作品タイトル不明
ガルーダ戦⑤
「嘘だろ?」
大輝の震える声が静まり返ったドームに虚しく響いた。
目の前には黄金の羽根を一枚の乱れもなく再生させ、悠然と滞空するガルーダの姿。
激闘の末、ようやく掴みかけた勝利という果実が音を立てて手の中から零れ落ちていった。
「あともう少し……あと数ミリ削れば、勝てたのに……」
佐々木が杖を握る手を震わせる。
悠太の魔素もすでに底をつきかけていた。それは、必死にスキルを連発してガルーダを追い詰めた他の四人も同じことだ。身体の疲労以上に、精神的なショックが彼らの戦意を急速に奪っていく。
「凛……確か、フロアキーパーの中にはたまに回復する個体がいるって情報あったよね」
「うん。でも、まさか私たちがそれを引くなんて……」
「それにしたって回復しすぎだろ。全回復じゃねぇか!」
如月の顔からも血の気が引いている。
「ねえ、また怪我する前に今回は一旦引き返して再挑戦しない? 回復しない通常パターンなら勝てるよ」
佐々木が弱々しく提案し、誰もがその言葉に同意しようとした、その時だった。
「あと二枚」
低く絞り出すような声が悠太の口から漏れた。
その言葉の意味を、その場にいた誰もが理解できないでいた。
「悠太? お前、いきなりどうしたんだよ。こんな時に訳わかんねぇこと言って……」
大輝が怪訝そうに顔を向けるが、悠太の視線は怪鳥ガルーダへと向けられていた。
「説明は後だ。頼む、もう少しだけ俺に付き合ってくれ。まだ、終わってない」
「無茶言うなよ! 全回復したあいつをどうしろってんだ!」
「勝機はある。……大輝と佐々木は左奥へ。あとの二人は俺と一緒に右手前。二手に分かれて、ガルーダをそれぞれの地点へ誘導してほしいんだ」
何が何だか分からないという表情の四人だったが、悠太の瞳に宿る静かな熱量に、大輝は毒気を抜かれたように息を吐いた。
「……分かった。でもヤバいと思ったら、俺は帰還石を使うからな」
「ああ、それで構わない。無理はしないでくれ」
五人は再び、重い足取りで散った。
全回復したガルーダは蟻のように地を這う人間たちをいたぶるように、冷笑を浮かべて空中を旋回する。
「おや、まだ踊る気か? しつこいねぇ。右からいこうか、左から殺るか? くくく」
ガルーダの急降下攻撃が、まずは右手前の悠太たちを襲う。剛田の『ワイドシールド』が衝撃を受け止め、火花を散らす。
「こっちだ、鳥野郎!」
左奥から大輝が叫び、挑発するように剣を振る。ガルーダは翼を翻し、弾丸のような速度で左奥の二人へと標的を変えた。佐々木が震える手で『アイスランス』を放ち、進路を牽制する。
「あはは! 遅い、遅いよ!さっきまでの勢いはどうした?」
ガルーダは空中で鋭角に曲がり、再び右手前の如月を狙う。如月は残り少ない魔素を絞り出し、『見えざる手』でガルーダの爪を逸らした。
この絶望的な鬼ごっこが、数分、数十分にも感じられるほど長く続く。
五人の魔素は枯渇し、呼吸は荒く、膝は笑っている。剛田の盾にはヒビが入り、大輝の足取りも目に見えて鈍っていた。
「……悠太! まだかよ! もう一歩も動けねえぞ!」
大輝が悲鳴に近い声を上げる。
ガルーダは完全に余裕を取り戻し、空中で優雅に静止した。
「さあ、そろそろ幕引きにしようか。君たちの無駄な足掻きも見飽きてしまった」
ガルーダが大きく息を吸い込み、両翼を閉じた。『死の豪羽』の前動作だ。
剛田と大輝が盾を構え身をかがめて仲間を守る。
最大威力の咆哮が放たれようとしたその時、佐々木が最後の力を振り絞って放った『アイスランス』が空を裂いた。
しかし、ガルーダはその槍を避けることすらしない。あざ笑うように、飛来した氷の槍を小脇に抱え込むようにして、空中で受け止めたのだ。
「もう限界だ! 甘露寺、みんな帰還するぞ!」
剛田が怒鳴り、帰還石を握りしめた瞬間。
「待て!」
悠太が、これまでの焦りを削ぎ落としたような、澄んだ声で告げた。
彼は天を仰ぎ、口元に確かな勝利を確信した笑みを浮かべていた。
「完成したよ」
「何がだよ……!?」
大輝が絞り出すように問う。
悠太が見上げる先――そこには、氷の槍を小脇に抱え、勝利を確信して滞空するガルーダの姿。
その周囲には、悠太が先ほどの絶望的な鬼ごっこの中で誘導させ、両端の地点に密かに編み上げ続けていた罠が、不可視の繭のように空間を完全に支配していた。
ガルーダはまだ気づいていなかった。
自分を地に叩き落とすための本当の終焉が、すでにその心臓を捉えていたことに。