軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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悪寒がした。

ぶるっと震えたロレンス・マートンは周囲を見回すが、あやしい人影はない。

「なんだ、風邪か。ラーヴェ帝国から持ち帰ったんじゃないだろうな」

目の前の執務机で書類をさばいているクレイトス王太子ジェラルド・デア・クレイトスが軽い口調で言う。どうだろうとロレンスは首をかしげた。

「森の中を走り回ったりしましたしね……疲れが今頃出たのかもしれません」

「なら悪化する前に休め。さいわい、火急の用件はない」

優秀な王太子は部下にも気遣いができる。ところがどっこい、現実は甘くないのだ。

「残念ながらそうもいかなくて、ちょっとご報告が……獣がお忍びでラーデアに観光に向かったという報告が入っています」

ジェラルドは眉間にしわをよせて、眼鏡をはずし、執務机に肘をついた。

「いつの間に……まさか竜妃のことが耳に入ったのか」

「わかりませんよ、獣の考えることなんて。ただラーヴェ帝国の内情は今のところはこちらの予想通りです。内政も軍事もヴィッセル皇太子が牛耳り、ラーデアの反乱に備えてます。どさくさに紛れて竜妃の神器を手に入れる段取りは既についてますが……どうします?」

「お前の意見は」

「それが、不確定要素が多すぎてですね……ぬいぐるみと鶏の戦力とか読めない」

ぼそりとつぶやいたロレンスに、ジェラルドが顔をしかめた。

「ぬいぐるみと鶏?」

「いえいえ。いちばんは逃した魚が大きすぎて、どうしたものかと」

「……ジル・サーヴェルか」

さらにジェラルドの眉間にしわがよる。こんな難しい顔ばかりして、そのうちこの王子は眉間のしわが固定されそうだ。まだ十五歳なのに気の毒である。

「ええ。彼女は絶対に竜帝の味方でしょう。先のゲオルグ大公の騒乱でも竜帝を守り切ったのは彼女だ。竜帝自身も魔力を半分封じられているとはいえ、天剣がある。今だって、その気になればふたりで帝都から逃げ出すとかできるはずなんですが……」

「逃げたところで、資金も軍力も湧き出てはこない。力尽くで吐き出させるなら別だがな」

「竜妃殿下の弱点は、力で徹底的に押さえつけることができないところですからね。要は恐怖政治ができない。竜妃殿下の影響で竜帝までそうなってくれたのはこちらにとっても喜ばしいことなんですが、ただあの竜妃強いんですよね……ほんと、なんであなたともあろう王子様が逃しちゃったんです? ものすごく嫌われてましたよ」

愚痴もかねて尋ねると、ジェラルドににらみ返された。

「知るか。私は何もしていない。順調に婚約の手はずは進めていた」

「身に覚えがない、と。まさにそこに問題があったり」

「会話すらろくに交わしたこともないんだぞ! 私が理由を知りたいくらいだ!」

珍しい怒鳴り声に、ロレンスはまばたいた。意外にこの王子様は、嫌われていることを気にしているのかもしれない。

(罪な子だな。竜帝に溺愛されて、王太子に求愛されて? いや地獄か)

普通の精神力ではもたないだろう。主の不興をこれ以上買う前に、ロレンスは話を戻す。

「ですが、本当にあの獣――南国王がラーデアに向かったなら、竜帝・竜妃とぶつかってくれるのは好都合です。俺たちにしたら敵と敵が潰し合ってくれるんですから」

「だが、竜妃の神器はどうする。ラーデアの神殿に顕現しているのが本当だとして、ラーデアの補佐官は単独でそれを持ち出せるほど有能ではないはずだ。こちらから軍を出してラーデアにいる元帝国軍の目を引きつけ、そのどさくさに紛れて運んでくれと泣きつく馬鹿だぞ。案の定、レールザッツ公にあやしまれている」

「あの補佐官は本当に無能ですからね。しかも風見鶏で信用ならない。ゲオルグもさぞ苦労したでしょうよ。自分を慕う兵たちに遺言を残した理由がわかります」

ノイトラールで竜騎士見習いをやっていたとき、ゲオルグが負けたらという条件で引き込んでおいた情報源だが、使える人材ではない。ジェラルドが大きく溜め息を吐いた。

「竜妃の神器を渡すのは反対だ。これ以上、フェイリスの負担を増やすわけにはいかない」

フェイリス王女はここ数週間、寝込んだまま起き上がれないでいる。聖槍を取り戻し、回復しつつある女神の魔力に苦しめられているのだ。

「わかってます。ですが、少しだけ方針を変えませんか、ジェラルド王太子」

問いかけるような目線を受けて、ロレンスは意味深に微笑む。

「逃した魚を取り返しましょう」

ジェラルドがまばたきを繰り返した。

ひょっとしてふられたことにばかり目がいって、取り返すことを少しも考えていなかったのか。ロレンスもきょとんとしてしまう。

「――取り返す、といっても……どうやって」

「……まさかの純情な反応でびっくりしてるんですが、俺。そんなにふられたのショックだったんですか。実は婚約するの楽しみだったんですか」

「違う、そうではなくてだな――あのタイプは、一度決めたらまげないだろう」

違わないと思うのだが、話がそれるので指摘しないことにした。

「もちろん、無理強いは逆効果です。ですので、まずは懐に入りこむんですよ」

「どうやって」

「もしこのままラーデアで戦いが起きた場合、軍を持っていない竜帝はどうあがいても正しく勝てない。勝ててもろくな勝ち方にはならないでしょう。内乱で国力が削がれるだけですから」

「――奴がラーデアに向かったというのが本当なら、焼け野原にされるだろうしな」

実の父親を奴呼ばわりで吐き捨てるジェラルドに、ロレンスは薄く笑い返した。

「だから今回、俺たちは手を引いてあげましょう。そして彼女を竜妃にしてあげるんです。竜妃の神器はあとから、彼女ごと手に入れればいいんですよ」

ジェラルドは少し考えただけでロレンスの策を察したらしく、呆れ顔になった。

「お前……性格悪いな」

「よく言われます」

笑顔で返すとジェラルドが嘆息する。それは了承の合図だ。

(まあそれもこれも、あのケダモノを彼女たちがなんとかするという前提だけどね)

せいぜい頑張ってもらおう。最後にこちらが笑えるように。