作品タイトル不明
とある第二王子の側近の話(3)
そんな、伯爵家の中に用意された主君のための個室で。
深夜、私は調査結果を報告するため、彼の前に立っていた。
あれからも主君の指示を受け、私は時間を捻り出しては帝国の元王子、レオポルドについての調査を続けていた。
その結果判明した八年前の事件の真相は、あまりに身勝手で惨いものだった。
帝国の第一王子でありながら魔力が弱く、王族の義務である魔法訓練にも不真面目だったレオポルド。対照的に、二つ下の弟が急速に力を伸ばし、国内で後継者争いの機運が高まった。
そこで身の危険を感じた彼が、一時的な避難先に選んだのがウォルジー家だったのだ。
しかも、伯爵家側には彼が王子である事実は伏せられていた。
ソフィー様の祖父の親戚を装い、「レオ」という偽名で、身分差を盾に強引に居座ったのである。
さらに許しがたいのは、あの襲撃事件の後の対応だ。
帝国側は暗殺未遂の事実を揉み消そうとし、現場に幼いソフィー様しかいなかったことをいいことに、前伯爵夫人の死を事故として処理するよう彼女を口止めして去ったという。
聞き込みによれば、当時のソフィー様とレオポルド王子は、実の姉弟のように仲睦まじく過ごしていたらしいというのだから。
……彼女の純粋な情をこれほどまでに踏みにじるとは、あまりに酷い話だ。
伯爵家に仕える老夫婦の話によると、ソフィー様はこの件について記憶が曖昧なようだ。彼女が思い出せた事実は、「レオが、いつか私のことを迎えに来てくれるって」という幼い甘い約束だけ。
今の主君は、ソフィー様のこととなれば相手が誰であれ容赦はしない。
……とはいえ、レオポルドはすでに廃嫡され、現在は行方も知れぬ身。
まさか今さら暗殺までは企てないだろう。
そう自分に言い聞かせ、私は主君にすべてを打ち明けた。
報告を受けた主君は、一時は顔を伏せ、凄まじい怒りと嫉妬に身を焼かれているようだった。
だが、やがて大きく息を吐くと、背もたれに深く身体を預け、冷徹な落ち着きを取り戻して口を開いた。
「……帝国で後継者争いが勃発した理由はそういうことだったのか。レオポルドとかいう野郎は、とんだ屑だな。第一王子でありながら魔力がないから廃嫡? 絵姿を見る限り、あの金色の瞳で魔力がないはずがない。おかしいと思ったんだ」
「……どういうことですか?」
戸惑う私に、主君は苦々しく吐き捨てた。
「お前は、魔法を貴族の権威のお飾りにすぎないと思っているだろう? 現代において魔法を生活のために酷使するのは、 恥辱(はじ) だと。だがな、それは実は建前に過ぎない」
主君の言葉に息を呑んだ。
「建前、ですか?」
「強大すぎる力は争いの火種になる。だから各国で『魔法は単なるパフォーマンスだ』という風潮を流行らせ、国内貴族が力を持ちすぎることを防いだんだ。とはいえ、真理を理解している家は、今も裏で血の滲むような訓練を続けている。魔法を使うためにはそれが必須だからだ」
「……魔法を使いこなすためには、王女殿下だけではなく、皆あのような厳しい訓練をする必要があると?」
「ああ、魔力だけあっても、最初はたいした魔法は使えない。身体がついてこないからだ。血が滲むほど魔法を使い続けて身体をボロボロにした先に、姉上のように力を手に入れる」
私は、手を血に染めながら魔法を使い続けていた王女殿下の姿を思い出した。そして、それに匹敵するだろう実力をみせた、あの夜会のソフィー様の魔法を思い出す。
「ということは、ソフィー様も幼少期から……」
「そうだろうな。俺はそんな努力家なソフィー嬢だからこそ、彼女を支える影となり、しもべとして……いや、パートナーとして隣に立ちたいんだ」
「……殿下が重度の 姉至上主義(シスコン) に至った経緯を初めて理解しました」
「おまえなぁ……まぁいい。一方で、あの男はどうだ。第一子にしては魔力が控えめだったのも事実だろうが、弟に抜かれるまで訓練をサボり、挙句に不運を装って逃げ出したんだろう」
ウォルジー伯爵家にきて鍛え直された主君の拳が、みしりと鳴った。
レオポルドという男は、主君が喉から手が出るほど欲したその資質を持ちながら、ただただ努力を放棄したのだ。
「そんな屑が、廃嫡後に姿を消した。ソフィー嬢に帝国へ追い返されたはずだが、彼は国に戻らず、再びこの国へ密入国している。そこから先の足取りが、ぷつりと途絶えている」
「……嫌な予感がしますね」
「ああ。地道に潜伏先を突き止めるしかない。頼めるか」
彼の指示に、私は一瞬、躊躇した。
「しかし、私が離れれば殿下の護衛が……」
「案ずるな。この屋敷にはソフィーお姉さまだけでなく、あのフルール嬢までいる。軍隊規模の侵入者でもない限り、庭を横切ることすらできやしないだろう」
主君の言葉は、決して誇張ではない。
魔力が封じられるような異常事態でも起きない限り、ここは王宮よりも遥かに安全な要塞なのだから。
私は、主君がソフィー様をお姉さまと呼んだことにはあえて触れず、深く首を垂れた。
「承知いたしました……早急に調べをつけ、戻ります」
そして。
私が調査のために屋敷を離れた直後、あの衝撃的な事件は起こった。
帝国の元王子レオポルドは、公爵令嬢アリアーヌと手を組み、公爵家の潤沢な財力を背景に、強引に屋敷へ侵入したのだ。
公爵家はレオポルドに禁忌の魔道具を貸し与えた後、足がつかぬよう即座に撤退。
自暴自棄に陥っていたレオポルドがソフィー様を辱めれば、彼女の価値は地に落ちる。後は、彼を犯罪者として切り捨てれば全ては闇に葬られる――そんな卑劣な算段だった。
だが、公爵家には致命的な誤算があった。
まさか王族たる第二王子が、連日民の中に混じって領地運営に奔走し、あろうことか伯爵家に住み込みで働いているとは夢にも思わなかったのだ。
魔導具によって魔法を封じられた、ソフィー様の絶体絶命の窮地。
そこで彼女を救ったのは、華麗な魔法でも王族の権威でもなく、主君の拳だった。
事の顛末を聞いて、私は自分の不在を呪うと同時に、主君がずっと願ってきた、大切な女性をこの手で守り抜くという努力が、正しく報われたことに、思わず涙ぐんでしまった。
その後の、主君が王族としての才覚を最大限に発揮した、帝国との交渉や公爵家の爵位剥奪といった断罪劇については、ここでは多くは語るまい。
特にレオポルドについては、たとえ全てを奪い、どれほど苛烈に痛めつけたとしても、主君の気が済む着地点など見出せなかったはずだ。ソフィー様の過去を思えば、私とて同じ思いである。
だから、主君はあえて私怨を押し殺した。
関係者を徹底的に洗い出し、その全員から、我が国とソフィー様の糧となる条件を極限まで引き出すことで決着をつけたのである。
ソフィー様は知る由もないが、今やウォルジー伯爵家は、帝国の王族や彼女の遠縁にあたる帝国の侯爵家、さらには辛うじて爵位剥奪を免れた我が国の公爵家に連なる貴族たちにまで、多大な「貸し」がある状態だ。
もちろん、絶対的な法的効力を持つ書状を添えて。
ソフィー様がこの権力を振りかざして世界を脅かす姿など想像もできないけれど、今後ウォルジー伯爵家が社交界で一目置かれる。
――もとい「絶対に怒らせてはいけない家」として畏怖されることは、後ろ盾の少ない若き当主にとって何よりの支えになることだろう。
「少し……相談したいことがあるんだが」
主君が珍しく、 躊躇(ためら) いながら声をかけてきたのは、二人が無事に結ばれて数日後のことだった。
たまたま二人きりで執務に当たっていた際、彼はそわそわと落ち着かぬ様子で、私を手招きしたのだ。
主君の結婚により、私は王家の影として王都に戻るか、臣籍降下した彼の個人的な側近として新たな道を歩むかの選択を迫られた。
そして私が選んだのは、あらかじめ用意されていた伯爵家の個室を使い続ける道だった。
ゆえに私にとって、彼は今も主君のままだ。
二人は無事に夫婦として結ばれたはずなのだが、最近の主君はどうにも落ち着きがない。
「如何されましたか。何か問題でも?」
「……ソフィーに、お酒を飲んでもらうためにはどうしたらいいと思う?」
「……私は殿下……いえ、ジスラン様は紳士だと思っておりましたが。嫌がる女性に酒を強いるような、野蛮な男に成り下がったのですか?」
「違う! 俺だって無理強いはしたくない。だが、どうしても……どうしてももう一度、酔ったソフィーが見たくてだな」
「……酔ったソフィー様を見たい、とは?」
私の問いに、主君はしばし逡巡した後、わずかに声を潜めて続けた。
「結婚式の夜にだな。その、緊張しているソフィーの心を解きほぐそうと、ホットワインを用意したんだ」
「……それは、極めて常識的な範囲の、紳士的な配慮ですね」
「それでだ。ソフィーは酔うと、その、……凄いんだ」
「凄い」
「ああ、とにかく、凄くて……最高に格好良かった」
まるで初恋に溺れる乙女のように、主君は両手で顔を覆った。その頬は、耳の裏まで真っ赤に染まっている。
主君をそこまで狂わせるものが何なのか分からず、私は少々顔を引き 攣(つ) らせ、一歩後ずさった。
「そのお姿が見たいがために、またお酒を飲ませたいと?」
「あのソフィーがだぞ! いや、普段の毅然とした当主でありながら、実は押しに弱く一人で仕事を抱え込みがちな彼女も、仕え甲斐があって愛おしいのだが……!」
「はぁ……」
「酒が入った彼女は、さながらあの夜会のときのように、風の精霊……いや、この世界を統べる女神のようだったんだ!」
「……お酒を飲むとソフィー様は、あの、鬼神のような姿に?」
「女神のような、だ!」
そこから、主君による「酔ったソフィー様がいかに雄々しく、美しく、そして可愛らしいか」という熱烈な演説が始まったのだが。
……聞けば聞くほど、私はソフィー様という女性が分からなくなった。
とりあえず理解したことは一つ。
主君が何を言おうと、私自身の身の安全のため、ソフィー様にお酒を飲ませるような事態だけは、全力で、命を懸けて回避しなければならない、ということだ。