軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

39

はがれていく闇から、光がこぼれてくる。フェイリスが笑った。

「末の竜妃には、甘いこと」

「……あなたは見逃してくれるのか、わたしを」

「ええ。目的は達しました。彼女たちは、わたくしと共に竜帝を討ってくれます。彼女たちがそう望んだ通り、女神の力となるでしょう」

「そうか。うん、さっきはああ言ったけど、なかなかに最低だったからな……お門違いだとしても、暴れたくもなるか。しかたない。じゃあ、受けて立とう」

愛を砕かれた痛みを、怒りを、ハディスにぶつけてくるなら、ジルはふせぐしかない。

「全力でこい」

フェイリスが小さく声を立てて笑った。

「勇ましい御方。……まさか、竜妃たちの末路を知ってもなお、竜帝を捨てないとは思いませんでした。てっきり捨てると思っていましたよ。お兄様を、捨てたように」

「陛下はまだわたしを裏切ってないんだ、ジェラルド様と違って。一緒にするな」

「あなたはぶれませんね。まるで理に生きる慈悲なき竜神のよう」

「……フェイリス王女。女神には、いったい何が……いや」

途中で問いの愚かさに気づいて、首を横に振った。

「なんでもない。……陛下に害を及ぼすなら、敵だ」

「賢明です。ではのちほど、現世のどこかで相見えましょう」

フェイリスが背を向ける。

瞬間、目に光が差し込んだ。今度は、確かに自分の目だった。

そして、爆音が耳に入り、爆風にまかせて目がまわる。

一気に目が覚めた。

「……敵襲か!?」

「――っエリンツィア姉様! ジルが気づいた!」

「今は手が離せない、あとにしろ! ローザ、高度をあげろ、振り切るぞ!」

背後から魔法陣が撃ってくる。さっき目に入った光はこれかと、ジルは首を巡らせようとして、身動きがままならないことに気づく。

それもそのはず、エリンツィアとナターリエの間にはさまれているからだ。おまけに、決して広いとはいえない竜の上である。

(せまっ……どういう状況だ!?)

下は砂漠。なんとか首を動かし背後を振り返れば、遠くに街の灯りと、こちらに照準を合わせている魔法陣。ひょっとしなくても南国王の宮殿からか。

ふたりの間で器用に鞍の上に立ったジルに、手綱を握るエリンツィアが叫ぶ。

「確認だ、ジル! 君は敵か味方か!? 敵なら地面に叩き落とす!」

なら、答えは一択ではないか。だが、ある意味軍人らしい問いかけだった。エリンツィアの頭上すれすれを、魔力の直線がかすめていく。

「味方です! 振り切れますか!?」

ナターリエを乗せエリンツィアが操る赤竜が、対空魔術の光線をかいくぐりながら逃げている。それだけで状況は知れた。エリンツィアがナターリエを救出して、ついでになぜだかジルも回収してくれて、逃亡しているところだ。

「振り切れる、今あそこには南国王もジェラルド王太子もいない」

「まさか、転送装置で陛下のところに?」

「そうだ。それ自体はかまわない、ハディスたちも想定内だろう。だがこっちは、飛ぶ方角が予定と違う! これでは味方と合流できない」

「ひょっとして、南のほうをうろついてるっていう船ですか」

「ああ。私たちは北に向かってしまってる。これではクレイトスの上を飛ぶことになる」

地図を思い浮かべたジルは顔をしかめた。

「それまずいです、竜対策の対空魔術がしかけられてます! 街や都市だけじゃなく、それはもうあちこちに! 大きさや高度で竜を判別して、自動追撃するやつが!」

「やっぱりか! クレイトスの空を竜で飛ぶのは、地雷原を歩くようなものだと聞いてはいたが……っ海に出るのはどうだ!?」

「ここから海岸に出るのはもっと危険です! 砂漠の上のほうがましです。とにかく感知されないよう高度をあげて、雲に隠れて進むしか」

「ははははは、今日はいい天気だな!」

「そうですね! なんでこんな無謀な逃避行になってるんですか、ナターリエ殿下を乗せてるのに!」

「な、何よ、助けてあげたのに!」

ナターリエが叫んだ。それで、察した。自分を助けにきて、こうなっているのだ。

「陛下にわたしを助けるなって言われてませんでした!?」

「そ、そりゃ、言われてたけど……」

「でしょうね! 陛下は本当に今回、わたしをあてにしてないな!」

「なんなの、どうしてキレてるのよ! あなた本当に味方……っ竜妃なの!?」

口を閉ざしたジルは目をさげる。左手の薬指に、金の指輪は――なかった。

「……神器ごと、竜妃の力は奪われました」

「――え」

「あとで説明します、それよりも今は陛下を止めるのが先です。このまま陛下に合流しましょう、ローザなら陛下の居場所がわかりますよね?」

「どうする気だ。君はハディスから信頼を失っている。しかも竜妃の神器までないとなれば、不用意にハディスに近づけるわけにはいかない」

エリンツィアの声はまだジルに対する警戒を解いていない。厳しい問いかけは当然だ。

だが、答えも端的だ。

「そうですよ、陛下とは喧嘩中です。だから勝ちに行くんですよ!」

「はあ!? 余計に行かせられないでしょうが、馬鹿なの!?」

「南国王は陛下のところにいるんですよね。女神の護剣を持ってるはずです」

だったら手はある。ジルはずっと持っていた婚約の誓約書をふたりに見せつけた。

「わたしはクレイトスに国璽を押印させて、実家に祝わせて、陛下と結婚するんです! このまま開戦して、陛下の戦利品になるなんて冗談じゃありません!」

ナターリエは目を白黒させている。エリンツィアが手綱を持ったまま豪快に笑った。

「なるほど、そういう喧嘩か! 君が勝てば開戦はぎりぎりさけられるか――のった!」

「お姉様、またそんな簡単に!」

「だが問題は三つある。ハディスが竜妃の神器を失った君を受け入れるか。そして、引き止めてくる実家を君が本当に殴れるか。ハディスはサーヴェル家に追い払われるわけにはいかない。凱旋しなければいけないんだ。わかるか?」

クレイトスから引き揚げるにしても、どう帰還するかでまったく意味合いが違う。竜帝を追い払ったとなれば、クレイトスは勢いづく。だがあのサーヴェル家が叩きのめされたとなれば、勢いをなくすだろう。

「君の実家は今回、そういう立場だ。国境付近の貴族の宿命だな。ノイトラールもそうだ」

「大丈夫です。というか、最初っからそう説明してくれればよかったんですよ、陛下は」

左手を差し出しながら右の拳を振りあげていたハディスの『和平』の説明が、今ならばわかる。ジルは唇を尖らせた。

「状況によってはうちの実家をちょっと叩かないといけないかもって。それならわたし、ちゃんと作戦を考えました。効率的に、犠牲を最小限ですませる方法を」

「それが本音ならいいが」

「……わたしの覚悟がたりなかったことは認めます。でもうちの――サーヴェル家の家訓は、強いが正義ですよ。負けたときに禍根は残しません。今だって誰が陛下と戦うかじゃんけんしてますよ、きっと」

「どういう家なのよ……」

眉間にしわをよせているナターリエに小さく笑う。既に街は遠くなり、対空魔術の射程距離からはずれたようだ。先ほどまでの光景が嘘のように、静まり返っていた。

「……陛下はきっと、わかんなかったんですね。家族と喧嘩したからって必ずしも憎み合って終わるわけじゃないって。ご自分にそういう経験がないから」

「さ、最近はハディスもきょうだい喧嘩を覚えてきた気がするぞ?」

「だからわたしにも、家族と殺し合うか否かの二択しかないと思い込んだんですよね、まったく――」

「ハディス兄様はあなたに家族と殺し合う道なんて選ばせたくなかったのよ」

ナターリエにさらりと告げられ、胸が詰まった。エリンツィアが苦笑する。

「私もそう思うよ。本人は認めなかったが。竜妃ならどうこう言って」

「選べるわけないってね。あれ絶対、ジルに先にふられたくなかっただけよ。しかも嫌われるように、わざと露悪的に振る舞って」

「困った子だ。なあ、ジル」

意味ありげにふたりに目線を投げられて、ジルははっとする。顔が赤くなった。

「そ、そうとは限らないですよ、だって陛下だし! どうせわたしをためそうとして……だ、大体、万が一そうだったとしても、勝手です! ……絶対、殴ってやります!」

「はは、覚悟はできているというわけか。ならもう何も言うまい――と思うが、最後の現実的な問題はローザだ。ここから全速力で飛ばないと到底間に合わないし、ハディスに抗えない」

ジルを敵とみなしていれば、ハディスに近づかせない可能性がある。賢い赤竜だ。ゆっくり飛んで時間を稼ぐ小細工くらいするだろう。

ジルはエリンツィアの肩に手を置き、くるりと宙返りをしてその前に座った。

「ローザ。頼みを聞いてほしい。全速で、最短距離で、陛下のところへ飛んでくれ」

そっとその首をなでたが、ローザは答えない。無視しているようだ。

「陛下を助けたいんだ。わたしを助けろとは言わない。連れていってくれるだけでいい」

エリンツィアとナターリエは固唾を呑んで見守っている。

「ローザ。頼む」

やはりローザは答えない。エリンツィアが嘆息した。

「やはり、だめか。竜は竜妃の指輪がないと君を竜妃だとは認めな――」

「でないと今すぐお前を肉塊にするしかなくなる」

「ギャオ!?」

やっとローザが反応した。ジルは微笑んで、ゆっくりその首を撫でる手に力をこめた。

「わたしが竜妃じゃないって言うなら、わたしはサーヴェル家の人間だ。お前らの敵だ。竜の世界だとどう呼ばれてるんだろうな、うちは? 竜の撃墜数は世界一だと思うんだが」

エリンツィアに助けを求めようとしたのか、ローザが首を動かそうとした。それを足で踏んづけて、頭を片手で押さえる。

「どっちでもいい。好きなほうを選べ。わたしを運ぶか、肉塊か」

「……ギュ、ギャ」

「大丈夫、竜帝を助けるんだ。何も問題ない。そうだろう?」

低い声でなだめながら、ゆっくりと頭をつかむ手に力をこめた。

「陛下には知らせるな。ローにもだ。でなければお前はわたしを運んでも死ぬ」

ローザがこくこくと頷いた。そして大きく翼を広げ、ものすごい速度で飛び始める。

満足して、ジルは震えているエリンツィアとナターリエに振り返る。

「わたしを竜妃だって認めてくれるそうです!」

「そ、そうだな!?」

「そうね!」

ひっくり返った声でエリンツィアとナターリエも同意する。あとはあの分からず屋の夫だけだ。

北東の空はうっすら星の輝きが消え始めていた。夜明けは近い。