軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

イライザの計画とストラウスの襲来

「まあ、当時はすでに 前のご主人(ヴィクター) 様は往生していて、 研究所(ラボ) と 錬金術工房(アトリエ) を維持していたのは、助手兼掃除番として造られたワタシと 複製(コピー) された 前のご主人(ヴィクター) 様の記憶と人格……はて? あれってどこに保存してあって、どこに消えたんでしたっけ?」

そこまで口にしたところで、腑に落ちない表情で首を捻るコッペリア。

「……あ~……」

事実を知るエレンが小さく口を開きかけ、同じく事情を知っている私とルークは思わず無言で視線を交差させましたが、小さくかぶりを振ったルークの意図を察して、私もそ知らぬふりを続けることにして、エレンに目配せしました。

他ならぬコッペリアの『賢者の石(笑)』を原料にした人工頭脳に、ヴィクター博士のコピー人格は保存されていて、表層人格であるコッペリア本人すら与り知らぬレイヤーの奥に潜んでいたものが、例の〈 不死の王(イゴーロナク) 〉との戦いで主導権を握り、そして戦いを終えて未練がなくなり、きれいさっぱり消去されて、もはやどこにもいない……。

ある意味、 解離性同一性障害(二重人格) に等しい処置をされていたコッペリアの中では、ヴィクター博士のコピー人格は別個に存在して活動をしていた――ある意味正しい認識ですが――となっているようですが、いまさらながら細かな矛盾や意識の空白に 齟齬(そご) を覚えて混乱しているようですが、わざわざ制作者であるヴィクター博士が、何の痕跡も残さずにコッペリアのメモリから消えている。

それが遺された被造物への親心か、稀代の錬金術師としての美学かはわかりませんが、その遺志を尊重して余計なことは喋らないことを、暗黙の了解としたのです。

ともあれ、ヴィクター博士が表に出ていた記憶も自覚もないコッペリアは、自己認識の矛盾にしばし首を捻っていましたが、

「――ま、細かいことはいまさらどーでもいいですが」

「「「「「「「「「いいんか(のですか)(にょあ)!?!」」」」」」」」」

人造人間(オートマトン) とは思えない雑で軽すぎるその割り切りに、思わず私、ルーク、エレン、ブルーノ、シャトン、プリュイ、アシミ、ノワさん、イレアナさんのツッコミが殺到します。

「はっはっはっ。この世の中、わけわかんねーことはいっぱいありますからね。終わり良ければ総て良し。過程よりも結果ですよ」

気にした風もなく問題を棚上げして(なおこの棚はゴミ箱に直結しているらしく、まず今後棚卸されることはありません)当時の記憶を検索するコッペリア。

「ローマは一日に――いえ“広大な帝都も一日にしてならず”とも言います。何事もコツコツと継続して積み上げる過程が足元の地盤を作るものですから、そういう刹那的な成果主義や、勲功第一主義というのもどうかとは思うのですが……」

そんな私の苦言を聞いているのかいないのか、

「――で、どこで聞きつけたのか、 前のご主人(ヴィクター) 様の研究テーマである『 不死人計画(プロジェクト・イモータル) 』を嗅ぎつけて、接触を図ってきたのが当時――いま思えば全盛期、本家クララ様のドーピングが切れて見る影もなく――燃え尽きる前の蝋燭か、三番 出汁(フォン) を取った後の出し殻か、夏の終わりの蝉みたいになっていたイライザと、パトロンになっていたシモン卿でした」

いま思えば、なんであんなのを『クララ様』なんて呼んでたんでしょうね~、と人の母親をディスりまくるコッペリア。

「『 不死人計画(プロジェクト・イモータル) 』だと? バカバカしい。 人族(ビーン) というのはつくづく愚かで世俗の垢に塗れ、なおかつ世の理を乱す不要な存在だな」

と、猛然と蒸かした 甘芋(クマラ) (いわゆる サツマイモ(スイートポテト) です)に塩をまぶした素朴な甘味を頬張りながら、自然とともに生きることを信条としている 妖精族(エルフ) であることに誇りを持つアシミが、喉につかえかけた芋を木製の器に入った 珈琲(コーヒー) で一気に流し込みつつ、ほう……と息を整え、忌々し気に吐き捨てました。

とても健全な考え方ですが、北に住む 妖精族(エルフ) が南方から取り寄せた 甘芋(クマラ) に岩塩ではなく藻塩を振りかけ、同じく輸入品の珈琲に砂糖を入れて飲んでいるのも、十分に不自然で世俗に塗れているような気がしますが……?

「同感である。 吸血鬼(ヴァンパイア) である 身共(みども) が口出しするのもはばかれるが、ヒトが“永遠の生”を得るなど夢物語であろう。仮に存在したとしても、そんなものはもはや人間ではあるまい。なぜそんなものに 躍起(やっき) になるのか、理解しがたいのであるな」

こちらは 蜂蜜水(ハニーウォーター) で喉を湿らせながら、ヘル公女が自嘲気味に皮肉ります。

まあ実際、治癒術や錬金術の行きついた先が、高位聖職者の成れの果てである〈 屍王(リッチ) 〉であり、さらには〈 不死者の王(ノーライフキング) 〉であると思えば、アイロニカルになるのも当然と言えば当然でしょう。

その点、同じ肉体を捨て精神体に昇華するにしても、自然に調和した 妖精族(エルフ) や 洞矮族(ドワーフ) は、死後より純粋な精霊などに転生する例も多く、さらには 妖精王(オベロン) 様クラスであれば一気に〈 天使(アイオーン) 〉や〈 星霊(ダイモン) 〉へと進化することも珍しくない――。

「その点、人間は欲の重さに引っ張られて魂が輪廻の流れから抜け出せずに、この世界の中をグルグル回って停滞しているだけだからねぇ」

そう私に説明してくださった緋雪お姉様の苦笑いが、ふと思い出されました。

それを思えば、やはり人間というものは業が深いのですわね(ごくまれに仙人に昇華する有徳の人物もいるそうですが)。

アシミとヘル公女という長命種、不死者による生命に対する 冒涜(ぼうとく) とも言える、『 不死人計画(プロジェクト・イモータル) 』に対する口を揃えての非難を受けて、当事者ではないものの半分以上は関係する私としては、殊勝な態度で肩をすくめるしかありませんでした。

「反論の言葉もありませんわね。(ギルガメシュ王、秦の始皇帝、前漢の武帝、垂仁天皇)古今東西、権力者が最終的に切望するのは不老不死と相場が決まっていますから」

生きたいと思うのは生物の本能ですので馬鹿馬鹿しいとは思いませんけれど、だからといって不老不死を望むのは極端ですし、そもそも正気の沙汰とは思えません。

私の知っているイライザさんは、才能はあっても確固たる目標を持たず――才能、美貌、地位、名声といった生まれ持っての恵まれた環境に 胡坐(あぐら) をかいて――自分自身の望みというものが希薄で、未来を知っている身としては、内心もどかしく 切歯扼腕(せっしやくわん) していたものですが、案の定、変な方向に弾けてしまったようです。

「――とはいえ〈 初源的人間(ドリーカドモン) 〉の寿命は三十代半ば。当時のイライザさんが二十代半ば過ぎだったことを考えると、焦る気持ちもわからなくはないですけれど、ヴィクター博士(仮想人格)も、よく協力する気になりましたわね?」

生きた〈 初源的人間(ドリーカドモン) 〉が実験に協力してくれる利点もあるでしょうけれど、そもそもヴィクター博士自らが教団の研究費を横領着服し、 逐電(ちくでん) した過去があるので聖女教団の巫女姫と接触を図るなど自殺行為――まあすでに当人は 歿後(ぼつご) ですが――しか思えませんわ。

偏屈極まりなかったヴィクター博士のコピー人格を思い起こしながら私が首を捻ると、「ああ」と頷いたコッペリアが、渋い表情で吐き捨てるのでした。

「色仕掛けですよ、色仕掛け。生涯童貞だった 前のご主人(ヴィクター) 様の弱みに付け込んで、巧妙に 手練(てれん) 手管(てくだ) を 弄(ろう) して、 搦(から) め手から 篭絡(ろうらく) したんですよ。あの悪役令嬢物語なら確実に負けヒロインの淫乱ピンクが!」

と、微妙に私に刺ささるというか、流れ弾が当たる表現でイライザさんを扱き下ろすコッペリア。

「 色仕掛け(ハニートラップ) ですか? あの私以上の箱入りだったイライザさんが……?? 参考までにどんな手で 誑(たぶら) かせたのか教えていただけますか?」

十年の歳月が男に免疫のない箱入り娘を、男を手玉にとる悪女へと変貌させたのでしょうか? 思わず興味本位でコッペリアに尋ねたところ、なんということない口調でさらりと端的に告げられました。

「ああ、成功したら乳 揉(も) ませると約束したらしいですよ」

「――もの凄く直球で、どこにも男女の機微も駆け引きもなにもありませんわね!?」

搦め手どころか 土俵(どひょう) の中央でガップリ四つになった、単なる打算と欲望のぶつけ合いだけですわ!

◇ ◆ ◇

【 闇の森(テネブラエ・ネムス) 】を眼下に望む高空にて。

濃密で強力な 魔素(マナ) が一種の結界のようになり、中級魔獣ですら容易に近づけない(多少なりとも減衰して、場所によっては濃淡の差が出てくるようになったとはいえ、魔物は本能的に避ける)その場所に足場があるかのように平然と佇みながら、蒼き龍人――〈 神子(みこ) 〉ストラウスが 蓬髪(ほうはつ) を風にたなびかせて、 千里眼(リモートビュー) によって二重の結界に守られたレジーナの庵の内部を易々と透過し、いま現在庭でガーデンパーティーをしている一同の様子を 俯瞰(ふかん) していた。

「いつもの面子に 妖精族(エルフ) 、 黒妖精族(ダークエルフ) 、 吸血鬼(ヴァンパイア) 、 竜人族(ドラゴニュート) か……ウエストバティ市から姿をくらませてどこへ潜んでいるかと思えば、このような場所に、あのような連中を集めて 蝟集(いしゅう) しているとは」

淡々とした口調でストラウスが 独(ひと) り 言(ごち) ちる。

そう呟く彼の横顔には、こびりついた様な哀しみと 寂寞(せきばく) とが宿っていた。

それを知ってか知らずか――当然知らないはずだが――話題を提供していたコッペリアが、ジルの言及に対して、悪びれることなくカラカラと笑いながら開き直ってあっけらかんと言い放った。

「モテない男の欲望を突いた、まさに悪魔のような 姦計(かんけい) ですねー。まあ、あれですよ……ブ男の僻みと 哀愁(あいしゅう) 。身近なところでは セラヴィ(愚民) がルーカス殿下を前にすると、イジイジとグレてたのと同じで、鬱屈した思いを的確に読まれて、いいようにもてあそばれていたようなもんですね。いや~、そう考えるとさっさと死んでよかったですね、愚民」

「もてあそんでもいませんし、死んだと決まったわけではありませんわ!」

ジルの反論も何のその、すっかり話の本題を曲げて、セラヴィに対する言いたい放題にシフトするコッペリア。

「…………殺す」

その光景を 視(み) ながら、微妙に据わった目つきと口調で宣言するストラウスであった。