軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

軍神令嬢は恋愛中

死ぬかと思った、とハディスが寝台の上でつぶやく。

「いや、むしろ死んだ。君は竜帝を殺したんだ。これは犯罪だ。皇帝へ刃を向けたんだ……」

「謝ったじゃないですか。それに、わたしの話を最後まで聞かずに心臓止める陛下だって悪いんですよ」

「だったら僕が好きか!?」

「それも聞くの何回目……はいはい、好きですよ」

「本当だな!? 結婚してくれるな!? 絶対だな!?」

「またやってんのかよ」

寝台脇に置かれた果物籠の中から、ラーヴェが顔を出す。器用に林檎を頭の上にのせて皿の上に移し、かじりはじめた。食べたものがどこにいくのか謎すぎる現象だ。

「だってラーヴェ、ジルの態度が冷たい! 本で読んだのはこんなのじゃなかった!」

「本と現実は違うんだよ、いい加減学べ」

「そんな……僕なんて毎晩ジルにふられる悪夢に悩まされてるのに……!」

「ああ……それで陛下、夜中にわたしにぎゅうぎゅう抱きついてくるんですね。あれ、苦しいんでやめてほしいと思ってました」

「ほらこの言い方! 何かがおかしい。君は本当に、ほんとーーーに僕が好きなのか!?」

「じゃあ陛下はどうなんですか」

「えっ」

途端に今までの勢いをなくして、ハディスがうろたえだす。

「そ、それは……もちろん…………………………」

そのまま何やら口でもごもご言おうとしながらできず、忙しくまばたきを繰り返したハディスは、なぜか頭から布団をかぶって寝台の上で丸くなってしまった。

「……今ちょっと、言い方を考えるから」

ラーヴェが林檎をもぐもぐしながらジルを見あげる。

「だめだこりゃ。なんかごめんなー」

「いえ、態度はとてもわかりやすいですし、これなら当分無害そうで安心してます」

「その言い方もひどい、男として傷つく……」

顔だけ出したハディスがいじけ始めたので、ジルは話を変えることにした。僕だってできるとか言い出したら厄介だ。

本当にやればできる男なのはもう知っている。

「陛下、これおいしいですよ」

寝室を埋めている見舞いの品のひとつを選んで、ハディスの前に差し出した。

「すごい量ですね。住民の皆さんから、陛下へのお見舞い」

「あー。この馬鹿、公衆の面前で見事にふられたうえ、それで心臓とめただろ。すっげー同情されてるみてーだな。体弱いってばれたし、今代の皇帝陛下は優しくしないと突然死ぬって噂まわってるぞ」

「寒くなるから風邪をひかないようにって、ショールも贈られてますよ」

見舞いの品から見つけ出したショールを、起き上がったハディスの肩にかけてやる。ハディスは驚いたように目をぱちぱちさせていたが、柔らかく口元をほころばせた。

「……そうか。僕の体調を気遣って……」

「よかったですね。呪いのことも、陛下のせいじゃないって理解してもらえて」

ベイルブルグは燃え落ちなかった。北方師団は住民達とうまく連携をとり、町の修繕に乗り出している。城に閉じこめられた女性達もみんな解放され、女神の呪いから守るためだったということに納得してくれた。スフィアもすっかり元気になり、ジルの家庭教師として皇都についてきてくれることになっている。

まだベイルブルグだけだろうが、大切な一歩だ。ベイル侯爵が生きていたことも相まって、皇太子の連続変死も何かの陰謀だったのでは、という声があがってきている。ベイル侯爵本人の失脚は免れないが、スフィアが皇帝陛下への恩赦に対する礼としてハディスを今後支持することを表明した。

(少しずつでも、いいように変わっていければいい)

クレイトスとの対立だけはどうしようもないが、それも私的な範囲ですんだ。開戦の初手だけはさけられた、といっていいだろう。

「そうだな……いや、おかしい。僕がふられて支持をされてるのはおかしい」

途中で我に返ったハディスに、ラーヴェが笑う。

「知ってるか、この町の住民が今、皇帝陛下に望むことは『一刻も早くジル様と結婚して落ち着くこと』らしいぜ」

「……応援は嬉しいが、民に真っ先に求められる要求がそれっていうのは、ちょっとどうかなって皇帝は思う……」

「皇都に行けばどうせそんな声はなくなるでしょうし、いいじゃないですか」

皇都からの迎えがくるという話が、昨日やっとベイルブルグに届いた。あからさまにベイルブルグの一件の決着を待っていたとしか思えない。

「……兄上、君とのことを怒るかな。君が嫌な思いをしたら……」

「平気ですよ。この指輪がある限り、わたしが妻ですし」

対外的にはどうであれ、ジルは竜妃だ。そう言ったのは他ならないハディスなのに、ぱちぱちとまばたかれた。

「……君が強すぎて、やっぱり夢なんじゃないかって気がしてきた、色々」

「なんでそう話をこじらせるんですか」

「だって君が僕を好きなんて……」

すまし顔のジルの顔を、ハディスが覗きこんでくる。ジルはその目を見返す。

「見えませんか?」

「……。見える、ような、見えない、ような……はっ、まさか僕をもてあそぶつもりでいるのか……!?」

「陛下、そろそろ薬の時間です」

「やっぱり冷たい! 僕はすごく君が好きなのに」

薬湯を取ろうとしたジルはあやうくつまづきかけたのだが、ハディスは考えこむのに夢中で気づいていない。

(い、いきなりあげてくるの、やめてほしい……!)

わりあい、自分も心臓をもてあそばれている気がしてきた。そんなことは少しも気づかず、ハディスはラーヴェに真剣に相談を始めている。

「なあ、ほんとにほんとにジルは僕が好きだと思うか?」

「つきあってられるか、アホらしい。外で食ってくる。この馬鹿の面倒、頼んだわ」

「お前……僕を見捨てる気なら、女神の聖槍のようにぼっきり折るぞ」

「折れるわけねーだろ、俺は理の竜神だぞ。理に解さないことで負けねぇっつの。愛で折れる女神とは違うんだよ」

意外な方向からの攻撃に、思わずジルは固まった。

決してにぶくはないハディスが、窓の外に消えたラーヴェからこちらへと振り向く。

平静を装い損ねて頬が少し引きつったのを、見られていないように願う。

けれど、金色の瞳はジルのすべてを暴こうと観察し続けている。

「……」

「……」

「……。あの、陛下。もうそろそろ、お休みになられたほうが」

「ジル。君は僕が君の名前を呼ばないと怒ったが、もしかして君が僕の名前を呼ばないのも、同じ理由じゃないか? ――決して恋に落ちないように」

ほんのわずかに呑んだ呼吸を、ジルの隙を、見逃すような男ではない。

「そうか。ちょっと自信が出てきた。うん。君は僕が好きで、僕も君が好き。君は僕が好き。僕も君が好き。君は僕が」

「わ、わかりましたから繰り返さないでください! ――わっ」

口をふさごうとしたら抱きあげられた。

「君、物好きだな。僕を好きだなんて。苦労するぞ」

「なんで自分でそういうこと言っちゃうんですか、陛下は」

「だって、ほんとは自分がしあわせになれるなんて僕は信じてない。本当は人のことも、あんまり好きじゃない」

にこにこ笑っていたハディスがふっと表情を翳らせた。罪悪感のかけらみたいに。

「ラーヴェには内緒だぞ」

呆れたジルは、ずいっとハディスの顔を覗きこむ。ハディスはきょとんと見返した。――この男はやっぱり、全然わかってない。

「そういうの、口説き文句って言うんですよ」

「そうなのか?」

「そうですよ。そんなこと言われたら、嬉しくなっちゃうじゃないですか」

ジルよりも長く一緒にいた大事な育て親にも内緒の本心を暴露するとは、どういうことか。しかし本人がまったくわかっていないので、いちいち動揺したりなんてしない。

「陛下のことで苦労するなら、別にいいです。受けて立ちます」

だが、ハディスが抱きついてきたら話は別である。

「ちょっ陛下!」

「だめだやっぱり君がすごく好きだ、君が女神を折ったりするからもう歯止めがきかない」

「きかせてください! わたしを今、いくつだと思ってるんですか!」

「十歳。わかってる、ちゃんと待つ」

「だったら、ご自分の行動が周囲の目にどう映るか、もっと考えるよう――」

当然のように、唇を重ねられた。さっきまで菓子を食べていたせいで甘い。

きっと、世界中のどんな菓子よりも甘い。

「でもこれくらいは許してほしい」

完全に固まったジルが声も出せないでいるうちに、ハディスがぬけぬけと言った。

派手に響いた平手打ちの音と怒鳴り合いを聞きながら、ラーヴェはあーあと嘆息する。

「愛なくして女神に勝てるわけないだろ。ほんと、どっちもあれだな」

でも人間は理で解せない生き物だから、それでいい。

だからこそ、ラーヴェが見守るのだ。

この街並みも人も海も国も大地も空も、愛という理が続く限り。