作品タイトル不明
第三次ラキア聖戦【サーヴェル隊②】
溜め息と一緒に口を開いたのは、カミラだった。
「気づいてくれてありがと。勘のいい坊やねえ」
「いえいえ。何か他にもご相談が?」
「アンタは話ができそうだと思って。よく周囲を見てるでしょ」
そう言う彼も、ずいぶん気の回る男のようだ。
「ほんとに大丈夫なわけ? いくら王太子殿下の婚約者って言っても、権威的にはまだお飾りの子どもでしょ」
「そうなんですけど、その王太子殿下はプライドが高いので、一度いいと言ったものをなかなか反故にはできませんよ」
「俺ら、ラーヴェ帝国出身だぞ」
おい、と低い声でたしなめるカミラを、ジークはにらみ返した。
「調べりゃわかることだろ」
さすがに驚いたが、目くじらを立てるほどのことではない――今は、まだ。
「なるほど、それで上官と不仲。隊でも浮いている感じですかね」
「そういうこと。あの子にほだされたのも、久しぶりにまともな上を見た油断からよ。まさか本気であんなに強いとは思わなかったけど……」
「ちなみにラーヴェ帝国を出た理由は?」
「昔から、実家と折り合いが悪くてねェ」
「一年ちょい前、ベイルブルグでもめ事があっただろ。その生き残りだ」
再度カミラが制止をかけたが、ジークはそのまま続けた。
「隠すことでもねーだろうが。っつーわけで帰るとこはない、むしろ帰ったら口封じで殺されるかもな。そういう立場だ、信じていいぞ」
「そう言って信じるような顔してないでしょ、この子は」
「ははは。……まあ、でも、そうですね。最近のラーヴェ帝国はキナ臭いですから。ベイルブルグの無理心中、偽帝騒乱、ワルキューレ竜騎士団の乱と内乱続きだ」
「ワルキューレ竜騎士団……ああ、リステアード皇子のか……」
公明正大で有名なリステアード・テオス・ラーヴェが反乱を起こし、処刑されたことは、ラーヴェ帝国内の貴族たちに大きな動揺をもたらした。特に彼の実母の生家であるレールザッツ公との関係を、竜帝はどう修復するつもりなのだろうか。
それとも竜神も竜帝も、神らしく、人間の面倒な権力争いなど些事だと判断したのか。
(でも、ああいう皇子様が早めに退場するのはありがたい)
噂を聞く限り、ひとの話を聞く耳を持っていて、自分の信念もあり、周囲に話を通せる人物だった。ああいう人物は生きているだけで、疑惑と不信の亀裂を誠実さでもって修復してしまう。『彼がそういう言うなら信じられる』――この手の他人の信頼と希望を集める人間は厄介だ。誰かの味方につく前に排除してしまうに限る。
あんな高潔な皇子を処刑した竜帝は、誰からも畏れられるだろう。それはもはや修復不能な、竜帝という人間についた瑕疵だ。
「ナターリエ皇女も行方不明のままなんですっけ。アンタ、なんか知ってる?」
ちらとこちらを見るカミラの目は、少々不信に満ちている――というのは、我ながら性格の悪いことを考えていた後ろめたさからくるものだ。いつもの笑顔を取り繕い、ロレンスは正直に答える。
「あいにく、詳細は何も。ジェラルド殿下も捜索に向かったのは知ってますが、何もつかめてません」
「ほんとにぃ?」
「本当ですよ。嘘ついたってしかたないでしょう。……まあ、南国王が関わった可能性はありますが」
ああ、とカミラが顔をしかめた。便利な名前だな、とひそかにロレンスは自嘲する。簡単に責任転嫁できてしまう――それだけの悪評があるのは事実なので、心は痛まない。
ただ、ジェラルドは何か隠している気がしている。でも知らない振りをしておく。南国王から姉を取り戻すため以上の深入りは禁物だ。
「ラーヴェ帝国だってゴタゴタしてます。我が国としては、偽帝騒乱の最中のラーヴェ帝国の混乱に巻きこまれた、と言うしかないでしょう」
「ラーヴェのせいか、クレイトスのせいかわかんないってことね。はー、皇女様が可哀想」
「誰が犯人でも、ラーヴェとクレイトスのせいに変わりないんじゃないですか。国の争いに巻きこまれたんですから」
本心だった。それは伝わったのか、カミラがまばたき、相づちを返す。
「あなた方がたとえラーヴェ帝国出身でも、ことさらそれを吹聴しないなら特に問題になりませんよ。むしろここじゃ、魔力がないほうが厄介でしょう」
「あー……確かに魔力が使えないのかをまず聞かれるわ。ラーヴェ出身なのかって話だと思ってたけど、違うっぽいわよね」
「くわえて、クレイトス出身で魔力のない俺が彼女の副官ですから」
ふたりに驚いたように見返されてしまった。ラーヴェ出身の彼らは、魔力のあるなしなど一見してわからないのだろう。そもそも、最初から気にしないのかもしれない。
新鮮に思いながら、ロレンスは皮肉っぽく笑う。
「そういうのが集まった隊だと、まとめて陰口たたかれるだけですみますよ」
「あらぁ。楽しそうじゃない、それ」
笑ったカミラの横で、ジークが肩をすくめる。
「俺はどーでもいいが、あのチビが黙ってられるタイプかね」
「そこは、俺たちの対応次第ですよ。それに本人はひとりで竜騎士団を相手にできる魔力をお持ちですし?」
目を丸くしたあと、カミラがつぶやく。
「……ジル・サーヴェル……ってやっぱり、あの?」
「クレイトスでサーヴェル家を名乗れるのは、ひとつでしょうねえ」
「……竜殺しの一族か。どうりで」
確信もなく従ったらしい。出身国の違いか、王太子の婚約者である彼女に群がる周りとは毛色が違う。苦笑いを浮かべながら、ロレンスは忠告した。
「竜退治の一族、国境の守り人ですよ。クレイトス風を心がけてください」
「そうね、気をつけるわ。……でも、ほんとに? あんな可愛い女の子でも?」
「拳で竜を落とせるそうです。まだ見たことないですけど」
「見たいような、見たくないような」
眉間に皺をよせてジークが唸っているのは、ラーヴェ帝国では神使とされる竜の墜落が受け入れがたいからだろうか。面白い価値観の違いに、ロレンスの頬は先ほどからゆるみっぱなしだ。つい、知らせなくていいことも口にしてしまう。
「彼女、竜を落とせる精鋭部隊を作る気ですからね」
「冗談でしょ?」
「本気です。サーヴェル式地獄の魔力開花訓練が待ってますよ」
笑顔でロレンスはふたりの肩に手を置く。
「頑張ってください。あなた方は間違いなく、その主力として選ばれたんでしょうから」
「いや、お前もだろーが。副官だろ?」
「俺は頭のほうで役に立つので」
「逃がさないわよ! 絶対巻きこむわよ、アンタも!」
がっしり頭をつかみ返され、久しぶりに裏表なく笑う。何をやってるんですか、とジルが呆れた顔で戻ってきた。
ふと、ジルが魔力のないこのふたりを選んだは、自分のためかという疑問が首をもたげた。魔力がなくても戦えると証明するための――だがすぐに自意識過剰だと、考えを振り払う。
勘のいい彼女は自分が王太子からの監視役でもあると、気づいているはずだ。そこまで自分を慮る必要はない。大体、そんな馬鹿馬鹿しい情に流されて部隊を作るような甘い性格でもない。
彼女はできると判断したから、自分と彼らを選んだ。そう信じられるのは、悪くない気分だった。
ただし、サーヴェル式魔力開花訓練には絶対につきあわない。