーカス公子の気持ち

近衛騎士団の詰め所――元は皇城に付随する離宮のひとつであった――の一角にある芝の訓練所に、二十人余りの青少年が集まっていた。

彼らは近衛騎士指導の下、武術や乗馬術の実技指導を受ける為に集められた貴族の御曹司ばかりである。

もともとは先代……いや、先日今上帝が身罷られたことから、先々代と化している二代前の皇帝が、皇族の心身向上の為と称して始めた武術指導であるのだが、競争相手が多いほど互いに切磋琢磨して効率が良いとの理由から、いつしか皇城に登城できる身分の高位貴族の子息も参加しての集団指導と化していた。

このためこの場にいる少年達はいずれも皇族や王族、帝国の中でも高い爵位をもった貴族ばかりである。

教官の指導の下、軽く柔軟運動を行っていた、皇族にして公爵家の長子であるルーカスは、自分とペアになっている1歳年上のダニエル――代々帝国の政策顧問をしているラーティネン侯爵家の跡取り――が、妙に沈んだ顔で黙々と訓練に励んでいる様子を見て首を傾げた。

「どうしたんだい、ダニエル。君が無駄口も叩かずに、こんなに真面目に取り組んでいるなんて、ちょっと僕の記憶にはないんだけれど?」

「それは 褒(ほ) めているのかな、それとも 貶(けな) しているのかな、ルーカス公子?」

憮然とした顔でそれに答えるダニエル。普段のおちゃらけた――はっきりと軽薄と言い切っても良い――言動を知っているルークにしてみれば、どうにも調子が外れる物言いであった。

「俺にだって悩む時はあるさ。とりわけ恋とか愛とか御令嬢との関係とか……」

あ、平常運転だな。

即座にそう判断したルークは訓練用の木剣を持って立ち上がった。

「さて、そろそろ剣術指導を始めるみたいだし、そろそろ教官のところへ行こうか」

「おい、なんか俺の悩みを蔑ろにされてないか? 普通、この流れならもうちょっと突っ込んだ合いの手を入れるものだろう!」

釈然としない顔で、同じく木剣を持ってその後を追うダニエル。ルークはあえて聞こえないフリをして、指導教官である近衛騎士の下へと足を運ぶのだった。

◆◇◆◇

長く平和が続いた帝国……ことに宮廷における剣術は、実戦形式と名は付いているもののルールに 則(のっと) ったスポーツであり、かなり様式美に染まったものと化している。

「ここに当てたら反則とか、背中を向けたら負けとか。結局、自己満足のチャンバラごっこなわけよ。実際、実戦では弓矢とか、いっそ石を投げたほうが効果的だったって聞くしさ。まだしもカケットでもやってた方が真剣になれると思うんだよ」

とはダニエルの言葉。ちなみに『カケット』というのは6対6で、スティックで球を打って相手のゴールに運ぶ、馬に乗らないポロのような競技の事である。

「そういうことは、きちんと勝ってから言わないと、単なる減らず口にしか聞こえないけどね」

「最初から負ける勝負は手を抜くことにしているのさ。負けるが勝ちって言うだろう」

三本勝負であっさり二本決めたルークが苦笑しながら指摘しても、ダニエルはどこ吹く風で肩をすくめて嘯いた。

「……とはいえ、剣術と違って縁談は逃げてもどうにもなるものじゃないけど」

陰鬱そうな表情でため息をつく友人の顔を横目に見ながら、視線は正面――同期生の試合――から離さずに、おざなりに口を挟んだ。

「さっきからやたらと恋愛に絡んでくるけど、なにかあったのかい?」

「おおっ。聞いてくれるか、心の友よ」

「……正直、どうでもいいんだけれどね」

心の底からの感想は都合よく友人の耳を素通りしたらしい。

「実は先日、セレスティナ嬢と食事を共にしたのだがね」

「ああ、アレマン子爵のご息女で、確か君の 許婚(いいなずけ) だったね」

美人と言うわけではないが、しっかりしてそうな14歳の御令嬢の顔を思い出して、ルークは相槌を打った。

「うむ。まあ… 許婚(いいなずけ) と言っても、周りが勝手に決めたものだけれど」

大仰に嘆息するダニエルの顔を見ながら、「いや、当然じゃないのかな。許嫁って、普通幼児が双方の親たちの合意で婚約を結んでおくことなんだから」とツッコミを入れるルークであったが、この講釈もあっさりと聞こえないフリをされた。

「で、彼女に尋ねてみたのだよ。『先々の見えた人生など虚しくないですか?』と。実際、そうじゃないかな。彼女と結婚をして領主の座を継ぐ……どうなると思う? 何年かしたら子供も生まれて安泰だ。領地経営? 徴税? そんなものは現地の代官に任せて、いい加減飽きの来た女房とは半別居状態。だけど側室を迎えるにしても、親戚一同にお伺いを立てなければならず、好き勝手やっている女房に汲々とする毎日。そこで俺はふと思うんだ、あの時に俺は選択を誤ったんじゃないか、とね……ああ、素晴らしきかな我が人生!」

「随分と極端だね」

でも、まあ典型的だけれど、ありがちな未来かな……と思いながら、芝居っけたっぷりに慨嘆する友人を横目に見るルーク。

「で、そう言ったら我が愛しの許嫁殿はなんて言ったと思う? 『あまりくだらない歌劇や本を見ない方がよろしいのでは?』だそうだ。……なんだかなぁ、普通こういうことは女の方が夢を見るものじゃないのかね? 『もともと決まっていたことですし、このまま婚姻が進めば両家とも、さしたる混乱もないまま繁栄が約束されるでしょう。それのどこにご不満が?』とか言われる俺の立場とか、なんなわけ?」

情けない顔でうな垂れるダニエルを見て、ルークは不謹慎とは思いながら、ついつい失笑を漏らしてしまった。

「しっかりした女性じゃないか。そういう女性だからこそラーティネン侯も前向きなんじゃないかな。本気で君に合わないと思ったら、侯もダニエルの意を汲んでくれると思うし。別にセレスティナ嬢のことが嫌いって訳でもないんだろう?」

「そりゃ嫌いって訳じゃないけど。こう……心を焦がす恋愛とか、胸を熱くさせてくれる相手って訳じゃないのがなあ。逆に俺の情熱に冷や水ぶっ掛けてくる処がどうにも苦手で」

「そういうものかな」

「そういうものだよ。ま、お前も他人事じゃないとは思うけど……」

後半のしみじみ同情したような声と表情に、ルークは首を捻った。

「――なんで?」

「なんでって……いや、お前も婚約者をあてがわれてるだろう? それもお相手はかの有名な“リビティウム皇国のブタクサ姫”なんだから、不幸としか言いようがないだろう?」

その言葉に、ルークは合点がいった顔で、ああ、と頷いた。

「 そっちの方か(、、、、、、) 、てっきりジルの方かと思った」

「いや、そっちの方もなにも、お前とブタクサの姫との婚約話については、妙齢の御令嬢にとっては一大 関心事(スキャンダル) だぞ。俺がサロンや夜会に出席するたびに、どれだけの貴族の御令嬢方に質問をされる事か……」

言いかけたダニエルの顔に衝撃が走る。

「ちょっと待て! 『ジル』って誰だ、どこの御令嬢だ? いつの間にそんな相手と知り合ったんだ!? そうか、なんか余裕があると思ったら、そういう相手が居たのか!!」

胸倉を掴まんばかりに詰め寄るダニエルに辟易しながら、適当にいなして遣り過ごそうとしたところへ、指導教官のカミナリが落ちてきた。

「そこ――ルーカス、ダニエル、真面目にやらんか! 腕立て伏せ100回っ!!」

その怒声を受けて、二人は揃って弾かれたように、その場で腕立て伏せを始めたのだった。

◆◇◆◇

「……きつかったなー」

ふらふらの足取りで並んで歩きながら、ヤケクソ気味の笑みを浮かべるダニエルを、ジト目で睨むルーク。

「誰のせいだと思っているんだ」

結局、あの後教官に「それだけ元気が有り余っているなら」と、揃って足腰が立たなくなるほどしごかれたのだった。

「敢えて言うならタイミングの問題だな。別にサボってたわけじゃないし。雑談していたのが悪いというなら、お前も共犯だしな」

悪びれた様子もなく、ぬけぬけと言い放つ友人……悪友の言葉に憮然としながら、ルークは自らの離宮に帰るべく足を進めた。

「じゃあな、僕はこれから学科の授業があるから」

「ああ、またな。今度はじっくり愛しの『ジル嬢』のことを聞かせろよ。この朴念仁の公子様のハートを射止めた麗しの君だ。さぞかし佳人なんだろうな」

「そうだけど……別に関係ないだろう。あと絶対にジルの事を誰かに話さないでよ。少しでも噂が聞こえた時点で、君とは絶交だからね」

ウンザリしながらルークは念を押して、ダニエルと別れた。背後で「裏切り者!」「馬に蹴られろ!」とか喚く声が聞こえるが、無視して足元に力を込めてさっさとその場を後にした。

ちらりと振り返って見れば、諦めたのかダニエルもふらつく足取りで離れていくところだった。

ほっと安堵の吐息を漏らしながら、ルークはふと遠い辺境の地に居る彼女のことを考えた。

(『麗しの君』か。確かにあんなに綺麗な女の子はそうそう居ないとは思うけど)

正直、ルーク自身はあまり外見に関してはこだわりのない方だ。勿論、容姿が優れているのに越したことはないが、中身が伴っていなければそんなものは意味がないだろうと思う。

同じ選ぶのなら、性格の悪い美女より性格の良い 醜女(ブス) を選ぶ……そんな彼なので、実のところ『リビティウム皇国のブタクサ姫』と呼ばれるシルティアーナ姫に対しても、特に思うところはなかった。

だだ、彼女に対しては、ほとんんど会話が成り立たないため中身を推し量ることができず、結果恋愛対象として考慮できない……というのが、ルークの下した判断だった。

(まあ、彼女にも良いところはあるのだろうけれど……)

だからといって無理やり美点を見出そうとも思わない。何しろ自分の心には、もっと大切な相手がいるのだから。

この気持ちが一目惚れという自覚はある。

なぜと聞かれれば「綺麗だったから」という答えがパッと浮かんだ。

だが、それは見た目がどうこう言うのではなく、その心根の強さが、優しさが、一目でわかる美しさだったからだと言える。

奴隷の子を助けるために身を挺して庇った彼女の瞳には迷いはなかった。自分はただその後追いをしただけだ。

本当の意味で美しい女性は少ない。だが、自分はそんな人と出会ってしまった。ならば、この気持ちに嘘をつかずに向き合おう。

そして、いつか立派な男になったと自分で自分を誇れるようになった、その時に必ず彼女に告白しよう。

そう少年は誓いも新たに、遠い空の下にいるであろう想い人の面影へと微笑みかけるのであった。