作品タイトル不明
特殊系の孤独
キャンプ二日目。
芦ノ湖の朝霧がダンジョン管理施設の重厚な外壁を白く包み込んでいた。
今日はいよいよ実地訓練の日だ。各自が己のスキルを披露し、プロの講師のみならず、同じ境遇にある同年代の覚醒者たちと意見を交わし合う。日頃、孤独に牙を研いできた悠太にとって、それは自分の設計図が客観的にどう映るのかを知る初めての機会でもあった。
悠太と凛は予定時刻の数分前にダンジョン内の指定された演習エリアへと到着した。そこは地下の広大な空間を利用した訓練場で、高い天井には魔素を光源とする照明が等間隔に並んでいる。
しかし、そこにいるはずの講師、佐藤の姿は見当たらなかった。
「……少し早すぎたかな?」
悠太が周囲を見渡しながら呟くと、凛は腕時計を確認して首を振った。
「いいえ、時間通りよ。佐藤さんのことだから、何か急用が入ったのかしら」
手持ち無沙汰になった二人は、演習場の隅にあるベンチに腰を下ろし、自然と雑談を始める。話題は、もし覚醒していなかったら今頃どうしていただろうかという、ありふれた想像へと流れていった。
「俺はすぐに就職活動を始めていただろうね」
悠太は少し遠い目をして答えた。
家計の状況、母の内職、そして妹の未来。それを考えれば、大学進学という選択肢など全く想像できなかった。一刻も早く社会に出て、家族を支える基盤を作りたかったのだ。
「甘露寺くんらしいね」
凛は小さく笑い、自分の膝を見つめる。
「私は……おそらく覚醒するだろうと、心のどこかで確信してた」
彼女の家族は驚くべきことに全員が覚醒者なのだという。さらに驚くべきは五十代になる父親も母親も現役の探索者であることだ。その年齢で覚醒するのは天文学的な低確率だとされている。
「でも、空間に干渉するスキルは家族の中でも私だけ。父も母も典型的な力――物理系スキルなの。だから、佐藤さんが言っていた『特殊系の孤独』っていうのは少しだけわかる気がする」
「如月さんでも不安になることがあるんだね」
「もちろん。だからこそ、甘露寺くんのような存在が近くにいてくれるのは心強いんだ」
凛の真っ直ぐな言葉に悠太が何かを返そうとしたその時。演習場の重い扉が勢いよく開き、息を切らせた佐藤が駆け込んできた。
「悪い! 待たせたね、二人とも!」
佐藤は肩で息をしながら、二人の前に立ち止まった。プロの探索者である彼がここまで疲弊しているのはただ事ではないように見えた。
「どうかしたんですか? 何かトラブルでも……」
「いやいや。今日の実地訓練のために、各班の『対戦相手』の調整に回っていたんだ」
佐藤の説明によれば、今回のキャンプには4月生まれから7月生まれまで、覚醒時期に最大三ヶ月の開きがある生徒が集まっている。この三ヶ月の差は魔素量や実戦経験において埋めがたい圧倒的な実力差となって現れる。
「そのまま戦わせれば、7月生まれの新人は瞬殺されるし、4月生まれの連中には退屈な訓練になる。まだ覚醒したての子もいるからね。だから、俺のスキルで敵の魔物にバフとデバフを掛けて回っていたんだ。生徒一人ひとりのレベルに合わせてね。まぁ、俺が呼ばれた理由の半分はこのためなんだ」
全班、全個体のステータスを一人で調整して回る。膨大な魔素を持つプロだからこそ成せる業だが、その負担は想像以上のものだろう。
「調整作業は全て完了した。物理班も、魔法班も、今ごろ自分たちに最適な『壁』と向き合っているはずだ」
佐藤は乱れた呼吸を整え、鋭い眼光を取り戻した。彼は腰のポーチからいくつかの魔導具を取り出し、演習場の中央を指し示した。
「さあ、次は君たちの番だ。二人がこの数ヶ月、暗闇の中で何を積み上げてきたのか。……そのすべてを俺に見せてくれ」
悠太はゆっくりと立ち上がり、制服の下のプロテクターを締め直した。
佐藤の言葉通りなら、目の前に現れる敵は今の悠太が持てる全ての技術を注ぎ込まなければ倒せない最高の標的であるはずだ。
「行こう、如月さん」
「うん。楽しみだね!」
二人は静かに、しかし確かな闘志を胸に演習場の中央へと歩み出した。
設計図はすでに頭の中にある。あとはそれをこの芦ノ湖の片隅で展開するだけだった。