軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26

はっとジルは顔をあげた。

「おいしいわたしのご飯のにおいがしたような……!?」

「しないだろ、こんな煙臭い中で……なんか見つかったか?」

煙を両腕で振り払いながら、ロジャーが建物の中に入ってきた。真四角の窓がひとつあるだけの無骨な建物は、ジルたちが足を踏み入れた瞬間、火を噴き上げた。侵入者用の罠だ。

魔力で火を吹き飛ばしたもの、その勢いもあって建物は半壊してしまった。中のものもほとんど壊れていて、周囲に散らばった紙も焦げていてろくに読めない。

「めぼしい物は何も。団員もいなかったし、襲撃を察知されましたかね」

「四つ目だからな。それにしては不用心すぎる気もするが……」

ジルとフェイリスを迎え入れた一つ目の拠点は、アルカの教団員が暮らしているだけの場所らしく、ろくな情報はなかった。彼らの移動先だった二つ目の拠点も同じだ。

「ここってレールザッツに近いんだよな。会談の妨害を考えると、ここが作戦の主拠点になっててもおかしくないんだが……どうする、ジル先生。ハディスに一度、会ってくか?」

三つ目で手に入れたハディスのお茶会の招待状と、参加するご令嬢の名簿をポケットから取り出し、ジルは笑う。

「そうですね。これだけで陛下を殴る根拠にはなりますから……!」

「俺らがさがしてるのはハディスを殴る根拠じゃなくて、聖槍の在処と、アルカが聖槍を強奪した理由だからな? ま、そう簡単に見つかるとは思っちゃいないが……」

「ジルせんせー、ロジャーせんせー、これこれ! 隠し床!」

一緒に建物の中を探索していた生徒が手招きして呼ぶ。急いで向かったジルは、生徒が示す焦げた絨毯をめくった。出てきたのは焦げ目一つない、綺麗な床だ。

「ここだけ焦げてないんだよ。保管の魔術がかかってたんじゃないかな。でもけっこー複雑なやつで、解けない」

「ああ、こりゃ手間がかかりそうだな。パズルと一緒で、解錠の術式があるやつだ。さて、どうやってあけたもんだか……」

「そんなものこうですよ」

拳を握ったジルは、魔力をこめて床に打ち付けた。手応えとばりんという硝子が割れるような音がして、床が壊れ、木箱が入る程度のへこみが出てきた。紙束だのなんだのが無造作に放りこまれている。どうも物入れか何かになっていたようだ。

しばしの沈黙のあと、ロジャーが笑顔で言った。

「なんでも力業で解決しちゃうの、どうかと思うな。生徒の教育的にも、理的にも」

「わたしはその理の竜神に認められた竜妃ですけど。……なんですか、これ。魔法陣?」

紐で括られた紙束を取り、ジルは首をかしげる。一枚一枚、魔法陣が書かれている。中には書き損じらしきものも散らばっていた。

「これ、竜神ラーヴェ像の土台とかに掘られてるのに似てるな。帝城で見たことある」

ロジャーのつぶやきに、ジルもあっと自分の手袋を見た。

「これにも似てます! 陛下に縫ってもらったんですよ、竜帝の紋章だって」

「でもどれも一致しないな。魔術の解析っぽいが……こっちのはまた全然形が違うし」

別の紙束をぱらぱらとロジャーがめくって見せてくれる。目をうーんとよせて観察した。

「こっちはクレイトス王城で見たことありますね。あと、アルカにつかまったときもよく似た魔法陣を見たような……」

「――竜神ラーヴェと女神クレイトスの神紋を復元しようとしてるのか?」

にわかに厳しくなったロジャーの声に、ジルも唇を引き結ぶ。同じものを覗きこんでいた生徒が首をひねった。

「でも、そんなの復元してどうするんっすか? 神紋って正確な形がわかったところで神様じゃないと使えないって話じゃないっすか」

「そうだ。すべての魔法陣・魔術は神紋の派生って話だから、研究するのは不自然じゃないし、真新しい情報は書いてない。アルカの魔術がちょっと奇妙なのは、ここから独自の魔術理論を組んでるからだし……でもなあ……」

「何がそんなに引っかかるんです?」

「竜神ラーヴェの神紋は竜封じの、女神クレイトスの神紋は魔力封じの基礎って聞いたことないか? その復元を神殺しを公言するアルカがやってるんだぞ。嫌な感じするだろ」

「――完全な神紋なら、聖槍や女神を囚えられるかもしれないとか?」

ジルの質問に、ロジャーは否定も肯定もしない。考えてもしかたないと、ジルは箱の中に残った薄い封筒を手に取った。封筒には赤い字で『破棄』と書いてある。

どうも、処分する書類を一時的に保管しておく場所だったようだ。しかし、過去の動きは現在につながる。封筒をあけ、薄汚れた資料を引っ張り出し、最初に出てきた文言に瞠目した。

「操竜笛によるクレイトス襲撃作戦!?」

「……ラーヴェから仕掛けたように見せかけて、開戦へってシナリオだな」

作戦内容は操竜笛を使って竜を動かせる限界行動範囲から、クレイトスの国境を守るサーヴェル家の警戒網を越える作戦、どこから攻めるかまでかなり具体的だ。大量の竜の調達するため、レールザッツ竜騎士団とノイトラール竜騎士団への潜入予定まである。

「ま、操竜笛が使えなきゃ作戦の根幹から成り立たない。廃棄の理由は明白だ」

だが、ジルは書類の上に大きく書かれた文字を指さした。

「見てください。この作戦、『中止』じゃなく『変更』って書かれてます」

何か代替案を練っている可能性がある。ロジャーが雑に頭をかいた。

「襲撃目的を変えた程度ならまだしも……操竜笛の代替手段があったりしたら最悪だな」

「もっと最悪なのは、聖槍が関わってる場合ですよ。……ここってレールザッツに近いんですよね。わたし、やっぱり陛下に報告しにいきます」

「え、報告? 襲撃じゃなくて?」

「先生!」

周囲をさぐっていたはずの生徒たちが、かたまって飛びこんできた。人数が多いと思ったら、増えている。レールザッツにフェイリスを送り届けにいった生徒たちだ。

「なんだ、お前たち。女王を届けるついでにレールザッツに潜伏する予定だろう」

「それどころじゃないよ! レールザッツがアルカに乗っ取られた!」

「皇妃候補がクレイトスに攻めこむって話も流れてきてる!」

立ち上がったジルの横で、ロジャーが顔色を変えた。

「どういうことだ、会談は!?」

「わかんないんだ、いきなり鉄道が爆破されて、街中封鎖されて……」

「レールザッツ公爵邸の上に、魔法陣がずっと光ってるんだ。黒い槍が結界を張ってて……あれ、聖槍なんじゃないか!?」

「クソ、ここがからだったのは、作戦決行が決まったからか……!」

「俺らは街の外にいたから逃げられたけど、金竜学級の奴らが街の中に残ってるんだよ」

口々に報告する蒼竜学級の生徒たちの中から、副級長が前に出てきた。

「止めたんだけど、ハディス先生が心配だって、きかなくて。二手に分かれた」

苦々しそうな口調は、仲間を置いてきたことを悔いている。でも言葉にはしない。判断として正しい自負があるからだ。だからただ端的に、ジルは必要なことを尋ねる。

「陛下は、公爵邸――結界の中か」

「たぶん」

「そうか。……本当に困った夫だな。少し目を離しただけでこれだ」

ジルはうつむいた蒼竜学級の副級長の肩を叩き、振り返る。

「さあひよっこども! お待ちかね、人殺しが英雄に変身するお時間だ。囚われのお姫様を救う心の準備はできてるな?」

はい、と返ってきた子どもたちの声は、きっちりそろっていた。