軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38

「……どう、いう……これはどういうことだ、姉上!?」

リステアードの叫びは、土石流のようにあがる雄叫びとこちらへ向かってくる兵達の軍靴にかき消された。剣を抜いたジークが舌打ちする。

「最悪をこえた最悪じゃねえか、どうすんだよ! 団長が裏切ったってことか!?」

「ひとまず馬を捨てて森に逃げましょう!」

「落ち合う先は予定どおりってわけね! でも、ジルちゃんは!?」

ハディスが見上げた先で、ジルはエリンツィアに拘束されたまま竜に乗せられようとしていた。このまま人質として帝都まで運ぶつもりなのだろう。唇に笑みが浮かぶ。

お優しい異母姉は、ずいぶんとジルを評価してくれているらしい。

「リステアード様、逃げましょう! 数が違いすぎます、こちらには竜もありません!」

「僕はいい、お前達はハディスをつれて逃げろ!」

馬に飛び乗ったリステアードが腰の剣を引き抜いて叫んだ。地面に突っ立ったままのハディスがきょとんとしてしまう。

「――君は裏切ってないのか、リステアード」

「何を悠長なっ……! 僕は姉上に話を聞きに行く! ジルも僕がなんとかする。だからハディス、お前は逃げるんだ! いいかお前達全員、ハディスを守れ! これは命令だ!」

「……いや」

エリンツィアの竜が浮かび上がる。

ジルが必死で抵抗しながら、こちらを見ているのがわかった。健気なことに、不安より心配がにじみ出ている。彼女はこんな状況でも、ハディスを心配してくれているのだ。

「全員、僕を置いて、ジルを連れて逃げろ」

「待ってちょうだい、何する気なの陛下。駄目よ」

「そうだ、お前も逃げるんだよ!」

「そうしろと命じてるんだ、竜妃の騎士」

冷たく見据えたふたりは、それだけで胸を刺されたような顔をした。部下に止められながらリステアードが何か必死で叫んでいる。

それだけでも十分だ。

(みんながまだ裏切ってないなんて、奇跡じゃないか)

右手に奔らせた魔力はしびれるような反応を返し、天剣を形作ってはくれない。佩いていた長剣を引き抜いて、笑う。

「いくぞ、ラーヴェ」

『あの偽天剣相手にするには魔力が足りない。気をつけろ』

「誰に向かって言ってる。――今の全力で十分だ」

そうすればジルを取り戻すことだけは、できる。

間欠泉が吹き上げるような音を立てて、地面から魔力の竜巻が起こった。悲鳴と一緒に兵が巻きこまれ、空中に放り投げられる。

竜の上でそれを見ていたジルは振り返った。

「陛下っ……!」

「!? ローザ、どうし――」

ハディス達に背を向けて飛びあがり、そのまま雲の上を目指していたローザが、いきなり固まったように止まった。それどころか、上空で高度を保ったままぎこちなく、真反対に方向転換する。

斜め下の地上でひとり、兵に囲まれて立っているハディスが笑った。

「竜帝の僕の前に竜を出したのは、まさか慈悲のつもりか?」

「だめだローザ、ハディスに支配されるな!」

「ひるむな! 奴の魔力は今ので尽きたはずだ、全員でかかれ!」

ゲオルグの号令に合わせ、目測を誤りながらも竜が火を吐く。槍を持った歩兵が、馬に乗った兵が奮い立ち、ハディスひとりに目がけて突進し始めた。

「陛下ぁ!」

姿勢を低くしてハディスが周囲の敵を切り捨て、蹴り飛ばし、走り抜ける。頭を踏みつけて跳び越え、竜すらも翼を切って蹴り落とす。

たったひとりで向かってくるハディスの姿に、悲鳴と怒号があがった。

「相手はひとりだぞ、何をしている!」

「こ、この化け物っ……!」

違うとジルは思った。突き出された槍に大腿を突き刺されても、剣先に肩をえぐられても、ひるまず止まらない。それは彼が強いからだ。奔る剣の先からきらきらこぼれ落ちていく魔力も、ほんのわずかしかない。でも止まらない。

いつか見た、守るために奔るうつくしい白銀の魔力。

どんな男だろうと見あげたあの星屑のような魔力が、まっすぐジル目指して駆けてくる。

「――ッ!」

がくんとローザが高度を落とした。エリンツィアがジルを抱えこむ。解放する気はないらしい――いや、そうじゃない。風圧からかばっているのだ。

「しゃべるな、君には竜の守護がない。舌を噛む」

「……っ!」

「……強いな、私の弟は……いや弟じゃ、ないのか……」

その諦めきった自嘲の眼差しも口調も、見覚えがあった。

一度きりの邂逅。せめてハディスの敵にはならないためにと首にナイフを突き立てた、あのときの顔だ。ハディスが向かってきているのがわかっているだろうに、剣も抜かない。

「この、化け物が!」

大ぶりなゲオルグの一撃をよけたハディスが、その背中を蹴り飛ばし、そばにいた緑竜を踏み台にして、上空に飛び上がった。落ちてくるローザの頭を踏みつけて、血まみれの長剣を奔らせる。

まっすぐ、自分の姉の首を切り落とすために。

「――殺しちゃだめです、陛下!」

ハディスの剣が、エリンツィアの銀髪を一房、切り落として止まった。上空の風が、銀髪をばらばらにほどいて飛ばしていく。

だが殺意にまみれた目はそのままだ。

「理由は、ジル。彼女は裏切り者だ」

もう姉とは言わないハディスに、ジルの胸のほうが痛む。それでもと、手を伸ばした。

「大丈夫です、陛下。まだ、殺さなくて大丈夫ですから」

「……」

「これ以上戦ったら、また倒れちゃうでしょう。――大丈夫、わたしがいます」

そっと前髪に指先が触れた瞬間、まるで糸が切れた人形のようにハディスがふらりと体を傾けた。

慌ててエリンツィアが手を伸ばす。

「ハディスっ……!」

「陛下――ッ!?」

エリンツィアとハディスを受け止めた瞬間、襟首がぐいとうしろに引っ張られ、体が宙に浮いた。

視界に、冷たいゲオルグの顔が映りこむ。

「ハディスを捕らえたのならお前はもう用なしだ」

「叔父上、話が違う! ――ジル!」

ハディスを抱えたままエリンツィアが手を伸ばそうとしたが、つかめない。上空の風に吹かれて、軽い子どもの体が煽られる。

(落ちたら死ぬな、これは)

ここまでハディスは少ない魔力を使って竜を踏み台に飛び上がってきたが、そもそもの魔力量が違うせいで、回復量も違うのだろう。ここから地面に着地する衝撃をふせげるだけの魔力は、ジルにはない。

(強いなあ、陛下は)

――でも。

(助けなきゃ)

エリンツィアに抱かれたままぴくりとも動かない夫だけを見て、手を伸ばす。小さな手だ。

助けなきゃ。守ってあげなきゃ。だってそう決めた。

彼がたったひとりで立つ未来を変えるために、今ここにいるのだから。

「死ね」

ゲオルグの赤竜が口をあける。迫ってくる炎は、竜神の裁きの炎。

届かない手のひらを拳に変えて、ジルは叫んだ。

「やれるものならやってみろ、わたしは竜妃だ!」

視界が炎の赤で真っ赤にそまる。

地上まで放射線状に放たれた炎は、そのまま空気を、地面を、ジルの体と意識を焼き尽くした。