作品タイトル不明
効率化
第五階層の草原を吹き抜ける風が、心なしか冷たさを増したように感じられた。
グレーウルフを『スネア』と『落とし穴』のコンビネーションで確実に仕留める戦法が板についてきた悠太だったが、数をこなすうちに、またもや無視できない問題が露呈し始めていた。
「……やっぱり、そう上手くはいかないか」
完璧なタイミングで仕掛けたはずの『スネア』が、乾いた音を立てて弾け飛んだ。
対象となっていたのは、この階層でも比較的大きな体躯を持つグレーウルフ。小さめの個体ならその足を確実に止めていたはずの魔素の蔦は、大柄なウルフが放つ筋力の前では、まるで古びた麻糸のように脆かった。
自由になったウルフが、低く太い唸り声を上げながら、辺りの様子を伺う。背の高い草むらに身を隠していた悠太は大きなグレーウルフが通り過ぎるのを息を潜めて待った。
(取得に必要なスキルポイントも百だったし、こんなもんだよな。今までがうまくいき過ぎてただけか)
決して万能ではない罠の限界。
格上の相手や体格差のある魔物に対して、今までの手法だけでは通用しない現実が突きつけられた。
悠太は安全な場所まで戻ると、自作のノートを開き、進入試験で勝利をもたらす要因となった新スキル『ウッルの目』の項目をじっと見つめた。
「このスキルも実戦で使えるようにしておかないと、この先の階層では立ち行かなくなる」
しかし、この『ウッルの目』はソロの罠使いにとって扱いが難しい。
スキルの性質上、術者である悠太自身を敵に視認させなければ発動しない。
敵に姿を晒すことは、そのまま死のリスクに直結する。しかも、攻撃対象は無差別。他の探索者がいれば巻き込む恐れがあり、仲間との共闘も、射線管理ができない以上は現実的ではない。
「このままだと、いつまで経ってもスキルレベルが上がらないな……」
悩んだ末に悠太が目をつけたのは、草原のあちこちに点在する、木々が乱立した林の中だった。
第五階層の林は光を遮るほどに葉が茂り、複雑に絡み合った根が足元を不安定にさせている。そこはグレーウルフたちが休息を取り、獲物を待ち伏せる「ねぐら」にもなっていた。
「ここなら、条件は揃っているはずだ」
草原のような開けた場所で姿を晒せば、グレーウルフの機動力にすぐに追いつかれ、喉笛を食い破られるだろう。しかし、障害物の多い林の中であれば話は別だ。
これまでの経験から、一対一であれば一気に間合いを詰められることはない。草原で逃げ続けてもいずれは捕まるが、林の中なら木々を障害物として利用し、遮蔽物から遮蔽物へ移動することで、少しは時間を稼げるはずだと考えたのだ。
しかも構築が完了してしまえば、そこは罠使いの張り巡らせた蜘蛛の巣の中。
悠太は気配を殺し、林の中へと足を踏み入れた。
まずは奴らの正確な行動パターンを把握しなければならない。巨木の陰に身を潜め、五感のすべてを研ぎ澄ませる。
カサッ、という微かな音が耳に届く。
数十メートル先、腐葉土の上に横たわる数匹のグレーウルフが見えた。彼らは時折耳をピクピクと動かし、森の静寂に混じる異音を察知しようとしている。
(構築には三分。その間、奴らに見つからずに安全な距離を保ちつつ、最後に俺の姿を見せる必要がある)
それは、これまでの敵が来るのを待つ罠とは一線を画す、極めて攻撃的でアグレッシブな罠の運用だった。
悠太は指を伸ばし、不可視の設計図を空中に描き始めようとした。しかし、ふと動きを止めた。
(待てよ。さっきのスネアの崩壊……もし、大型個体に気づかれたら今の状態では太刀打ちできない。もし死角から別の個体に狙われたら、緊急時の足止めすらできずに食い殺される)
冷静な計算が逸る気持ちにブレーキをかける。
今の装備と罠の練度ではリスクが高すぎる。
幸運を前提とした作戦は、ソロ探索者にとって死と同義だ。
「……今日はやめておこう」
悠太は静かに、魔素を練ることなく林を引き返した。
「しっかり対策を立ててから実行する。無策で突っ込むのは俺のやり方じゃない」
孤独な罠使いは、夕暮れに染まる草原を歩きながら、脳内の設計図を猛スピードで書き換え始めた。
確実な勝利と自らの生存のために。
次はこの林を完璧な処刑場に変えるための冷徹な準備を整えて戻ってくると、心に誓いながら。