軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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クレイトス使節団との交渉に用意された会議室は、長い会議机を中央に置いた、広いが最低限の調度品があるだけの簡素な造りだった。実用性を重視しているのだろう。

女王が率いるクレイトス使節団の代表者は、ロレンス・マートン。護衛にサーヴェル辺境伯ビリー・サーヴェル。それ以外の護衛は、報告も兼ねていったんクレイトスに引き返しており、レールザッツ公爵邸に滞在しているのはこのふたりだけだという。

敵国のど真ん中で、たったひとりの護衛だけで交渉に挑む度胸は素晴らしい。その護衛がひとりでレールザッツ竜騎士団と対峙できる人物だとしても、外交の場においては抑止力にすぎない。ロレンスの判断ひとつで女王の安全はもちろん、国の行方まで左右される。カミラだったら絶対にお断りだ。

――くわえて。

「初めまして、マートン様。この度、皇帝陛下より皇妃候補としてこの会談を取り仕切るようまかされたミレーと申します」

予告もなく現れた騎士服の皇妃候補の少女に、口角を引きつらせただけで、ロレンスは笑顔を崩さなかった。ただぎこちなく口を動かす。

「……皇妃候補、ですか。初めて聞きました」

「はい。竜妃殿下にかわって、よろしくおねがいいたします」

ごほん、とわざとらしい咳払いをビリーはした。

「竜帝陛下はこちらにご滞在だと聞いているのですが……どちらにおられるかな……!?」

見開いた目に殺意が溢れている。当然だ。ビリーはジルの実父。娘をラーヴェ帝国に渡すまいとハディスと一対一で戦った。ジルがハディスの妻になることも許しがたいだろうに、皇妃候補、すなわちジル以外にハディスが妻を持つことなど絶対に許せまい。

「義父としてぜひ、一対一の決闘、いや話がしたく」

「陛下は体調がすぐれずお休みになっておられます」

「逃げたかあのクソガキ! レールザッツごと攻め滅ぼしてやろうか……!?」

「それがクレイトスの総意でしょうか?」

ふっとビリーから怒りが消えた。対するミレーは笑顔だ。おやとカミラはまばたいた。

しっかりしているとはいえ、まだ十三歳の少女だ。目の前の狸でもあるまいに、いきなり皇妃候補に持ち上げられ緊張しているのではと思っていたのだが、そうでもないらしい。レールザッツ公を補佐にもつけず、カミラとジークを護衛にロレンスの前に放りこむハディスをいくらなんでも非道だと思ったが、不要な心配だったらしい。

(――ううん、そうじゃないわね)

ジルの手前断言しづらかったが、侍女見習いは皇妃候補だ。優秀だからこそ、常に皇妃になれるよう心構えをしていた――狙っていたなどと評価するのは、我ながら底意地が悪い。

「失礼いたしました、ミレー様。よろしくお願いいたします」

ロレンスがにこやかに握手を求めたのは、交渉相手として認めたからだろう。ビリーも不満そうではあるが、ハディスへの怒りをひとまず腹におさめたようだった。

交渉は驚くほどあっさり進んだ。

女王と聖槍が行方不明になったのはアルカの仕業、この点に争いはなく、協定もあるので当然だ。しかし、クレイトスから捜索隊派遣を承諾したところで、ミレーがラーヴェ帝国のレールザッツ竜騎士団も捜索隊として協力すると言い出した。

「クレイトスだけのラーヴェ国内の捜索は大変でしょう」

「助かりますが……よいのですか?」

ロレンスの問いには、それだけの裁量がお前にあるのかという意味も含まれている。カミラもそんな話は聞いていない。だが、ミレーはにこやかに返した。

「困ったときはお互い様です。クレイトス王国側で捜索の必要が出た場合も、こちらの捜索隊がお邪魔するでしょうし」

うまいと思ってしまったカミラは、舌打ちしたくなった。ロレンスは目を細めたあと、穏やかに頷き返す。そうするしかないだろう。

「ご協力、感謝いたします。ところでラーヴェ側の捜索指揮は、竜妃殿下でしょうか?」

カミラは身構える。ジークは仏頂面のままだ。

なぜかハディスからは、ジルの行方不明を隠すよう厳命されていた。理由は「なんで横恋慕君とうるさい義父上にジルの情報を渡さないといけないの?」ということだったが、どこまでが本音だろうか。犯人はおそらくアルカ、だとすれば同じ被害者として女王と一緒に捜索したほうがいいはずなのに。

「竜妃殿下についてお答えすることはできません」

ミレーもハディスの意図がわからないからか、今までとは違い緊張した面持ちになった。

だがミレーが見せた隙を、ロレンスは見逃さない。

「娘の身を案じるサーヴェル伯の気持ちも考えてください。それとも何か話せない事情があるんでしょうか――竜妃殿下もアルカに囚われているかもしれないのに?」

ミレーが顔色を変える。対するロレンスはにこやかだ。

「街で噂になっていますよ。竜妃殿下が行方不明だとね。女王の一件といい、タイミング的にアルカが関わっているんでしょう。てっきりこちらにも、竜妃殿下捜索のご相談があるものと思っていたんですが」

わかっていて引っかけてきたロレンスに、カミラは歯噛みする。今のはロレンスが上手だっただけだ。こういうときジルなら――と考えてしまうのは、たちの悪い粗探しだ。

「竜帝陛下は皇妃候補のあなたに夢中で、竜妃殿下を見捨てたという噂もありましたね」

「ほんと噂って当てにならないのね。ジルちゃんがついに陛下に愛想を尽かして出ていったってほうがあり得そうなもんなのに、ねェ」

割って入ったカミラを咎める声はなかった。流し目を受けて、ジークが嘆息する。

「隊長に限ってないだろ、それも。親父さんの気持ちはわかるが、こっちも仕事でな。竜妃についての情報は答えられない」

「お前たちは竜妃の騎士だろう。主が心配ではないのか」

カミラとジークが話に入ってきたからか、ビリーも口を開く。ジークは平然と答えた。

「悪いが、心配するようなことが何もないんでね」

「何せ竜妃殿下の命令でここにいるんだもの、アタシたち」

ジルと同じ紫色の目に殺気が一瞬、よぎった。だが、どうにか身震いを堪える。

実力では絶対に叶わないが、それでも自分たちはジルの意にかなった行動をしているという矜持はあるのだ。

「わかりました、詮索してもお互いのためにならないようです」

ロレンスが引いた。ほっとしたように、ミレーが両肩を落とす。

「では、捜索隊の細かい取り決めについてはのちほど書面でお渡しします」

「お待ちしています。――カミラさん、ジークさん。ちょっと話しませんか。お茶にもいい時間でしょう」

立ち上がったロレンスにいきなり誘われ、カミラとジークはまばたいた。ミレーもビリーも驚いている。

「なァに、デートのお誘いがあるなんて聞いてないわよ?」

「一緒に山中を逃げた仲じゃないですか。サーヴェル伯、捜索隊についてミレーさんと事前に打ち合わせをお願いします」

「はあ、かまいませんが……」

途中でビリーがはっとして、頷き返した。ミレーが苦笑いし、小さく頭をさげる。ふたりの様子を見て、カミラはロレンスがジークたちと話したいのではなく、ビリーとミリーをこの場に残そうとしているのに気づいた。

気遣いだろうか。だがどうしてもカミラはロレンスを疑いの眼差しで見てしまう。ロレンスもそれをわかっているかのように、笑顔を崩さない。

「おごりますよ。女王陛下の近習になって給料あがったので」

景気のいい話だ。こちらは竜妃宮の宿舎に引っ越してやっと貯蓄ができるようになったところである。

断る選択はなさそうだ。ジークは「肉な」と答えていた。