軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

無銘の墓標とコンスルからの助っ人

ウエストバティ市にある聖女教団の教会敷地内にある墓地の片隅に、真新しく土盛りされた墓と自然石を切り出した墓石とが鎮座しています。

本来ならこの墓地は教会関係者しか葬ることができなかったのですが、何しろ土の下に眠っている相手が公然と埋葬できない存在なため、私の方で無理を言って秘密裏にこの場所を提供していただいた……というわけで、職権乱用ですわね。

そのため墓碑に名前を明記することもできず。ただ一行だけ――。

『我が身を犠牲にして献身せし心正しき勇者、ここに眠る』

そう刻むに留めました。

そんな墓碑に書かれた文言を眺めて、コッペリアがヤレヤレと肩をすくめます。

「いくら名前を書かないからとはいえ、ちょっと褒め過ぎじゃないですか?」

「そこらへんは美辞麗句というものですわ」

コッペリア相手に婉曲な表現は通じませんので、私も余分なタテマエや修辞法を取っ払って、単純明快な事実のみを伝えました。

「なるほど。俗にいう『よい友人は死んだ友人だけ』というフレーズを地で行っているわけですね。しかし、愚民といい死んでも死ななそうな奴らから死んでいきますね」

「……まあ、貴女の場合は情緒とか感傷とかと無縁なのはわかっていますが、せめて墓前では言葉を慎んで殊勝な態度をとりなさい」

嘆息する私に続いて、参列していたエレンが厳粛な雰囲気を台無しにするコッペリアに、冷ややかな視線を向けてあてこすります。

「死んでも死なないって意味じゃ、アンタの方が怪しいわね。仮に 死んだ(ぶっ壊れた) としても、確実に 死体(残骸) が土を掘り返して、 黄泉返(よみがえ) ってきそうだし」

「……そうならないよう掘っても掘っても土の中になるように、棺桶は通常とは裏表逆にして、うつ伏せに安置するようにしますわ」

人造人間(オートマトン) のゾンビとか、下手なサイバーホラーよりも怖いですもの。と、想像をしてしみじみと恐怖を語る私に向かって、当の 本人(コッペリア) が軽快な笑いとともに親指を立てて いい笑顔(スマイル) を向けるのでした。

「はははははははっ! クララ様、ナイスジョーク!!」

その場にいた全員――私、エレン、ラナ、プリュイ、ノワさん、フィーア――が、イラッとしたのは言うまでもありません。

「別に冗談ではないのですけれど……というかジョークを耳にするのもはばかられますわ。昨日も、 コッペリア(あなた) の場をわきまえない冗談のせいで、もしかすると助けを求める声に気付かなかったかも知れませんのに」

ただでさえ人が多くて『 魔力探知(サーチ) 』が惑乱されていたところに加えて、そのせいで発見が遅れて『 完全蘇生(リザレクション) 』も間に合わず、ひとり寂しく路地裏で最期を迎えさせてしまった……と思うと、申し訳なくて悔やんでも悔やみきれません。

「仕方ありませんよ、クララ様。巡り合わせが悪かったんです。誰が悪いわけでもないですから、抱え込まない方がいいですよ」

「いえ、あなたに非があると暗にほのめかせているのですが……。まあ、確かにいまさらですわ」

そうしてしっかりと全員で冥福をお祈りして、私たちは拠点にしているホテルへと、待機させていた馬車で戻ったのでした。

「おかえりなさいですにゃ~」

ホテルの貴賓室へ戻ると、病み上がりのシャトンがルームサービスの食事に舌鼓を打っている姿が、まず目に飛び込んできます。

テーブルには何枚もの皿が積み上がっているというのに食欲旺盛で、まだまだ足りないようです。いまも、ホテルのボーイが追加のポークチャップやシチューを運んできたところでした。

前日に心臓に風穴を開けて死にかかっていた(というか百%死んでいました)というのに、その健啖家ぶりに私は呆れ半分安堵半分で吐息を放ち、プリュイとノワさんは皿の中身がほとんど肉料理なのを見て取って、げんなりとした表情を隠そうともしません。

「……術後の経過がよろしいようでなによりですわ」

ふたりの気持ちもわかりますが、体力と血を大量に失ったシャトンには、肉と栄養が何よりも必要なのでこればかりは黙認していただくしかありませんわね。

「お陰様でほとんど元通りですにゃ。今度ばかりは綺麗な小川と花畑を渡り切ってダメかと思いましたにゃ」

「猫の命は九つあると言いますが、マジで命冥加な奴ですね。つーか、行った先は 天国(うえ) の方じゃなくて 地獄(した) の方でしょうが」

食べながら快活に笑うシャトンに向かって、コッペリアがいつもの毒舌を放ちます。

「まあどっちでもいいですけど、これも聖女サマのお陰にゃ。あたしの魂の叫びが聞こえたからにゃ。あたしと聖女サマの女同士の友情は、鋼鉄みたいに太くて頑丈にゃ!」

いえ、事実は紙テープ並みに薄くて脆かったわけですけど……。

「お礼を言うならいち早く異変に気付いた大根と――」

窓際で 妖精族(エルフ) 謹製の腐葉土の入った植木鉢に浸かり、ラナに 如雨露(じょうろ) で聖水を頭からかけてもらって寛いでいた大根が、私の言葉をきっかけに周囲の注目を浴びているのに気が付いて、「やあ」とばかり手(?)を振って愛想を振りまきます。

この大根、目も耳もないのにどうやって外界の情報を認識しているのでしょうか? 謎ですわ。もっともそれが功を奏して、あの時に周囲の 騒音(ノイズ) を無視して、シャトン た(・) ち(・) の異変に気が付いて、私に知らせてくれたわけですが。

「咄嗟にシャトンに覆いかぶさって、我が身を犠牲にして守り抜いた 豚鬼姫(ミルフィーユ) の献身に感謝すべきですわ」

どんな魔術が込められた弾丸が使われたのか、私とコッペリアでも皆目見当がつきませんが(何しろ弾頭がどこにも見当たらないという不可思議さですから)、仮にも王種である 豚鬼姫(オーク・プリンセス) の巨体を半ばミンチに変え、なおかつその下にいたシャトンの心臓を貫通するという凄まじさでしたから。

あれで 豚鬼姫(ミルフィーユ) の肉壁がなければどうなっていたか……。少なくとも『 完全蘇生(リザレクション) 』で復活できる範疇を軽く逸脱していたのは確実です。事実、 豚鬼姫(ミルフィーユ) は手の施しようがなかったわけですもの(もっとも、二十四時間以内に蘇生可能な人数は一人ですので、いずれにしても片方はあきらめるしかないわけですが)。

「それと、さすがに魔物扱いされている 豚鬼姫(オーク・プリンセス) を、公然と葬るわけにはいかなかったので、身内だけで無銘の墓石を建てるしかありませんでした。体調が戻り次第、一度お参りに行ってくださいな」

「わかったですにゃ。――ま、それはそれとして。実際のところ聖女サマがいてくれるか、伝説の 万能薬(エリクサー) でもなければ、到底助からなかったことを思えば、聖女サマにはいくら感謝してもし足りないにゃ。あと厄介な 〈夜鬼〉(ナイトゴーント) も 斃(たお) してくれたみたいだし」

「ああ、なんだか妙な魔物が死体にとどめを刺そうとしていたので、ついでに浄化しただけですわ」

夜ならもうちょっと手間取ったかも知れませんが、昼日向でしたので陸に上がった人魚も同然で、さしたる苦労もなく斃すことができました。

と、話を聞いていたコッペリアですが、何かが琴線に触れたのか、いまだ食事の手を止めないシャトンに向かって、傲然と腕組みをして言い放ちます。

「感謝は口よりも金銭で返してもらいたいですね。クララ様が『 完全蘇生(リザレクション) 』を施すとなると、少なくとも金貨十万枚からですよ。それも本来は厳しい審査と身元保証が必要なところ、特別に、お情けで、緊急事態というわけで、優先的に執り行ったわけですから、相応の利銀を上乗せしてもらわねば話になりませんね。――言うまでもなく友達価格とかのつまんねー減額には応じませんから。この間のカトレアの娘子軍とかと同様に」

「それはそうとして聖女サマ、今日は炊き出しをしなくていいですかにゃ?」

聞こえないふりをして無理やり話を変えるシャトン。

あからさまですけれど、別に報酬に拘泥しているわけではないので、ここは話に乗っておきましょう。

「ええ、そのカトレアの娘子軍が 豚鬼(オーク) 狩りで手に入れた 豚鬼(オーク) の肉を、市民に格安で 分配し(くばっ) ているので、炊き出しに来る人たちが格段に減ったため、シスターと孤児院の子供たちだけでも十分に回るようでしたので、今日と明日はお休みをいただいています」

「格安ってところがなにげにこすっからいですね」

微妙な表情でエレンが合の手を入れます。

「まあ、 カトレアの娘子軍(あそこ) も内情は火の車でしょうから」

「ああ、それで今日のメニューはやたら 豚鬼(オーク) 肉が多いんですにゃ。ま、内訳の九割方はあたしが召喚した 豚鬼(オーク) だと思いますけど、こーいうのも自家消費と言うんですかにゃ?」

あてずっぽうな私の推測に、シャトンがポークソテーを頬張りながら自問するかのように小首を傾げました。

「……ともあれシャトンのお陰で、明日のシルティアーナ姫との非公式会談では、エグモント・バイアー氏が全権を握る形でやってくる公算が強く、また仮にシルティアーナ姫を名乗る本人が来るとすれば、親衛隊総団長のアレクサンドラ・カルデラとかいう女性騎士と、どうやらただ者ではないゾエ・バスティアさんが同行するだろうという、相手の内情が分かったのは心強いですわ」

状況を整理しての私の言葉に、プリュイが首を捻りました。

「うん? 相手の方がこのホテルに来るのか?」

「そりゃそうでしょう」

即座に相槌を打ったのは当然コッペリアです。

「通常であれば、法王、教皇といった宗教上の最高位に位置する人物が他国を訪問した場合、それが国王であっても相手のいる場所に、最上級の敬意をもって足を運ぶのが礼儀というものです。ま、例外は同格の皇帝くらいですが、クララ様の場合は同格になるのは〈 神帝(ドミュナス) 〉くらいなもんですよ。それをこともあろうに呼び出すとか、 手前(てめー) は 何様(ナニサマ) だって話になりますから、ぶっちゃけその時点で相手は破滅ですね」

「なるほど。 世界樹(ユグドラシル) 様に、歩いてこちらまで来るようにと命令するような、文字通り神をも恐れぬ行為……というわけですか」

話を聞いていたノワさんが納得した顔で首肯しました。

「私は別に置物ではないので、そんな勿体ぶるほどのことはないと思うのですけれど」

思わず肩をすくめた私を、コッペリアがジト目で見据えます。

「クララ様はご自分の価値をまったくご理解されていないようですね。だいたいにおいてクララ様は一言が重いんですから、もっとご自覚を持って臨んでください。もしもこの調子で明日の会談で不用意な発言をして、相手に言質を取られたらエライことになりますよ。ウェルサス王国が滅んだのをお忘れですか?」

いつになく真剣な表情で言い含められて、思わず私の視線が宙を泳いでしまいました。

「あ、あれは私が原因ではないですわ! もともと軍事拡張路線を取っていた王国の動向を危険視していた周辺国と、搾取されていた民の不満が爆発した結果であって――」

「でも、引き金になったのはクララ様の一言ですよね?」

「ウェルサス王国とはなんだ?」

疑問を呈するプリュイに対して、苦笑いをしながらエレンが説明をします。

「まだ聖都にいる時だけど、周辺国のウェルサス王国で 旱魃(かんばつ) と飢饉が起きて、それでジル様に雨乞いの祈祷の依頼が来たんだけど、いざ現地へ行ってさあこれから祈祷を始めるって時に、ジル様が居並ぶ王侯貴族を前にして、ポロリと一言口にした……それが原因で、結果的に国が滅んで併呑された事件があったのよ」

「「……何を言ったのだ?」」

唖然とするプリュイとノワさんに向かって、エレンが苦笑いしながら答えを明かしました。

「『あの、どなたも雨具を用意されていませんけど、もしかして私ってこの国の方に信用されていませんの?』ですね」

「だって仕方ないじゃないですか! 祈祷する祭祀場って小高い丘の上で、 吹(ふ) き 曝(さら) しなのに誰一人として傘のひとつも用意してなかったのですもの。『ああ、形だけで信用されてないんだなぁ』と思うのが普通じゃない!?」

素朴な疑問を口に出しただけで他意はありませんし、実際問題精霊に働きかけて土砂降りの雨を降らせましたわよ。三日三晩。

それが何がどうしたわけか、聖女を愚弄して天の怒りを買ったとか、面従腹背の背信者だとか、国内外の非難を浴びて、あっという間に坂道を転がり落ちるようにして、当時の王侯貴族が失脚して、結果的に国家が解体――まあ、国破れて山河在りで、いまではそれなりに過ごしやすい土地になったらしいですけれど、別に私が原因とかではありませんわよね?

「そんな感じでクララ様を放置すると『うっかり』で何をするかわからないので、明日はワタシがしっかりと脇を固める必要がありますね」

いよいよワタシの真価が発揮される時がきましたね、とばかり含み笑いを放つコッペリア。

「……おい。明日の会談とやらには、このふたりで臨むつもりか?」

正気か? と言わんばかりの失礼なプリュイの物言いに、エレンがどんよりとした生気のない目と表情で答えます。

「外交儀礼として、北部諸国では 獣人族(ゾアン) や 妖精族(エルフ) とかの亜人は、この手の会談の場所に同席させないのがマナーなので、ジル様に付くのは私とコッペリアになると思うけど……」

「ならば貴女が最後の防波堤ということですね。頼みますよ!」

「いや無理っ!! あたしなんかじゃ一発で押し流されます!」

ノワさんの一縷の望みをかけた激励に、エレンが滂沱と涙を流して早くも白旗を掲げました。

「……失礼ですわね。人を非常識の塊のように」

「……まったくですね、クララ様」

思わず私とコッペリアとは顔を見合わせて、仲間たちの言いたい放題に釈然としない愚痴を言い合うのでした。

「とはいえ、確かに海千山千のギルド長相手にするとなると、人間関係に疎い私たちではちょっと厳しいかも知れませんわね。念のためにルークに伝言と手紙を頼んで、帝都に戻る途中でコンスルから助っ人を 招聘(しょうへい) しておいたのですけれど、どうやら間に合わなかったようですし」

さすがに急すぎて無理だったようですわね。

「コンスルからの助っ人って誰ですか? 統治官(クリスティ) 様ですか?」

私の繰り言を聞いてエレンがそう聞き返してきました。

「いえ、さすがに帝国貴族がいまのオーランシュ王国へ足を踏み入れるとなれば、そう簡単に許可が下りないでしょうから、もうちょっと自由が利いてなおかつ交渉事に強い人間です」

「……そんな人いましたっけ?」

「ええ、コンスルの――」

私がいままさに答えようとしたその時、部屋の扉をノックする音がしました。

「恐れ入ります。支配人でございます。ただいまフロントに〈聖王女〉様からの招待状を持参されたお客様がお見えですが」

もしかしてコレですか? と無言で尋ねてくるコッペリアに、私は視線で肯定を示します。

「名前は何と名乗っているのですか?」

扉越しのコッペリアからの問いかけに、支配人が恭しい口調でその名を口に出しました。

「コンスル市の冒険者ギルド長エラルド・バルデラス様、秘書のカルディナ様と名乗られています」

「――待ち人来る、ですわね」

思わず知らず口元がほころぶことを私は抑えることができませんでした。