軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22

サーヴェル家の別邸は来客用に作られているらしく、見どころがたくさんある。そのひとつが、屋敷近くの湖畔だ。ぐるりと周囲を一周できるよう整備されており、夜も危なくないよう通路に灯りがついている。

屋敷の裏手にあるバルコニーから外に出て、歩き出すこと数分。

クレイトスの王子は、この状況が不本意だと言いたげにひとこともしゃべらない。湖面の月に波のひとつも立たない静けさに、ナターリエは少々うんざりしてきていた。雰囲気もへったくれもない。

兄が強引に押しつけた案内のときもそうだった。この王子様は、必要最低限しか口を動かさない。聡明と噂の王子のことだ、ナターリエが何をしにきたのか汲み取っているだろう。だが正面から打診されていないので、突っぱねることもできない。その警戒と煩わしさは、理解できる。だが、今回はこの王子のほうからのお誘いである。

「少しくらい気を遣えないの、この朴念仁」

「……今、何か?」

「いいえ。私にお話があるのでは?」

反応したのをいいことに、優雅に切り出した。

「家族の話し合いに私もあなたも邪魔なだけでしょう」

だが、ジェラルドは振り向かない。素っ気ない態度やそんな説明で引いてしまうと思われているのなら、ずいぶん見くびられている。鼻で笑ってしまった。

「竜妃から私を引き離したかっただけでしょう。余計なことに気づかせないために」

歩調がほんのわずかに乱れた。が、まだ振り向かない。

「まさか、まだ竜帝は懸念されているとでも? 引き離すも何も、彼女がラーヴェ帝国に嫁ぐことに異議はないと、何度も説明したはず」

「身を引かれるそうですね。兄から聞きました。まさか、傷心中でらっしゃるのかしら」

「理解いただけてるなら何よりです。配慮していただけるとなお助かりますが」

挑発にものってこない。手強い。

「――もし、私が今からこの湖に飛びこんで、あなたに殺されかけたと言ったら、竜妃はどちらを信じるかしら」

ジェラルドが足を止めた。怪訝そうに、こちらを見る。

「何を。狂言で私の気を引くにしても、悪手極まりない」

「でもあなたたちが竜妃に仕掛けようとしているのは、そういうことじゃないの? 優しくされるとひとは警戒を解きやすいもの。もしご家族まで加担してるんだとしたら、兄様の分が悪すぎるわよね」

はっきりジェラルドの目がナターリエを正面から映した。警戒している。これは当たりか。

ナターリエは笑みを深める。まずはここからだ。

「あなた、私が何をしにここへきたと思ってる?」

「――クレイトス王太子妃の座を狙いに」

簡潔かつ、的確だ。頭の回転の速い人なのだろう。

「あらかじめ言っておきましょう。私にそのつもりはない。恥をかかされる前に帰ることをおすすめしますが」

「もてないでしょ、あなた」

「は?」

眉が吊り上げられた。声に不機嫌さがにじむ。

「――唐突に、まったく脈絡のない会話をしないでもらえるか」

敬語が崩れた。感情の沸点は、意外と低いようだ。

「あら、大事な話よ。安心したわ。肩書きと見た目が目当ての女しかよってこなさそう」

「喧嘩を売っているのか?」

「だから自分になびかない女性を気にするんでしょう。竜妃や、今の私みたいに」

どこかあどけなく、ジェラルドがまばたいた。自覚がなかったらしい。可愛いところもあるではないかと、冷ややかにナターリエは分析する。

肩書きや地位があり、見目も良くて、能力が高い人間が陥りがちな傾向だ。はずれの皇女として扱われてきたナターリエと真逆である。だが、わかりやすい。誰も彼もが見ているのは自分の表面だけ。扱いは真逆でも、根元は同じ悩みなのだ。

「あと、さっきの回答は不正解よ。私の目的は、クレイトスの王太子妃じゃないわ」

だからあまさずジェラルドの反応を見てやる。それが糸口になるだろう。

「私はね、不出来な兄を助けにきたのよ」

ジェラルドの真っ黒な両目から、警戒が一瞬、消えた。驚いているらしい。

ナターリエはおどけて肩をすくめる。

「そんなに驚くことかしら?」

「……ラーヴェ皇族のきょうだい仲は、よくないと聞いている」

「よくないというよりは、互いに無関心だっただけよ。でも……そうね、竜妃がいなかったら、少なくともハディス兄様に関しては誤解だらけで、悲惨なことになったかもしれないわね。特に私は、ハディス兄様とヴィッセル兄様は警戒してたし」

「ならばなぜ、警戒をやめた?」

内情をさぐるというよりは、純粋な疑問に聞こえた。いい傾向だ。ここは下手に駈け引きをするところではない。冷静に計算しながら、素直にナターリエは答える。

「今だって仲がいいわけじゃないわよ。特にヴィッセル兄様は、いちいち腹が立つったら。ハディス兄様だって得体の知れなさはそのままよ。でも、しょうがない兄様たちだってそう思ったの。それだけ」

「しょうがない……まさか、彼らが君の助力を必要とするとでも?」

「そうよ」

きっぱり断言したナターリエに、ジェラルドが眉をよせる。

「……失礼だが、ろくな魔力も後ろ盾もないあなたに、何かできるとは思えない」

「できないとしないは違うのよ」

「いいように利用されているだけなのでは?」

「あら。私はナターリエ・テオス・ラーヴェ。竜帝ハディス・テオス・ラーヴェの妹よ。妹が兄のために何かしたいと思うのは、そんなにおかしいことかしら?」

胸を張ったナターリエにたじろいだように、ジェラルドは視線をそらした。

「……無能な兄を助けねばならない妹には、同情する」

小さなつぶやきは夜の風に流されて、消えそうだった。

そういえば、彼にも妹がいるのだ。

背を向けたのは、話しすぎたと察したからだろう。引き際も早い。でもナターリエを置いていくような無礼はしない。

ナターリエは安堵に似た溜め息を小さく漏らす。緊張していたらしい。

(……手強いわ。あのハディス兄様が私を使ってまで真意をさぐろうとするわけよね)

愛の国の王子様だ。簡単にいかなくて当然である。でも、敬語も鉄壁の無表情も崩せた。これでいい。すべてを覆すような劇薬の愛は危険だ。大事なのは、理性を失わないこと。

愛で目をくもらせてはならない。

だって自分は、理の国の皇女様なのだから。