軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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最初の目論見ははずれてしまったが、領民たちとの交流を深める意味でカレーは素晴らしかった。皆がハディスをすごいすごいと褒め称えてくれたのだ。「こりゃジル姫様ならころっといく」などという感想はどうかと思うが、鼻が高い気持ちでジルはハディスを宛がわれた客室まで案内する。

「やりましたね、陛下!」

「うん、みんな喜んでくれてよかったよ」

「これでみんな、陛下を闇討ちしないと思います! 安心して眠れますよ」

「えっそっちの心配?」

今ひとつ危機感のないハディスに、ジルはしかめっ面をした。

「陛下、一応ここ、仮想敵国なんですよ。仮想敵陣です」

「うーん、でも君の故郷だし」

「そ、そう言ってくれるのは、嬉しいですけど……あ、ここです! 陛下のお部屋」

中庭を中心にぐるりと四方を囲む形になっているサーヴェル家本邸の北西、二階部分から続く渡り廊下を渡った先の塔だ。ジルの部屋ともそう離れていない。

「……鉄格子がおりてるんだけど」

出入り口を見て、ハディスがつぶやく。ジルは頷き返した。

「絶対に守らないといけない貴賓用の部屋ですから」

一階部分とは完全に隔離されていて、二階部分と三階部分がつながっているこの塔は、サーヴェル家の来客用の部屋のひとつである。特に、絶対に傷つけてはいけない、護衛対象への。

「見た目はあれですけど、中は快適ですよ。わたしも確認しましたから」

「そ、そう? ならいいけど……なんか見た目牢獄みたいで……」

「それはもう、絶対に陛下を守るためにわたしが要請しました! ありとあらゆる魔術の仕掛けがあって、中からも出られない仕様です」

「それ、監禁って言わない!?」

「それくらいしないと駄目です! いいですか、陛下。誰かきてもわたし以外、ぜーったいあけちゃだめですよ! いいですか、陛下。さっきも言いましたが、ここは――」

ふと唇に人差し指を押し当てられた。ジルの前にしゃがんだハディスが、もう一度言う。

「君の故郷だよ」

言い返すべき言葉がなくなったあとで、今度は不安がこみ上げる。アンディにはああ言ったが、あの忠告は的外れではない。

「短い間だけど、これてよかった。明日はもう麓のほうにおりるんだよね。君も疲れてるだろうし、早く休もう」

ハディスが立ちあがった。眼差しも表情も、どこまでもジルに優しい。

ハディスのことだ。ジルが警告する迄もなく、ここを敵陣だと思っているだろう。なのにきたいと思ってくれた。

その気持ちに何より、報いるべきは、ジルだ。

「あの、陛下」

「ん?」

「わたしを、諦めないでくださいね。わたしも、陛下を諦めませんから」

ハディスが一歩、二歩、ふらりとよろめくようにうしろにさがった。そして心臓のあたりをつかんでさけぶ。

「そ、そういうこと人前で言わないでくれるかな!?」

「ああ、確かに誰か聞き耳立ててますね。めんどくさい……」

「あ、平気なんだ……君、心臓強いな、相変わらず」

「でないとできませんよ、陛下の妻なんて。はい、陛下。この部屋の鍵です」

言いたいことは言ったし、やるべきこともやった。

「いいですか、わたしが明日迎えにくるまでぜーったいあけちゃだめですよ」

念を押すと、少しすねたような顔でハディスが鍵を受け取った。

「そんなに心配なら、君の部屋に泊めてくれたっていいのに」

「両親の耳に入りますよ」

「今のは、君があんまりにも冷静だからつい! やましい意味じゃないです!」

「誰に向かって言い訳してるんですか。……明日、入れてあげますよ」

え、とハディスが顔をあげた。照れ隠しにぷいっと視線をそらす。

「ちょっとだけですからね!」

気恥ずかしくなって、そのままジルは踵を返し駆け出した。ハディスは追いかけてこないし、声もかけない。

そのまま部屋まで一直線に戻る。ぶるぶる首を振ってから、灯りのついた部屋を見回して、今度はげんなりした。だが、やるしかない。

とりあえず散らばった物をクローゼットに押しこめば、なんとかなる。そう信じて、ジルは腕まくりをした。

ひとり、取り残されたハディスは、二重になっている鉄格子の扉をあけた。

足を踏み入れた先に、出入りを監視する魔術の気配を感じる。

すると、ラーヴェがするりと現れ出た。

「出入りの監視に、盗聴もされてんな。貴賓室とはよくいったもんだ、こりゃ」

やっと起きてきたと思ったら人の気も知らず、おかしそうに笑っている。ハディスは素っ気なく返した。

「僕に何か起こらないように、だからね。やっぱりしたたかだな。辺境伯をやってるだけある」

「俺としゃべって平気か?」

「僕なりの友好の証だよ」

竜神の実在くらい勘付いていてもおかしくない。

あとは出方を見るだけだ。打てる手はもう打った。

(……諦めないよ、ジル。僕はね)

でも、君は諦めるかもしれない。

あんな優しい家族と一緒に育った、君は。

背後で、勝手に錠がおろされる。するりとハディスの肩周りにラーヴェが巻き付いてきた。一緒にいる育て親の竜神は、思ったよりも温かい。