軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新たな決意

早朝の冷たく澄んだ空気を、悠太は肺の奥まで届けるように深く吸い込んだ。

静岡の朝は早い。東京の混濁した空気とは違った、どこか土の匂いと樹々の香りが混じった清冽な空気が眠気の残る身体を内側から目覚めさせてくれる。

「ふぅ……。やっぱり、こっちの空気は美味いなぁ」

悠太は独り言ち、手にした缶コーヒーのプルタブを引いた。カチッという小気味よい音と共に、微糖特有の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

一口含めば、控えめな甘さと程よい苦味が喉を通り、脳のスイッチが完全に切り替わるのを感じた。

アパートの駐輪場からは、初夏の陽光を浴びて雄大にそびえる富士山が一望できる。山頂にわずかに残る雪の白と、裾野へと続く深い緑のコントラスト。その圧倒的な大自然の存在感に、悠太は改めて自分が新しい一歩を踏み出したことを実感していた。

卒業から一ヶ月。

昨年末、如月や大輝たちと共に挑んだ第六階層の共闘から早くも四ヶ月が過ぎた。

あの戦いを機に同級生達の道は大きく分かれた。大輝、剛田、佐々木の三人は、かねてより誘いのあった有名ギルドへと正式に所属を決めた。

普通の会社と違い、入社式や細かいルールなどは存在しない。ギルドとは同じ目的を持った探索者達が集まるコミュニティのような組織。所属すれば活動は基本的に自由だ。

企業や政府機関から特殊な任務を依頼されたり、様々なアイテムや素材の収集、凶悪な魔物の討伐など、個人ではまず経験できない案件が舞い込むことも多い。

その内容に合わせて、実力や必要なスキルを持ったパーティーが自分達の判断で任務にあたり、個々に成功報酬を受け取る。

時には即席のパーティーを組んだり、ギルドから直接指名されて仕事を請け負う場合もある。

プロ探索者としての自覚と責任に追われる彼らは、年明けから新しい環境に早く順応するため学生とギルドの二足のわらじで多忙を極め、久しぶりに再会したのは卒業式だった。

一方、如月は意外にもギルドに所属しなかった。両親の勧めもあり、魔素工学やダンジョン研究を専門的に扱う機関へと進学したようだが、詳細はよく分かっていない。

ただ、彼女ならどんな道を選んでも、持ち前の冷静さと類まれな実力で活躍できるだろうと悠太は確信していた。

仲間たちとの共同攻略は、あの日以来一度も行っていない。彼らが忙しくなったのも理由だが、悠太自身が罠使いとして新たな活動をしていくと決心したことが何よりの理由だった。

企業やギルドに所属してもパーティーを組んだり、誰かと協力して任務にあたるのは彼のスキルの性質上困難であると自覚していたから。

そのため、悠太は高校卒業後、東京の実家を出て一人暮らしを始めた。

選んだ拠点は、かつて同級生とともに探索者としてのイロハを学んだ静岡ダンジョン。

東京に比べて探索者の数が少ないこの場所は、広範囲にわたる罠を構築し、無差別に発動するスキルを多用する悠太にとって、意図せず他人を巻き込むリスクを最小限に抑えられる理想的な環境だった。

それに、静岡は国内で唯一『完全踏破』が何度も記録されているルーキーには最適なダンジョン。階層情報や魔物のデータが極めて充実している。ソロでの攻略を主とする悠太にとって、確かな情報は命綱に等しい。

それでいて、週末になれば電車一本で東京へ戻り、母や結衣と食卓を囲める。この適度な距離感が自炊を始めたばかりの心細さを程よく埋めてくれていた。

現在住んでいるのは、静岡ダンジョンの入り口から自転車で通える距離にある古い木造アパート。外観こそ年季が入っているが、フルリフォームされたばかりの内装は新築のように綺麗で、スーパーやコンビニも近所に揃っている。

悠太は最後の一口を飲み干すと、空き缶をリサイクルボックスへと放り投げた。

「さて……今日も行きますか」

愛用のマウンテンバイクにまたがり、ペダルを強く漕ぎ出す。

タイヤがアスファルトを噛む軽快な音が、静かな山道に響く。背負ったバックパックの中には、最低限の食料と帰還石、そして最近入手したばかりの『あるもの』が入っていた。

かつてハズレスキルとクラスメイトに笑われ、泥にまみれてスライムと格闘していた少年は、今、富士の麓で自らの道を切り拓き始めた。

朝日に照らされた背中に迷いはない。

真っ直ぐと続く林道を、悠太は朝靄をかき分け走り過ぎていった。