軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12 第四王子の後悔

――僕は、王子だ。

アルベールはずっと、そう思っていた。

王子だから偉い。

偉いから、言うことを聞かれる。

叱られても、わがままを言っても、最後にはみんな許す。

それが当たり前だと思っていた。

だから、その日も同じように振る舞ったのだ。

中庭に行くと、チヨが知らない少年と話していた。

どこかの貴族の息子らしい。年はアルベールより少し上くらいで、持ってきた花を見せながらチヨと楽しそうに笑っている。

その笑顔を見た瞬間、胸の中がむくりと熱くなった。

何でだろう。

面白くない。

すごく、面白くない。

アルベールはずかずかと二人の間に割って入った。

「おい!」

貴族の少年がびくっとする。

「だ、第四王子殿下……」

「何でお前がチヨと話してるんだ!」

チヨがぱちぱちと目を瞬く。

「この子は、この前教えた花壇づくりがうまくいったって報告に来てくれたのよ」

「そんなのどうでもいい!」

アルベールは少年をにらみつけた。

「さっさと消えろ! さもないと死刑にするぞ!」

空気が凍った。

少年の顔が真っ青になる。

周囲にいた使用人たちも息をのんだ。

次の瞬間。

ぱしん、と乾いた音が響いた。

アルベールの頬が横にはじかれる。

叩いたのは、チヨだった。

アルベールは何が起きたのか分からず、呆然とした。

頬が熱い。

でもそれ以上に、信じられなかった。

「チヨ……?」

「今の言葉は、だめよ」

チヨの声は静かだった。

けれど今までになく厳しかった。

「ぼ、ボクは王子だ! えらいんだぞ! ボクの言うことはみんな聞くんだ!」

「そう。えらいのよ」

チヨはまっすぐアルベールを見た。

「あなたの言葉は、みんなが聞かなければならない。だからこそ、言葉の重みを考えなさい」

「……っ」

「死刑、なんて言葉を軽く使っていい立場じゃないの。王族の言葉は、ただの脅しでは済まないわ」

アルベールの喉が詰まる。

叱られるのは嫌いだ。

でも、今までとは何かが違った。

チヨは怒鳴っていない。

なのに、逃げられないくらい胸に刺さる。

「うるさい!」

アルベールは叫んだ。

「チヨなんか、いなくなれ!」

言ってしまってから、ほんの少しだけ後悔した。

けれど、いつもならこれで相手は困って謝る。

なだめて、機嫌を取ってくる。

だから、今回もそうだと思った。

けれどチヨは違った。

「……分かりました」

静かにそう言って、彼女は本当に背を向けた。

少年に「怖い思いをさせてしまってごめんなさいね」と謝り、アルベールを振り返ることなく去っていく。

「え」

アルベールは立ち尽くした。

本当に行った。

振り返らず、謝りもせず。

最初は、すぐ戻ってくると思っていた。

でも夕方になっても、夜になっても、チヨは戻らなかった。

翌朝になっても、城のどこにもいなかった。

その時になって初めて、アルベールは自分が何をしたのかを理解した。

***

「兄上ぇ……!」

泣きながらレオンの部屋に飛び込んだアルベールを見て、レオンはぎょっとした。

「どうした」

「チヨが、チヨが出て行っちゃった……!」

「何だと?」

事情を聞いたレオンの顔が険しくなる。

ルカもセドリックも集まり、四人でチヨを探すことになった。

「お前……何をしたんだ」

レオンの問いに、アルベールはぼろぼろ泣きながら答えた。

「いなくなれって……」

ルカが口元を押さえる。

「なんてことを言うんだ、僕の大事なチヨに……!」

「末っ子、それはやらかしたな」

「だって、だって……」

「ははーん、さては」

セドリックはにやりとした。

「チヨをほかの人に取られたくなかったんだろ」

言い当てられて、アルベールはさらに泣いた。

***

しばらくして、チヨは城下近くの村で見つかった。

袖をまくり、村人たちに畑の手入れを教えている最中だった。

「そこは根を傷めないように、もう少しやさしくね。土は人と同じで、乱暴にされるのは嫌なのよ」

「何でこんなに馴染んでるんだ……」

レオンは呆れ果てた。

「……なんかデジャブだな」

セドリックが遠い目をする。

「分かる。さすがはチヨだよね」

ルカが小さくうなずく。

アルベールはそんな兄たちを置いて一目散に駆け出した。

「チヨぉぉぉ!」

村中に響く大声に、チヨが振り返る。

「あら」

次の瞬間、アルベールはその腰にしがみついて大泣きした。

「ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい……! もうあんなこと言わない! お願いだから帰ってきてぇ……!」

しゃくり上げながら謝るアルベールの頭を、チヨはしばらく黙って撫でていた。

やがて静かに言う。

「アルベール」

「うぅ……」

「王族は、周りを従わせることができるわ」

アルベールが涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。

「だからこそ、その言葉の責任は重いのよ」

「……っ」

「偉いから従え、ではなく。この人のためなら力を貸したい、と思われる王族になりなさい」

アルベールは唇を震わせた。

難しいことは全部分からなくても、その言葉だけは胸に落ちた。

「……なれるかな」

「なれるわ」

チヨは微笑む。

「あなたが、ちゃんと考えて、ちゃんと謝れたんだもの」

アルベールはまた泣いた。

さっきより少し、安心した泣き方だった。

「チヨ、帰ってきて」

「ええ、帰るわ」

「ほんと?」

「ええ」

「やったぁ!チヨ!ありがとう!」

その答えを聞いた瞬間、アルベールは勢いのままチヨの頬にちゅっとキスをした。

「!」

その場が固まる。

「……は?」

最初に声を漏らしたのはセドリックだった。

「今、何をした?」

ルカの顔がみるみる赤くなる。

「ちょっと! ずるい!」

レオンまで珍しく動揺していた。

「アルベール、お前……!」

「僕だってまだしたことないのに……!」

「子供はこれだから恐いな」

チヨは頬に手を当てて、まあまあと笑った。

「元気でいいわね」

「「「よくない!」」」

三人の声がきれいに揃った。

***

帰り道。

夕暮れの中、四兄弟が並んで歩いていた。

アルベールはまだ時々鼻をすすっていたが、もうその顔にはちゃんと笑みがある。

ルカはそんなアルベールに「次からは順番だからね」とよく分からない牽制をし、セドリックは面白そうに笑い、レオンは呆れながらもどこか安堵した表情をしていた。

その様子を少し後ろから見ながら、レオン付きの兵士が感心したように呟く。

「すごいですね、チヨ殿は。あんなに仲が悪かった兄弟が、今やこんなに……」

チヨは四人の背を眺めながら、やわらかく目を細めた。

「まだまだこれからよ」

「え?」

兵士が首をかしげる。

チヨはそこで、ふとレオンへ視線を向けた。

「それに、一番大事な問題が、まだ残っているもの」

先頭を歩く長兄。

誰より責任を背負い、誰より多くを抱え込んでいる男。

チヨはレオンを見て目を細めた。

兵士は意味が分からずきょとんとしたが、チヨはそれ以上は言わず、ただ少しだけ意味深に微笑んだ。

夕陽はあたたかく、四兄弟の背中を黄金色に染めていた。