軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ベイルブルグへ向かうクレイトスの援軍を海竜で沈めたので回収にいってください、という事後報告に、打てば響く勢いで反応したのは兄のリステアードだった。

「お前は勝手にまたーーーーーーーーー!!」

寝台から胸倉をつかまれたハディスががくがくとゆさぶられながら、反論した。

「だってさっさとやったほうが早かったから」

「じゃあ聞くがどの辺の海域だ!? 竜が説明できるのか!?」

「あ」

「やっぱり考えなしだろうが! どこへ回収へ行けと!? せっかくの情報源をお前は!」

お説教はリステアードにまかせて、ジルは窓際にいるエリンツィアに近づく。

「リステアード殿下、無理してません? まだ本調子じゃないんですよね」

皆が集まっているのは、リステアードの寝室である。先の戦いで敵の捕虜となったリステアードは、救出後も休むことなくそのまま戦闘に参加した。なんの問題もなさそうに動いていたが、ノイトラールに到着してから診察を受けてみれば、骨折にあちこち裂傷と打撲だらけ、魔力も体力も尽きたようで、丸三日高熱を出しながら寝込んだのだ。

今は治療の甲斐もあって起き上がれるようになったのだが、できれば寝台でお願いしたいと、他でもないリステアードから申し出があった。礼儀正しいリステアードが言うならよほどつらいのだろう。

「心配はいらないよ。あの子は真面目だから、今は療養に専念してるんだ。動かなければならないときならまだしも、そのほうがのちのちを考えて効率がいいんだそうだ」

「……陛下に聞かせてやりたいです。わたしがどんなに言っても竜で情報収集したり指示を出すのやめなくて」

「それはしかたないんじゃないか。竜の王――ローとの関係もあるんだろう」

「だったらローにまかせておけば……駄目ですね、すみません」

「駄目というより、同じ行動と結果にはなるだろうな」

竜の王である小さな金目の黒竜ローは、竜帝ハディスの心を栄養分に育つ。まったく同じ性格というわけではないのだが、思考回路の方向性はほぼ同じだ。

「きっと、何かしているほうが気が楽なんだろう。ハディスも、竜たちも」

壁に背を預けたエリンツィアの横にジルも並ぶ。

「竜もですか?」

「ベイルブルグ占拠以降、ローザもずっとそわそわして落ち着かない」

「……エリンツィア殿下は正直、ラーヴェ様はどうなっていると思いますか」

「? 女神に囚われたんじゃないのか」

ハディスはそう言っていたが、という説明に、ジルは曖昧に笑い返した。

「変なこと言ってすみません。でも、陛下がいつもと違って……今日だってリステアード殿下へのお見舞いの品も、扉の前で気づいたくらいで」

いつもなら何を用意するか手作りにするか、前日から考えているはずだ。かくいうジルも見舞いの品など思いつきもしなかったので、そこは反省すべきなのだが。

「意外だな。ハディスはともかく、君が弱気になっているとは」

「エリンツィア殿下は、不安になりませんか? 竜神が女神に囚われるって、ちょっとあり得ない事態だと思うんですけど」

「もちろん大変な事態だとは理解している。だが、ひるんでいる場合じゃない。やっとハディスの助けになれるんだ」

はっとジルが見あげると、エリンツィアが優しい目で弟たちを眺めていた。

「私にはラーヴェ様のお姿は見えなかったが、ハディスの大事な育て親なんだろう。あの子が竜帝として優しく、正しくあろうとするのはラーヴェ様のおかげだ」

「……はい、そうです」

「なら、恩返しもかねてお助けしなければな。何より、ハディスを支えてやらないと駄目じゃないか。私は今まで、ハディスに姉らしいことなどろくにできていないんだ。きっと、リステアードも同じ気持ちだよ」

鼻の奥がつんとして、あわててまばたく。自嘲のような、悔しさのような笑みが口もとに知らず浮かんだ。

ラーヴェの言葉が浮かんだ。ハディスにはもう、たくさんの誰かがいる。

「負けませんよ!」

「おっ、らしくなってきたじゃあないか。君はそうでなければな。さて」

エリンツィアが壁から背を離し、弟たちに目を向けた。

「お前はライカのときもそうだった! ジル嬢を送り届けるだけかと思いきや、そのまま何ヶ月も滞在して挙げ句にライカ解放軍に入るとか馬鹿か!? しかも全部事後報告!」

「リ、リステアード兄上だって僕の知らない間にベイルブルグに移動してたじゃないか!」

「僕はしかるべき手順と根回しをすませている、お前と一緒にするな!」

「まずはあの取っ組み合いを止めるか」

エリンツィアがばきりと拳を鳴らすと、ぴたりとハディスとリステアードが口を止め、姿勢を正して離れた。ハディスが助けを求める目でこちらを見たので、ジルはエリンツィアに進言する。

「今のは止まったからセーフでもいいんじゃないですか?」

「だが、こういうのは許すとつけあがらないか?」

「……たしかに、わたしも弟ふたりの言い訳なんかいちいち聞きませんでしたね」

「よし!」

「「よしじゃない!」」

仲良く叫んだ弟たちの頭を、拳を途中で平手に変えて軽くはたく。目をぱちぱちさせる弟たちにエリンツィアが笑った。

「病み上がりだからな、ふたりとも。さて、まず現況を把握してもらう。ハディスは竜の報告と一致しているか確認してくれ」

エリンツィアが軽い調子で、寝台脇にテーブルを引っ張ってくる。リステアードは上半身だけを起こしたまま、ハディスとジルはそれぞれ椅子を持ってそのテーブルを囲んだ。立ったままのエリンツィアが国境周辺を拡大した地図を広げる。

「女神の結界の範囲は、軍港からベイルブルグの外壁までだ。すなわちクレイトスの占拠は水上都市ベイルブルグのみで、ベイル領の一部ということになる。故にベイル領の内部、隣のネビュラ領と皇帝直轄地に中継地点をおいて、交替で斥候を出している。ファザーン子爵も支援を申し出てくれているよ」

「パテル伯爵は何を?」

「山へ逃げた避難民が多くてね、今は保護活動に重点を置いてもらっている。あとはベイルブルグから逃げてきた船の回収と修繕も。ベイルブルグに海から攻め込む際はここが拠点になるからその準備も進めているが、万全にはもう少し時間がかかるだろうな」

しかし、包囲網はできつつある。ジルはひそかに感心した

「まだベイルブルグが占拠されて半月もたっていないのに、手際がいいですね」

「だが結界内の様子が一切うかがえない。ちなみに竜殺しの魔術も付与されているので、あまり竜を近づけられない。そのあたりはハディスのほうがわかっていそうだが」

「そもそも竜はできるだけ近づかないよう、あのボールが命令してるよ」

ボール呼びされているのは成長の気配がない竜の王ロー、ハディスの心である。エリンツィアが頷き返した。

「今はそのほうが安全だろう。奪還の第一関門は女神の結界なんだ。海から近づいても、結界がある以上、上陸できない。さすが大地の女神、といったところだ」

「不気味なのはクレイトス側が声明も一切出さず、動かないことですね。これでは外交もできない」

「そこでジェラルド王子をどう扱うかに焦点が当たるわけだが」

エリンツィアとリステアードがじっとハディスを見つめる。

生死不明の状態で棺ごと魔術で封印されたジェラルドは、ベイルブルグ侵攻中に発見され帝都に輸送されたが、どういう状況でそうなったのかまったく調査できていない。封印も強固すぎて、高名な魔術士でも手も足も出ないという。だが、竜帝であるハディスなら魔術を壊すか、そうでなくても何かわかるかもしれない。

ふたりは、ハディスにジェラルドの状態を確かめてほしいのだ。ジェラルドの一件はハディスにしか扱えない案件だが、ベイルブルグはリステアードやエリンツィアでも対処できる。それとなく説得してもらえないかと、ジルも内々に打診されていた。

(わたしも陛下は一度、帝都に戻って状況を俯瞰したほうがいいと思うんだけど……)

だが、ハディスは乗り気ではない。ベイルブルグ奪還――ラーヴェを助けることを最優先にしているからだ。今も、つまらなそうにテーブルに頬杖を突いている。

「ヴィッセル兄上には一度帝都に戻れって言われてるけど、僕は興味ないんだよね」

さて、どう説得したものか。おそらくジルと同じことを考えているエリンツィアとリステアードが目配せし合ったときだった。

「そうはいかんぞこのぴよぴよ竜帝が!」