軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11.悪役令嬢は現実と向き合う

明け方、いつもより早く目が覚めた。

二度寝する気分になれず、窓際に立つ。

日が昇りはじめているのを見て、何となく外を眺めたくなった。

けれど外気温との差で、窓に結露ができていて視界が悪い。

雨に濡れたような陰鬱さに、心が引きずられる。

「まさか暴動だなんて……」

卒業パーティーの帰り道。

馬車を降りる直前に、シルヴェスターから直轄領の視察理由を聞かされた。

それまで甘い雰囲気に包まれていただけに、衝撃は凄まじかった。

おかげでシルヴェスターが王都を発った今でも、動揺が抜け切れていない。

震える瞼を閉じれば、すぐに馬車での光景が蘇る。

可憐で美しいと思ったシルヴェスターは、理由を話すとき、沈痛な面持ちを隠さなかった。

「ディアに伝えるかは最後まで迷った。けれど伝えておくべきだと判断した。あとで知ることになれば、きっと君は怒るだろう?」

打ち明けられた内容に驚きつつも、問いかけには頷いた。

どうして教えてくれなかったんだと、怒る自分が容易に想像できたから。

でも、だからといって心配しないわけじゃない。

「危険はないのですよね?」

「大丈夫だ。事は既に収束している上、戦争へ行くわけではないからな」

暴動といっても、正確には暴動を企む集会があったのだという。

地元当局の働きで集会現場は押さえられ、暴動は未然に防がれた。

本来なら報告だけで済まされる事案だ。

だが、今回は場所が悪かった。

王家直轄領の、それもバーリ王国の王弟が滞在していた港町で起きたとなれば、看過できることではない。

「新しく赴任した行政官と地元住人との軋轢が主な原因らしいが、煽動されていた可能性が否めない」

「工作だったというのですか……!?」

歴史ある貴族の多くが領地を持っている。

上級貴族ほど広大な土地を有しているが、そのほとんどは領地の運営を代理人に任せていた。

当主は王都での政治で忙しいためだ。

もちろん自ら領地を治めている貴族もいるが、大半は親戚が手を挙げた。

王家の場合は、能力のある行政官を置いている。

直轄領への赴任は出世コースとされ、後に王都へ戻った行政官は、内政の中枢に関わることになった。

そこが他の貴族と違うものの、代理人――行政官――と地元住人の軋轢は、どこにでもある問題だ。

「報告を読む限りではな。だから早々に私が動くことになった。父上は勉強してこいと、気楽なものだったよ」

「ですが工作の可能性があるのでしょう?」

「それもよく聞く話だろう? ディアも散々、妹君に工作されていたではないか」

「規模が違い過ぎます……!」

学園内で収まる内輪もめと、領地で起こる問題では。

最終的には内輪もめで済まなくなったものの、主犯格は生徒だった。

「これが私の普通だ」

何気なく返された言葉に愕然とする。

声音があまりに穏やかで。

以前、フェルミナを消そうかと提案されたときのことが脳裏に蘇った。

シルヴェスターの「普通」。

そこに含まれる言葉の重みに、胸が締め付けられる。

「これからはディアの普通にもなる。……また怖がらせてしまったか?」

また、が何を指しているのかは明白だった。

シルヴェスターも、フェルミナの件でクラウディアが怖がったのを覚えているのだろう。

クラウディアは髪が絡むのも気にせず、大きく首を横に振った。

シルヴェスターの手を握り、宣言する。

「いいえっ、怖くはありません! まだ立場を理解できていなかった自分に驚いたのです。腹立たしくもありますわ」

シルヴェスターは、ハーランド王国の王太子で、国王となる身だ。

そしてクラウディアは婚約が内定し、将来の王太子妃、王妃となる身だった。

公爵令嬢という上級貴族に与しながらも、あくまで臣下だった立場から、臣下を従える立場になる。

頭ではわかっていたはずなのに、心はまだ公爵令嬢のままだった自分が恥ずかしい。

何より、シルヴェスターが最後まで悩んでいた理由がわかり、申し訳なかった。

(わたくしを怖がらせたくなかったのね)

立場が抱えるものを怖がって、距離を置かれると思ったのかもしれない。

そんなことありえないけれど。

「ただ、やっぱり心配です。剣を抜くようなことは、ありませんわよね?」

「安心してくれていい。トリスタン以外にも、相応の護衛を連れていく。現地で私と接触できるのは、行政官ぐらいだ」

「トリスタン様も同行されるのね」

ふとルイーゼが頭を過る。

彼女は知っているのだろうか。

「あぁ、トリスタンにとっても良い経験になるだろう」

シルヴェスターの視察で、王家が領民に気を配っていることを示せるという。

それだけで地元住人は安心し、次の暴動の芽を摘めると。

だから気に病むことではない、と握っていないほうの手で頬を撫でられる。

近付いてくる気配に、今度は人差し指で唇を押し返した。

「それとこれとは別です」

「……しばらく会えなくなるというのに」

「ハンカチで辛抱してください」

馬車を降りるときには、二人とも笑っていた。

瞼を開けると、すっかり空が明るくなっている。

「わたくしも何か貰えば良かったわ」

見ればシルヴェスターの笑顔を思いだせるものを。

どれだけ部屋が温められていても、窓際では冷気を感じられた。

それを吸い込み、思考を研ぎ澄ます。

「いつまでも寂しさに浸っていたら……笑うどころか、シルは喜びそうね」

自分のことだけを思っていてくれたのかと。

しかし現実は甘くない。

「わたくしにできることを考えましょう」

将来、胸を張ってシルヴェスターの隣に立てるように。

朝日を浴びたおかげか、陰鬱な気分は一掃されていた。

今は光を反射する結露の水滴が輝いて見える。

「まずはお茶会の準備ね」

シルヴェスターが王都を離れている間、王弟への接待として、婚約者候補たちがその穴を埋めることになった。

それぞれ候補者たちの屋敷でお茶会を開き、コーヒーが主流のバーリ王国の人たちにも、紅茶に馴染んでもらおうというのだ。

王弟は計四回、お茶会に参加することになる。

問題は、開催する順番だった。

王弟の好みに関する情報はあっても、実際に何が喜ばれるかわからないため、誰もが一番手を避けると思われた。

しかし関係者を集めた会議で、それは覆される。

クラウディアから意見を聞いたリンジー公爵が、真っ先に名乗り出たからだ。