軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16

大事なのはまず、先生として認めてもらうことだ。たとえ、十一歳の少女が先生だという現実にだいぶ無理があるとしても。

(……あとはたぶん……わたしを敵だと思ってるよな、あの目は)

ルティーヤを筆頭に、生徒たちから向けられた目を思い出す。あれはもう、教官を含む大人という存在を信じていない目だ。その理由は、昨日一日のやり取りでなんとなく察せられる。

だが、ジルが教官だとわかるまで、ルティーヤは腹黒そうなだけで親切だった。屈託なく仲間ができたと笑っていたあの笑顔は、嘘じゃない。おそらく――悪い子では、ないのだ。

「……でも苦手なんだよなあ、根回しとかそういうの、わたし……」

「っきゅ」

お弁当とハディスぐまと一緒に、背中の鞄に詰め込まれたローが顔だけ出して鳴く。ジルの横で胸を張って歩いているソテーも、コケッと鳴いた。励ましてくれているようだ。

そうだ、苦手とか言っていられない。立派な竜妃になるために、学校を作るのだと決めてここにきたのだ。

「おーい、ジル先生。大変だ!」

出席簿を持って本校を横切っている途中で、ロジャーに声をかけられた。既に昨日一日で十分学んだジルは、嘆息と一緒に振り返る。

「なんですか、また何かしたんですかうちの生徒」

「えっ」

駆けよってきたロジャーが一瞬だけ止まった。まばたいたジルに愛想笑いを浮かべて、口ごもる。

「あー、何かしたというか、しそうと言うか」

「はっきりしてください、副担任でしょう」

「あっハイ。朝早くから訓練場に集まっててあやしいなーと思いまシタ。爆竹もまだ残ってるはずで……あっ、そこぐるーっと回ったところの訓練場だぞ!」

駆け出したジルの背に、ロジャーが情報を付け加える。

(ったく、今度は何をする気だ!)

また頭を下げ続けて一日が終わり、なんてごめんだ。まずは止めなければならない。

だが願いむなしく、また派手な破裂音が響いた。

校舎から回りこんで辿り着いた訓練場は、広々としていた。射撃の訓練に使うのであろう的や土嚢なども置いてある。生徒たちの近くに竜がおり、何頭かが飛びあがろうとしていた。斑竜の中に緑竜がまざっているのを見て、少々ジルは驚く。

緑竜を乗りこなせば、ラーヴェ帝国が誇る精鋭ノイトラール竜騎士団の中でもエース扱いされる。たとえ乗るだけでもできる生徒がいるのは、驚くべきことだろう。

(ひょっとして、あれが金竜学級……)

思考をまた破裂音が遮った。さいわい、緑竜たちは破裂音に驚いて暴れる様子はない。だが、うっとうしげに喉を鳴らしている。

乗っているのは精鋭の竜騎士ではない。たとえ優秀でも学生だ。何か事故があってからでは遅い。だがジルが大声を張り上げる前に、冷静な声が響いた。

「皆、慌てなくていい! まず竜を落ち着かせるんだ」

緑竜に乗った金髪の少年だ。幼さが残っているが、きりっとした横顔には優等生らしい頼もしさがある。つい、足を止めて眺めてしまった。

「音だけだ、焦らないように。金竜学級が竜を御せないなんて、笑えない」

「はい、学級長!」

「……相変わらず優等生だね、ノイン学級長。だがこれならどうかな」

ルティーヤの指示と一緒に、一層派手な音が鳴った。だがノインと呼ばれた少年の指示通り、金竜学級の生徒たちは地上から空へと退避を始める。うまくあしらうつもりらしい。

ルティーヤは眉をひそめるが、地上からではどうにもできない。他の教官がくる前に撤収させて、詫びればなんとかなるだろうか。少し希望が出てきた。

だが、地上を見下ろしたノインの目は冷たい。

「この程度のことしかできないのか。情けないな」

「……なんだって?」

「待て、そこまでだ!」

希望の火が消える前に、慌ててふたりの間にわりこむ。ルティーヤが舌打ちし、ノインが片眉をあげた。

「――あなたはまさか、噂の新任教官ですか? 蒼竜学級の……」

「そうだ。うちの生徒が迷惑をかけてすまない、謝罪する」

「……本当にこんな小さな女の子だなんて」

そう言ってノインが口をつぐむ。他からは不満の声や侮蔑的な眼差しを向けられるが、ノイン自身は教官を無視するような生徒ではないようだ。内心ほっとしながら、声をかけた。

「今日からの赴任なんだ。よく言い聞かせるから、穏便にすませてもらえないか」

「……。わかりました。かまいません。見なかったことにするくらいなら」

「見なかったこと?」

ジルのうしろから出てきたルティーヤが、嘲笑の声をあげる。

「ラーヴェ皇族の僕に、竜を向けられないだけだろうに」

「ルティーヤ!」

ジルの強いたしなめにルティーヤは一瞬目を丸くしたが、すぐ鼻で笑い飛ばした。

「事実だよ。金竜学級のエース様だって、結局ラーヴェ皇族にはさからえない。だよね、ノイン学級長。役所に勤めてるお父様は、ラーヴェ軍と仲良しだもんなあ」

ノインが表情をなくした。詳細はわからないが、これはまずいやつだ。だが、一度放った言葉は元に戻せない。ノインが口角をあげる。

「……事実、事実か。ならお前も、竜を向けられては困るのでは? 竜をまったく御せないと噂の、ラーヴェ皇族のルティーヤ殿下」

今度はルティーヤが表情をなくした。ノインが吐き捨てる。

「俺は父とは違う! 証明してやろうか」

「やってみろよ、腰抜け!」

ルティーヤが吼える。ノインが手綱を引いた。緑竜が大きく口を開く。

ジルは舌打ちした。子どもの喧嘩だが、竜が出てくるなら話は別だ。

ジルは竜妃だが、クレイトスの魔力を持っているせいで嫌われがちだ。基本的に命令は無視される。つまりこれしかないと拳を握った瞬間、ソテーが羽ばたき、黒くて丸い何かを蹴り出した。

金竜学級の生徒たちと、ルティーヤを先頭にした蒼竜学級の生徒たちの間に、顔面からローが落っこちる。竜たちが両目を見開いて、動きを止めた。

「う……うぎゅ……っ」

顔面をぶつけたローが、ぶるぶる震えながら起き上がる。涙をこらえているようだ。ここで泣きわめけばものすごい惨事になることをわかっているらしい。案の定、ノインたちが号令をかけても、竜たちは動かない。固唾を呑んで、ローを――竜の王を、見守っている。

ジルはつい、感動した。甘えただとばかり思っていたローが、成長している。

「え、えらいぞ、ロー……! 痛いのに我慢できるなんて」

「ひ……う、うきゅ……ぷぎゅう……」

振り向いたローの目には、大粒の涙が盛り上がっていた。可愛い顔も、砂まみれだ。駆けよったジルはローを抱きあげて、そして生徒にではなく、竜に言った。

「何をしてるんだ、この子がびっくりしてるだろう。おりろ」

固まっていた竜たちが一斉に地面におりた。生徒たちから驚きの声があがるが、竜にとってローは大事な王、宝だ。どれだけ生徒や教官が命令しようが、ローが落ち着くまで竜は争わないだろう。ジルはソテーの咄嗟の機転に感謝する。顔面を犠牲にしてくれたローのことは、あとでたっぷりほめよう。

ノインが怪訝そうに眉をひそめた。

「竜が動かなくなるなんて……どうして」

「――決まってるじゃないか! 僕がラーヴェ皇族だからだよ」

ルティーヤの勝ち誇った声に、調子づいた生徒たちがはやし立て始めた。

「パパになんて言い訳するのかなあ、エリート様は」

「お前ら、ノイン学級長に対して――っ溝鼠の分際でいい加減に」

「おい、いい加減にしろ! やめろと言っているだろう」

また噴火しそうな気配に声をあげるが、興奮している生徒たちはジルの存在に見向きもせず罵り合いを始める。

「その溝鼠に負けたのはどこのどなたかなぁ。ははっ傑作だ!」

「おい、残りの爆竹を魔術で爆発させてやれ!」

「そこまでだ、溝鼠どもが!」

大人の大きな声が割って入った。