作品タイトル不明
第三次ラキア聖戦【サーヴェル隊①】
言わなくてもわかることはある。
たとえば、ジェラルドの思惑としてはジル・サーヴェルが、いずれ現国王との対立が本格化した際、サーヴェル家の人質として使うことも考えていること。自分をそばに置いたのは、彼女の行動の監視もかねていること。
だからロレンスとしては、いざというときジルが裏切らないよう、結果的に裏切るとしてもためらう隙をみせるよう、信頼関係を作っておく必要があった。
一方ジルはジルで、なかなか侮れない人物だった。礼儀や勉強といったものがてんで駄目かと思いきや、こと戦闘・戦争に関してはおそろしく勘が良く、頭も回る。ロレンスと一緒に放りこまれた士官学校では、自分が部下を選ばなければならないときちんと理解して、同期となる同級生をよく観察していた。その観察眼は時にはロレンスも驚くような着眼点がある。ひとを見る目もあった。
そんな彼女が、ロレンスに打診してきたのは卒業間近に行われた本番を想定した軍事演習でだった。ジェラルドの意向で、クレイトス王国軍の部隊を借りた演習はだいぶ大がかりなもので、ロレンスもせっかくだからとジルとは別働隊を率いた。それがよくなかったのか。
軍事演習が終わり、校内で顔つなぎも兼ねた宴会で、ジルがふたりの男性の腕を引っ張ってつれてきたのだ。
「このふたりをわたしの部隊に引き抜きます!」
これ以上なくにこにこしながら、決定事項として言い放たれた。
お得意の笑顔を貼り付けたまま固まったのはロレンスだけではない。つれてこられたうしろのふたりもだ。
「おい、マジで言ってんのかよこのチビ……」
「ちょ、ちょちょちょっと、ジルちゃん~、まずいって」
「なんですか。いいよってふたりとも言ったじゃないですか」
ジルが振り返るのと一緒に、ロレンスも視線を背後に移す。ふたりとも着ているのは軍服だった。階級章は――二等兵。下っ端も下っ端だ。
「いやだからあ、それはあの場の勢いっていうか……ねえ」
どういったものかと悩んでいる様子の男性が、ちらとロレンスをうかがうように見る。どうにかしてくれ、という目だ。それで話がわかる人物だとわかった。泣きぼくろのある柔和な顔立ちや物腰は、大人の立ち回りを感じさせる。
「勢いでもわたしの部下になっていいって言いましたよね?」
「そりゃ今のあのクソ上官よりはマシって話でだな……俺らにも色々事情があるんだよ」
もうひとりは体格がよく、子どもに言い聞かせるようにその場でしゃがんでジルに告げる。
「しかもお前は、王太子殿下の婚約者じゃねーか。部隊に入れとか無理だ無理」
「そうよお、ちゃんと身元のはっきりした人間になさいな」
情報はまったくないが、ふたりとも、自分の立場と常識をわきまえた人物のようだ。これならジルが諦めるだけでいいだろう。説得はたやすい。
件の王太子殿下から命じられた、やけに詳細さを求められる彼女の行動や周辺についての報告書への説明もはぶける。
「ジェラルド様にはさっき許可もらいましたよ!」
はずだったが、まさかの王太子殿下からの許可に三人そろって固まってしまった。
今回、ジェラルドはこの士官学校の開校の立役者として、演習の見学に招かれていた。だが宴会の参加予定をキャンセルして帰っている。わずかな時間でも、婚約者なら挨拶くらいできるだろうが、いつの間にそんな話をしたのか。
「それ、実はちゃんと話聞いてもらえてないやつじゃなかったりしない?」
「そうそう、あとで反故にされるやつだぞ」
「ジェラルド様はそんないい加減な方じゃないです。そりゃ、ほんとにちょっとしか話できませんでしたけど……君が選んだのなら問題ないって言われました」
黙って聞いていたロレンスには、ある推測が浮かぶ。
ジェラルドが早く帰ることになったのは、フェイリス王女の具合が悪くなったからだ。婚約者にも礼儀正しいあの王太子は、今回の見学で、ジルと話す時間をきちんと予定に入れていたのをロレンスは知っている。しかしその約束は果たせない。どう説明すべきかまごついている間に、やってきた婚約者にお願いされてしまい、ついうっかり頷いてしまったなんてことは。
「激甘か」
半眼で宙に毒づくと、ジルが振り返る。
「ロレンスは反対ですか?」
「うーん」
あのクソ王太子、あとから彼らについて書面でやたらめたら細かい報告を求めてくるんじゃなかろうな、いやくる。絶対くる。もうお前が直接本人に聞けよ婚約者だろ、と床にぶん投げたくなるやつがくる――という諸々をすべて笑顔の背景に圧縮し、ロレンスは答えた。
「ジェラルド様がいいって言ったならいいんじゃないかな」
もうそれくらいしか意趣返しが思い浮かばなかった。
「うっそぉ、本気で言ってんの?」
「っつーかそもそもこのガキ、誰だよ。士官候補っつーのはわかるが」
「ロレンスはわたしの副官です! 戦闘はそんなに強くないですけど、すごいんですよ! 頭がよくって、物知りで!」
ジルの『強くない』、すなわち魔力が少ないという紹介は、不快にならない。
なぜなら彼女にかかれば、おおよその人間が『強くない』ほうに分類されるからである。
何より彼女の「すごい」は本当に裏表がなくて――そう、ロレンスは初めて魔力があるだけという本物の悩みを聞いた。毎回レポートの提出を手伝うという、思いがけない形でだ。
それでも『魔力があるだけ』で彼女は駆け上がっていくだろうが、不思議とそれは受け入れられる自分がいる。きっと彼女は『魔力があるだけ』ではないからだ。
「性格はすっごく悪いですけど! 騙されるくらいなら騙すが信条だそうです!」
「ジル、さっきからその紹介はすごく俺への心証が悪いんじゃないかなあ」
「三人、仲良くやってください。ね!」
――こうも大雑把すぎるのは、どうかと思うけれども。
自分も困るが、いきなりつれてこられたふたりも困り顔だ。
しかたなく、ロレンスは切り出した。
「彼らの推薦の理由は? 見たところ魔力も大してない。そもそも初対面だよね、今日が」
「あ、そうです。演習でわたしの部隊に配属されて、そこで知り合いました」
「君、演習の点数、最下位だったね。そこで選んだなら余計、どういう基準か説明がほしいかな」
ロレンスの評価にふたりは怒ることなく、黙って聞いている。ジルのほうがちょっと気まずいのか、半眼でぼやいた。
「……ロレンスが一位でしたね。しかも皆で真っ先にわたしの部隊をつぶしにかかって……あれ、ひょっとして根回ししたんじゃないだろうな!?」
「ははは、今頃気づくなんて遅すぎるよ」
「ぅぐっ……わたしの作戦、悪くなかったのに……!」
「君の作戦はサーヴェル家の機動力がないと無理だよ。いつも注意してるじゃないか、もっと普通の軍人と実家の差違を考えなきゃ駄目だって」
「た、確かに、無理って言われましたけど……士気も最初から高くなかったし……」
最初から全部隊に標的にされたジルの部隊の士気がさがり、自壊していったのはロレンスも見ていてわかっている。
「でも、ちゃんと一発逆転の特攻だって思いついたんです!」
「ああ、最後のあれやっぱりそうか。でも失敗したよね?」
「お前のせいでな!」
ジルが悔しそうに拳を振るわせている。最後の最後まで、ジルの部隊をきっちり丁寧にすり潰しておいたのはロレンスだ。
「あんな特攻、絶対に俺は戦場でやらせない。その時点で負けだから敗走してもらう」
「でも必要なときも――じゃなくて! あのとき、賛成してつきあってくれたのはこのふたりだけだったんですよ!」
ロレンスはふたりを見やった。泣きぼくろの男のほうが指先に黒髪をからませて、肩をすくめる。
「賭けるには悪くない案だったわよ。やられっぱなしも癪じゃない」
「それに所詮、訓練だしな。別になくすもんもなかっただろ。ちゃんと全員が動けば勝算は三分だったと思うぞ、俺は」
「三分を勝算とは言いたくないですけど。……で、まさかそこに感動して彼らを引き抜こうと?」
「そうです!」
ちょっと眉をひそめてしまった。
「ジル、君が作る軍は王太子直属の遊撃隊、ラーヴェと戦う先鋒になる可能性が高い。きちんと精鋭をそろえないと――」
「彼らなら、わたしが死ねと言えば死んでくれます」
あっけらかんとしたジルの評価基準に、言葉も息も呑んでしまった。ふたりもぎょっとして、ジルを凝視している。
「あ、もちろんそれだけの理由と価値がある場合に限って、ですよ。わたしは部下を無駄死にさせたりなんてしません。でもまあ、必要なときはあるわけで」
戦場で、死ねと命じることは。
はあっと、小さな両肩をジルは落とす。
「意外とさがすの大変なんですよね、わたしを信じて死んでくれる部下って。ここにきて思い知りました……実家なら皆、当然のように従ってくれるんですけど」
「君の実家のことは忘れようか」
「わかってます! だから魔力があるとかどこ出身だとかどうでもいいですよ、この際。必要なのはわたしを信じて命を預けてくれる部下です」
わかるだろう、と言わんばかりにジルはロレンスを見あげてにっと笑った。
「ロレンスのことも信じて、騙されたまま死んでくれますよ」
ほしいだろう、そういう人間が――ジルを『魔力が高いだけ』ではないと感じるのは、こういうときだ。
(大隊とか、持たせてみたいな)
今、ジルを見つめているこのふたりも、同じことを感じている。
「――俺はロレンス・マートンといいます」
名乗ったロレンスに、ふたりがこちらを向く。
「……カミラよ」
「ジークだ」
「カミラさん、ジークさん、ですね。よろしくお願いします」
間にいたジルがぱっと顔を輝かせる。つい、ロレンスは念を押した。
「でも俺は、君の命令で死ぬのはごめんだから」
「あー……ロレンスは、確かにそうですよね……頭よすぎると駄目なのかな……?」
「そりゃ騙されるより騙すが信条じゃあねえ」
「ま、俺は騙されるくらいのほうがいいがな。ああだこうだ頭使って疑って何も守れないよりは、何か信じて死んだほうが楽だ」
しゃがんでいたジークが立ち、背伸びをした。
「でもお前ら、まだ学生だよな。それまではあのクソ上官の下か……」
「もうすぐ卒業ですから。卒業したら真っ先に迎えに行きますよ!」
「やだ、ときめいちゃうわぁ」
笑って言いながら、カミラに目配せされた。何か話したいことがあるらしい。おそらくジル抜きで。
「ジル、俺はちょっと最低限の聞き取りがしたいから。彼らの上官に、ちょっと時間もらいますって言ってきてくれる?」
「あっそうか。はい、行ってきます」
「何をするか聞かれたら、今回の反省会がしたい、でいいからね。くれぐれも、引き抜くとか言っちゃ駄目だ。わかるよね」
王太子の婚約者の部隊に引き抜くなんて話が伝われば、どんな混乱が起こるかわかったものではない。ロレンスの笑顔の圧に、ジルが気まずそうに、踵を返した。
「わかってますよ、そのくらい」
本当かなあ、という視線を遠ざかっていく小さな背中に三人で投げた。