作品タイトル不明
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まず焦ったカミラが落とした手紙をジークがすばやく握りしめ、懐にねじ込む。ナターリエは意味もなくジルの前に立ち、フリーダはテーブルにぶつけたのか紅茶を零してしまいわたわたしている。冷静なのはルティーヤだけだ。クッションを投げつけているが。
「ノックもせずに人の部屋入ってくんな、馬鹿兄貴!」
「そそそそうですよ陛下、へい――か?」
他に目をくれずまっすぐやってきたと思ったら、ハディスは椅子に座るジルの足元に両膝を突いて、無言のまま抱きついてきた。
「……ど、どうしたんですか、陛下」
「――駆け落ちしよう、今すぐ」
「へっ」
「僕のことが好きなら、駆け落ちして!」
やっと顔をあげたと思ったら潤んだ目で訴えられた。ああ、と緊張が解ける。これは手紙には気づいていない。
「何か嫌なことがあったんですね。でも陛下、逃げてばっかりじゃ解決しませんよ」
「正論なんかどうでもいいよ、大事なのは君が僕のこと好きか好きじゃないかだよ!」
「はいはい、好きですよ」
「言い方軽っ! もっと! ちゃんと気持ちをこめて言って!」
「だから好きですって、しつこいな」
「面倒な気持ちをこめないで!」
ジルの膝の上に顔を埋めて、何やら嘆いている。さらさらの黒髪に指先をうずめて頭をなでてやりながら、ジルは嘆息した。
「それで? 何があったんですか。言ってくれなきゃわかりませんよ、陛下」
「おや竜妃殿下、そんなところに」
ハディスが開けっぱなしにしている扉からもうひとり、入ってきた。
「しかもなんともタイミング良く、皆そろっているじゃないか。話が早くて結構。喜べ。全員、仕事だ」
ジルから離れないハディスよりも指導者然としてヴィッセルが告げる。
「祭りを開催することになった。今から一ヶ月後だ」
「祭り? 婚礼の準備するのにそんな時間ある?」
フリーダと一緒にテーブルの零れを片づけていたナターリエが手を止めた。
「その婚礼の予行演習だそうだ。三公のご配慮に涙が出そうだよ、私は。これがうまくいけば喜んで婚礼も協力してくれるそうだ」
笑顔なのにヴィッセルの目には光がない。これは怒っているやつだ。しかし、これでハディスがむくれているわけがわかった。婚礼に難癖をつけられたのだ。
(まあ、この状況ですんなりいくわけがないと思ってたが……)
クレイトスの女王即位、未遂に終わったとはいえライカでも暴動が起きかけた。婚礼どころではない、と言われてもおかしくない。
「よくわかりませんけど、そのお祭りを成功させれば結婚していいって話ですか」
「そうだ。だから今回の祭りは、竜妃のお披露目を兼ねている」
「へっわたしですか!?」
ぎゅっとハディスがジルに抱きつく力を強めた。苦々しくヴィッセルが吐き捨てる。
「今回の奴らの狙いはあなたですよ竜妃殿下。いいところに目をつけてきたさすが老害、ラキア山脈の魔法の盾を作れと正面から要求されなかっただけましだが、忌々しい。こんな無能な竜妃に祭りの采配などできるか!」
「しっ失礼ですね! やってみなきゃわからないじゃないですか!」
「やらなくてもわかる! 明白だ! できるわけがな――」
「やるしかないでしょう、陛下の妻なんですから」
ぴくり、とハディスの頭が動いた。ゆっくりその頭をなでて、言い聞かせる。
「だから頑張りましょう、陛下。駆け落ちはそのあとでも遅くないです。ね?」
味方を増やす重要性を説かれたばかりだ。
観念したのか、ハディスが顔をあげた。ジルの膝の上に顎をのせるというかなりみっともない格好だが、声色は冷静だ。
「……竜の花冠祭を、君にやってほしいんだって。元は初代竜妃が始めたお祭り。竜妃がいないときは皇妃が取り仕切ってた」
花冠といえば、クレイトスでも十四歳の少女に大人の証として贈られる風習がある。それと似たようなものだろう。クレイトス王国とラーヴェ帝国は建国時の因縁からか、似て非なるところが多くある。
「楽しそうですね。具体的に何をするんですか?」
「花冠をデザインして売ったり、演劇っぽい儀式をしたり。昔の竜妃は竜の花でできた花冠を作って配ってたからそれに倣う形になるのかな……あ、竜の花っていうのは、竜葬の花畑ってところで咲く花なんだけど」
身じろぎはどうにか堪えた。騎士らしく背筋を伸ばして壁際に立ったジークとカミラも、不自然に目が泳いだ気がするが、ハディスは背を向けているので気づいていない。
「竜葬の花畑って後宮にあるんだよね。後宮は入るのも一苦労なのに、協力も仰がないといけないなんてほんと面倒……」
ジルはできるだけそうっと、視線だけをナターリエに動かす。フリーダと一緒に固唾を呑んでこちらを見ていたナターリエは、ゆっくり首を横に振った。
「へ、へえー……そうなん、ですね」
目をそらしながら答えたら、ひょいっとジルを抱きあげてハディスが立ち上がった。
「今、棒読みだったよね? 間もおかしくなかった?」
「そんなことはありませんよ! ぜんぜん! まったく!」
「……」
「な、なんですかその目。わたしが隠し事してるって言うんですか! そんなわけないでしょう、よしんば隠し事をしていたとしても……っそれは、大好きな陛下のためです!」
「だっ大好きな僕のため……!?」
大きく金色の目を見開いたあと、ハディスが頬を桃色に染め、もじもじし始めた。
「そ、そっか。それならしょうがないよね……!」
「そ、そうですよ!」
よし誤魔化せた。このまま勢いで話を流してしまえと、拳を振り上げる。
「わかりました、お祭りをすればいいんですね! わたしにどーんとおまかせください! 露店の料理は全部食べ尽くしてやります!」
「だめだよ君の評判がもっとひどくなっちゃう!」
「評判?」
あ、とハディスが口をふさぐ。視線はあからさまに泳いでいた。もちろん、見逃したりなどしない。ジルは夫のように「君のため」なんて薄っぺらい言葉で簡単に誤魔化されたりはしないのだ。
何より、お菓子を持っていないハディスに勝ち目などない。