軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21

ナターリエを見るジェラルドの目がいささか冷ややかなのは、しかたがない。押しかけ花嫁のようなものだ。むしろジェラルドの視線を平然と受け流しているナターリエが大物だ。

(なんか、不思議な感じだ。ジェラルド様と対等に振る舞う女性がいるなんて)

自分にはできなかったことだ。

「そんなに未練がましく見送るなら、今から乗り換えたら」

扉から出ていくふたりを見送っていたら、とんでもないことをリックが言った。

「なんでそうなるんだ」

「だってさーてっきり俺たち、ジル姉はジェラルド王子と婚約すると思ってたから。ジル姉だって、王子様ってどんなのかって楽しみにしてたじゃん。目ぇきらきらさせて」

まだやり直す前――初めての王子様に夢を見ていた頃の話だ。

「まんざらじゃなさそうだし、ジェラルド王子のほうが面倒なかったのになぁ」

「少なくとも竜帝よりはしっかりしてそうだよね。精神的に」

「へ、陛下は! 確かに子どもっぽいけど、いいところだってたくさん……っカレー、おいしかっただろう!?」

「あー食べ物でつられたんだ、やっぱり。そうだと思った」

「もう少し人生をちゃんと設計したほうがいいよ、ジル姉。男を見る目がないんだからさ」

「なん、なんなんださっきから、いきなり!? 何が言いたい」

「ジル、座りなさい」

中腰になっていたジルは、母親に言われ、黙って腰をおろした。

「あなた」

「――ん、んん!? 儂か!?」

「当然です。家長でしょう。ジェラルド王子がせっかく気を利かせてくださったんです」

「いや、だが、こういうことは母親のほうがいいんじゃないのかね。娘のことだし……こう、儂から言うと嫉妬みたいじゃないか……」

「あーじゃあ俺からいきまーす。ジル姉、竜帝の嫁になってマジで大丈夫なのかよ」

きょとんとしたジルに、リックから目配せされたアンディが眼鏡を押しあげる。

「そもそも竜妃って、どういうものかわかってるの、ジル姉。竜帝の盾だよ」

「そ、それは、知ってる。竜帝を守るんだろう」

「それって、いいように使われてねー?」

いつもあっけらかんとしているリックが、言葉を選んでいる。

「……俺らはそういう一族だからさ。王族と守るとか、国を守るとか、そういう仕事ならいいんだよ別に。でもさあ、違うだろ。結婚って。一方的に守るっておかしいだろ?」

「一方的って、陛下はちゃんとわたしを大事に……」

「今、ラーヴェ帝国がどういう動きをしてるか知ってるの、ジル姉」

含みのある質問に眉をひそめると、アンディは淡々と続けた。

「ノイトラールとレールザッツに帝国軍が集まってる」

「そ、それって、まさか反乱とか」

慌てたジルに双子がそろって眉をよせる。静かにあとを引き取ったのは、父親だった。

「違うんだ、ジル。うちを――クレイトス王国を、牽制しとるんだ」

苦笑い気味の父親の横から、母親が嘆息する。

「牽制? 威嚇でしょう。いつ国境をこえてきてもおかしくないわ、あれじゃあ」

「まっ……待って、ください。陛下は、そんなことするひとじゃ――こ、皇太子のヴィッセル殿下が、陛下を心配してやっている可能性も」

「それはそれで問題だろ。国内掌握できてねーとか」

言い返せない。まごつくジルに、母親が少しまなじりをさげる。

「やっぱり、ジルは知らなかったのね」

「は、い……聞いて、ません。でも陛下もわたしも、戦争するつもりなんて……あの、今、どうなってるんですか……」

「北はクリスが、南はアビーが見張っておる」

長兄と長姉が動いているということは、決して油断できない状況だということだ。

「何を目的に、何がきっかけで動くかわからんのがなあ……皇帝がここにいる状況でどうやって連絡を取るつもりなのだか」

ローだ。ローならハディスの指示を受け取れる。その指示をレアがヴィッセルあたりに伝えれば、それだけでラーヴェ帝国中にハディスの指示が飛ぶ。

つまり――逆説的に、この状況はハディスだからこそできること、ということになる。

これが竜帝の力だ。ぞっとした。

(なんで、陛下……)

喉元に、剣を突きつけられているみたいだ。

「合図でもあるんじゃねーの。見逃さないようにするしかないだろ」

「……ジル姉は、何か聞いてる?」

「い、え」

まだ何もわかっていない。だから首を横に振った。

「へ、陛下は、わたしと結婚するために和平を選んでくれたんです。だから、何かの間違いです。いえ、間違いじゃなかったとしても、絶対に先に攻めてきたりしません。だってまだ国境をこえていないんでしょう? 何か、理由があるんです。だから、信じてください」

どうしてだろう。言えば言うほど、自分だけが何もわかってない気分になる。母親が気遣うように言った。

「ジル……そりゃあ、うちだって攻めてほしいわけじゃないのよ。信じたいの。でも」

「だってわたしは何も聞いてないです」

せめて顔をあげると、気まずそうにリックが頬杖を突く。

「ジル姉の言うことは信じたいけどさ……本当に婚約だけで要求が終わるのかよ」

「正直、何か口実をさがしてるとしか思えないからね。皇帝に傷のひとつでもつけたら、それだけで攻めてきそうだよ」

「陛下はそんなこと」

「しない、と絶対に言えるかね、ジル」

今まででいちばん厳しい父親の声に、断言が遮られた。

「それくらいお前は、ちゃんと、あの竜帝のことをわかってるのかい。たくさん死んだと聞いたよ。彼が皇帝になるまではもちろん、皇帝になってからも」

「それは、陛下が悪いんじゃない!」

「だとしてもだ。お前は、それに巻きこまれるんだろう」

平気ですと突っぱねられなかった。父親の目にも、母親の目にも。双子にも――ジルへの心配がにじんでいる。

「――反対、するんですか」

やっと、それだけ声を絞り出す。母親が首を横に振った。

「反対なんてうちはできないのよ、ジル」

「お前が望んでいて、国もそれを了承している。ジェラルド様は、もし反対なら掛け合うと仰ってくださったが、大局で見てそれは悪手だろう」

「ジル姉を竜帝に差し出しゃそれで戦争回避なんだからな、言い方悪いけど」

「費用対効果はおつりがくるよね。家族としては、あまり頷きたくないだけで」

「だが、お前が決めたことならみんな認めるだろう。だから教えてほしいんだ、ジル」

責めるのではない。否定するのでもない。

ただ、案じる眼差しが、慈しむ声が、ジルの正面に立ちはだかる。

「よりによって竜妃だ。ラーヴェ帝国ではどう言われているか知らないが、儂が聞いている限りでは竜帝の盾になって、ろくな死に方をしていないと聞いている」

「それは……色々あったんだと思いますけれど、でも……」

「都合が悪いから隠されているんじゃないと、言えるかね。本当にわかっているんだと」

「だって、昔の話です。今のわたしと陛下には、何も」

「関係ないと本当に、本気でそう言うのかい? 何も知らないが安心しろ、と」

黙ったジルに、父親が一息置いた。それをいたわるように見た母親が、続く。

「ジル。あなた、ハディス君をしあわせにすると誓ったそうね」

「はい……」

「とても素敵よ。お母様、誇らしかったわ。強く育てた甲斐があったわって。でも、ジル。もうひとつ考えてほしいの。家族のお願いよ」

いつか聞いた子守歌のように、優しく、家族が問いかける。

「あなたはそれで、ちゃんとしあわせになれるの?」