軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21

主のいない部屋は閑散としている。つい最近までごろごろ転がる幼竜もいてにぎやかだったせいで、余計に広く思えた。しかもやることもない。

しかたないので自分の剣の手入れをしているジークの背中に、何度目かの愚痴が聞こえた。

「帝都に戻ってからものすごく役立たずじゃない? アタシたち」

部屋の隅で壁に向かって三角座りをしているカミラだ。じめじめうっとうしいなと、ジークは嘆息する。

「しょうがねえだろ、今は」

カミラ以外誰もいない皇帝陛下の私室のど真ん中で、堂々と座りこんで大剣を磨く。

不敬罪ものだろうが、あいにく皇帝陛下は戻ってこない日々だ。戻ってくるとしてもジークとカミラが敬愛する小さな隊長と、起動したら森を吹き飛ばすくまのぬいぐるみと、岩をも砕く脚力をつけようとしている鶏だけである。

「そうかもしれないけどー……ジルちゃんの護衛もできないとかなんなのこの状況」

「愚痴愚痴言うな。全部、あのヴィッセルって皇太子のせいだろ」

現在、ラーヴェ帝国を回しているのはヴィッセルと、彼がフェアラートからつれてきた人物たちだ。それまで皇帝ハディスの政務を支えていたリステアード第二皇子は、レールザッツ公の反乱加担の疑惑を晴らすため帝都を離れてしまい、エリンツィア第一皇女も帝国軍の再編にともない、軍務卿からはずされた。

そして皇帝は皇太子と事を構える気がない。

こうなるともはや政治も軍務も皇太子ヴィッセルの独壇場だ。

元いた帝国軍は逆賊として帝都から追い払われてしまい、フェアラート軍だった兵が帝国軍を名乗っている。

ジークもカミラも、偽帝騒ぎのあとも帝都に残っていた帝国軍は、正直どちらにもつけない残り物の集まりだと思っているので、いい印象はない。だが、それ以上にヴィッセルのやり方はどうかと思うし、突然やってきて帝国軍だと大きな顔をする連中だって気に入らない。

かといって何ができると言えば、何もできないのだ。

武器など持ったこともないだろうお姫様がその身を挺して帝国軍を助けようと逃がし、まだぬいぐるみを手放さない子どもが立ちはだかって皇太子の独走を止めてくれたのに、武器を持って戦える自分たちに何もできることがないなんて、屈辱でなくてなんなのか。

「……まぁしかたないわよねーアタシたちは一兵卒だもの。相手は権力も金も後ろ盾もある皇太子殿下よ。しかも皇帝陛下の兄で、頭が回る系の。力業じゃどうにもならないわ。実際、政治はうまく回り出してるんでしょ。資金だってできた。今、ラーデアで反乱が起こっても対抗できる新しい帝国軍を作ろうとしてる。皇太子殿下万歳ってなるのもしょうがないわよ」

いつの間にかそばにきていたカミラが、背中を預けて座る。

重さに顔をしかめたが、それについては文句を言わないかわりに、つぶやきが零れた。

「あいつ。殺さずクレイトスに戻すくらいなら、やっぱ味方にしときゃよかったな」

「あーそうねえ。あの子ねえ。こういうとき役立ちそうだもんねえ。元気かしら」

「いっそ、なんか悪巧みをこっちの皇太子にしかけてくれりゃいいんだけどな」

希望的観測だ。だがカミラは小さく笑った。

「潰し合ってもらうの? いいわね、それ。泥沼の知略」

「まあ、俺たちは俺たちにできることをやるしかないよな。あいつとは違うんだし」

「……そうね。あーやだ、熊男に励まされたらアタシも人生終わりよね」

「お前そろそろ殴るぞ」

「でも、そうよね。苦労するのは最初からわかってたわ」

長年争っているクレイトス王国出身の竜妃。その騎士だ。しかも竜帝は呪われていると有名で、ろくな後ろ盾も地盤もない。生半可にことが進まないのはわかっていた。

「よしやめたー考えるのやめたわ、全部あの顔のいい皇太子のせいよ」

「顔はほめんのかよ……」

「ミステリアスで好きよーああいう顔。ひそかに病んでるタイプと見たわ。苦労して根性ねじ曲がってそう。だからこそ、ここまで見事に詰められてんでしょ」

「いるか、竜妃の騎士」

その呼びかけだけで味方だと知れた。顔をあげたジークの前で、扉が開く。カミラが立ちあがった。

「あら、エリンツィア皇女殿下じゃなぁい」

「君は確かカミラだったな。それとジーク、ジル抜きで顔を合わせるのは竜騎士見習いをやっていたとき以来か」

一時期、ジークはジルと一緒にエリンツィア皇女が団長を務めるノイトラール竜騎士団に所属していたことがある。給料をもらっていた恩があるので、ぺこりと頭をさげた。

「っす」

「ジルは? 出かけているのか」

「そうなの、フリーダ皇女が心配だってそっちに。でもほら、アタシたちって今、竜妃はいない前提で存在を認められない騎士扱いでしょ? 護衛もだめってついてけないのー」

武人気質のある気さくな皇女は、なれなれしいカミラにも無愛想なジークにも気を悪くしたりせず笑う。

「そうか、ならちょっと私につきあってくれないか」

「俺たちと関わっていいのか」

「なに、これでも皇女だ。君たちを腐らせておくのももったいないし、それくらいの無理はしようと思う。少しはさからっておかないと」

「どうしたの、エリンツィア殿下が長いものに巻かれないなんて」

はっきりとカミラが言うのは不敬だろうが、ジークも内心で同意する。この皇女は争いをさける保守的な考え方をしていたはずだ。情に厚いとも言う。だから信頼もされるのだが。

「あれだけ弟や妹たちに頑張られるとね。わたしも姉として負けてられないよ」

少しうつむいたエリンツィアも、ジークたちと同じ歯がゆさを抱えているのかもしれない。

いや、ジークたち以上だろう。このひとは皇女で、戦う力もあって、何より姉なのだ。

「とはいえ、私にこの状況を打破するような策など思い浮かばない。ただ、準備はできるはずだと思ってね。どうだ、協力してくれないか」

「あーそういう心意気アタシ好き、ついうっかり協力しちゃう!」

「ただ隊長に迷惑をかけるのはなしだ」

「それはもちろんだ。体裁は整える、大丈夫……だと思う」

そこで語尾を弱めないでほしい。しかし、エリンツィアが悪巧みや根回しに向かない性格なのはわかっているので、あえて聞かないことにした。でないと始まらない。

「で、何をするんだ具体的に」

「そうそう、ほら。ジルは八百人ほど倒したって話だろう、フェアラートの兵を。今の魔力でも、ひとりでも千はいけると言われてな」

なんだか嫌な予感がした。だがエリンツィアはきらきらした目をしている。

「私の竜騎士団は今、三十ほどだが精鋭だ。私が指揮をとり、ローザと本気でやれば二千はいける。で、帝城に常駐しているフェアラートの兵は今、五千。帝都の外にはヴィッセルがすぐに呼び出せる傭兵が五千待機。ナターリエを人質にして逃げている帝国軍が三百。ラーデアに潜伏している元帝国軍は三千程度という噂だ。クレイトス軍はリステアードの報告待ちだが、まあそれでも五千程度だろう」

「……エリンツィア殿下、つまり何が言いたいの」

「ざっと計算すると一度に相手にする敵の数は最大でも一万。で、こちらはジルが千、竜騎士団とわたしが二千で、三千とする」

ひとりで千とか計算のしかたがおかしすぎて、逆に突っこめない。

「そこでジルが目をかけている君たちだ」

だがエリンツィアは真剣だ。

「君たちがまさしく一騎当千となれば、こちらは五千になる。一万相手でも戦えるはずだ」

「それでも二倍差あるだろ、どういう計算でそうなった!」

「もちろん私もより一層腕を磨く! そうすれば戦力差はなくなるかもしれない」

「……エ、エリンツィア殿下。まさかジルちゃんと同じ思考回路……」

おののくカミラに、ジークも背中に冷や汗が浮かぶ。エリンツィアは豪快に笑った。

「何、無策で言っているわけじゃないよ」

「さっきの計算のしかたからして無策そのものよ!?」

「竜を使うんだ。お前たち、竜に乗れるようになれ。決まりだ」

精鋭と言われるノイトラール竜騎士団長のさわやかなひとことに、カミラとジークは頬をわななかせた。やっぱり性格の悪い狸軍師は必要だと思いながら。