軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32

横目に見えるラキア山脈の奧から、薄紫の空が見え始めている。もうすぐ夜明けだ。

国境はまだ遠い。

「両親を、アルカに囚われているんです」

まばたいたジルに、ミレーが続けた。

「私の魔術の才を見出したアルカが、竜帝陛下に近づけと私を潜り込ませました。でも、竜帝陛下はお優しくて……君だけでも逃げろとおっしゃってくださったんです」

「……陛下が、この作戦に同意しているとでもいうんですか?」

「そうです。そうすればクレイトスに対し先手をとれるから、と」

ミレーはまっすぐにこちらを見ている。正面からそれをまじまじと見返したあと、ジルは声を立てて笑った。

「信じてもらえませんか?」

「当然ですよ。だって、あなたが持ってるのは、聖槍でしょう」

ミレーが瞠目した。

「女神をそういう風に扱える人間が、脅されている? なんの冗談です?」

「……さすがに竜妃は、竜帝よりも警戒心がありますね」

「はい?」

「私を皇妃候補にしたのは、そういうことでしょう?」

憐れむように、勝ち誇るように、ミレーが正面から嘲った。

「あなたを捜しもせず、私を頼り、口説くなんて。竜帝もただの男で、がっかりしました」

口説く。ハディスが――ジルの脳裏に浮かぶのは、「く、口説くなんてまだ早いよ、破廉恥だよ!」とか真っ赤になってもじもじしている姿だ。口説くのが破廉恥って、いったい何を想定しているのだろうか――いや、そうじゃない。

「竜妃は竜帝の盾といえ、捜索隊も出してもらえなかったあなたに、同情します。――どけ、竜妃。数的不利はそう簡単に覆せるものではない」

ジルは嘆息する。どうやら、ハディスについて互いに大きな見解の齟齬があるようだ。

そっとしておくのも優しさだろう。

「……陛下がわたしをさがさなかったのは、あなたからわたしを隠すためですよ」

「負け惜しみですか?」

「嬉しいんですよね。自慢しちゃうの、わかります。かっこいいですから、陛下。でも、陛下はあなたなんて眼中にありません」

だが、ジルはまだそれほど大人ではない。

「勘違いですよ。うちの夫が、すみません」

真正面から魔力の塊が飛んできた。マイネを足場にジルは上空へと飛び、剣の形に変化させた竜妃の神器を、ミレーの真上から叩き込んだ。ミレーの突き出した槍先とぶつかる。

「何が勘違いだ、そんなわけない!」

剣を阻んでいるのは、槍先ではなく槍から出ている魔法陣のほうだ。ミレー自身の魔力量自体は脅威を感じるほどではない――ということは、主な原動力は聖槍のほうだ。

あの魔力を吸い取る魔術を使い、聖槍から魔力を吸い取って別の魔術にそのまま変換させて使っているだろう。二重、三重の、常識では考えられない魔術の展開方法だ。魔術の天才、というカニスの言葉は過大評価ではないらしい。

「自分が子どもで魅力がないからって、いい加減なことを――謝れ!」

癇癪のように目の前の魔法陣が破裂して、吹き飛ばされた。

宙を舞ったジルの体をマイネが横からすくい、周囲にむらがろうとした黒靄の竜を一掃しながらミレーの周りを旋回して隙をうかがう。

「竜帝の眼中にないなんて、そんなわけない! 女神だって封じた!」

そう、厄介なのは聖槍だ。あれを使われる限り、無駄な魔力の消耗戦になる。

「竜妃にだって勝ってる! 竜帝に口説かれるのも当然なんだ!」

――ただ、思わぬ地雷を踏んだ気がしないでもない。

「なんかほんと、すみません、陛下が……あの、忘れたほうがいいですよ」

「うるさいうるさいうるさい!!」

「陛下はまだあなたには早かったってことで……」

「うるさいって言ってる!」

周囲に炸裂した対空魔術をよけ、マイネが上を取った。頭上のジルに目がけて、小さな魔法陣がいくつも展開される。

「死ね、竜妃。お前は用済みだ」

だが、当たらなければ意味はない。魔力をこめた靴裏で鞍を蹴り、加速したジルは、魔法陣が爆発するより早くミレーの背後を取る。振り下ろした剣を、ミレーの聖槍がミレーの腕を引っ張るようにして受け止めた。

「くそ、なんで死なないんだ今ので!」

ミレーは悔しがっているが、今の反応速度はミレーではない。ジルのわずかな魔力に反応して、聖槍が持ち主の身を守ったのだ。ひょっとして、ミレーをフェイリスだと勘違いでもしているのか――させられているのか。

「私は、アルカ総帥なんだ! お前になんかに負けるわけがない!」

「――いい加減、目を覚ませ女神クレイトス!」

ジルの腹の底からの声に、ミレーがびっくりした顔で口をつぐんだ。

「いつまでこんな小娘に使われてる! いいんだな、わたしにまた折られても……!」

「な、なに、を……女神なんて、嘘っぱちだ! ただの魔力源だ! 私が、使うだけの――」

「お前もいい加減にしろ!」

力任せに、ミレーの体ごと剣で横になぎ払った。吹っ飛ばされたミレーが、落ちていく。

その上から、ジルはまっすぐに剣を振り下ろす。ミレーの正面で、魔術が組み込まれた結界が輝く。それを真正面から叩き割った。

見開かれたミレーの瞳に、自分の顔が映る。

「まさか本気で、わたしに勝てると思ったか?」

「――ッ!」

朝日に似た魔力が爆発した。雪を舞い上げ、辺り一帯が白く染め上がる。

着地したジルも、雪を受けて倒れた。

やがて静かになった雪の中から、ジルは顔を出す。首を振って這い出ると、えぐられた地面の中心にミレーが倒れていた。

外傷はない。目を回しているだけのようだ――本能的に自分の身を守るため、結界を展開したのだろう。手加減したとはいえ無傷ですむとは、末恐ろしい才能だ。それも、あの聖槍の無尽蔵の魔力があってこそだが。

そこまで考えてはっとした。

「聖槍……!」

ぐるりと見回すと、朝日に照らされて黒い槍の切っ先が光っている。吹き飛ばされて転がったらしい。急いで走って、槍を手に取ろうとしたとき、ころんと槍が横に転がった。

『う……う~ん……もう、わかんないよぉ……』

ジルは槍を手にしようとした格好のまま止まった。

『さ、さんたす、ななは……えっとぉ……じゅう、じゅういち……お、おにいさまに、さんこあげたら、のこりは……はっこ……?』

「七個だ。――その計算、する必要あるか?」

『た、たりないよぉ……――っは!』

びょん、っといきなり槍が飛び起きた。びくっとジルは後ずさってしまう。

槍先が、まるで頭のようにきょろきょろ左右に動く。

『こ、ここどこ? フェイリス? フェイリス、どこいったの? あ、わかったあ!』

ぴょんぴょんはねていたと思ったら、こっちを向いた。

『フェイリスったら迷子ね、ふふ。まだ子どもっぽいところが……』

「……」

『ギャーーーーー竜妃がいるーーーーーーーーーーーー!!』

脱兎の勢いで、斜面を聖槍が滑り出した。我に返ったジルも慌てて追いかける。

「待て、おいこらクレイトス! お前、クレイトスだな!?」

『違います神違いですぅ、うわぁん、なんで竜妃!? フェイリス、フェイリスーーー!?』

「あ、あっち、竜神ラーヴェがいる!」

『えっ嘘! どこ!?』

気を取られて動きを止めた聖槍に飛びついた。ひとりと一本で雪上でごろごろ転がる中で、槍が暴れる。

『イヤアァァーーーー折られちゃう、クレイトスまた折られちゃううぅぅぅ!』

魔力はまだ戻ってないようだが、ばたんばたんと動く様は生きのいい魚のようだ。押さえ込みながら、ジルは竜妃の神器を縄にしてくくりつける。

「おとなしくしろ! 女王のところに帰してやるから!」

『嘘だ、信じないもん! クレイトスそこまでばかじゃないもん!』

「あ、あそこに竜帝がいる!」

『どこ!?』

拳で殴るとくたりとして静かになった。

急いで縛りあげてから、がっくりと両肩を落とす。

(ほ、本当に引っかかるなんて……)

こんなのが女神なんて、世も末だ。

「いや、油断するなジル・サーヴェル。ベイルブルグを思い出せ。馬鹿なだけのわけがない、時間を巻き戻せる神だ。見なかったふりして捨ててっちゃ駄目だ、埋めちゃ駄目だ……」

ぶつぶつ言い聞かせていると、上空からマイネがおりてきた。

その首をなでながら薄紫の空を見あげると、黒い靄の竜は綺麗さっぱり消えていた。やはり聖槍の魔力を使ってミレーの魔術で維持していたのだろう。おそらくレールザッツも魔法陣が消えるなり、結界が消えるなりしているはず。

まだ後始末が残っている。鞭でぐるぐる巻きにした聖槍を持ち上げ、雪の上に立つ。

背後から、いきなり朝日を呼び込んだように、空が輝いた。レールザッツの方角だ。

(――陛下!?)

振り返ったジルの頭上を、影が覆う。黒い靄の竜が一匹、乗っているのはカニスだ。ミレーを助けにきたのか。身構えたジルと、カニスの視線がかち合う。

「レールザッツに戻ったほうがよろしいですよ。あれは聖槍からの魔力をため込んだ我々の傑作品。魔力の供給が断たれたら、とある魔術が発動する仕組みになっています」

笑いながらカニスが、告げる。

「ちなみに我々の得意技は、ご存じのとおり、自爆ですよ」

「行くぞ、マイネ!」

舌打ちしたジルはマイネに飛び乗り、カニスとは逆方向に飛ぶ。ミレーは回収されてしまうがしかたない。

ジルの仕事はアルカを潰すことではない。ハディスを守ることなのだ。