軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26.悪役令嬢は分断される

「ディア!」

シュルシュルと高速で動く物体の音と同時に、化け物が喉の奥でくぐもった唸りを上げているような音が聞こえた。

シルヴェスターにクラウディアが抱き寄せられた瞬間。

硬質な音が耳をつんざく。

地下五階に設置されている落とし扉が、猛スピードで落ちてきたのだ。

落とし扉は通路の終わりにあり、クラウディアは通ったところだった。

シルヴェスターが咄嗟に動かなければ、巻き込まれていたかもしれない。

バクバクバクと心臓が早鐘を打つ。

体は強ばり、一歩も動けなかった。

「とんだ仕掛けを用意してくれたものだ。ディア、大丈夫か?」

「ええ、ケガはありませんわ」

答えつつも、シルヴェスターから離れられない。

シルヴェスターは落とし扉の向こう側にいるトリスタンたちに無事を伝える間も、優しく抱き締め続けてくれた。

落とし扉自体は他と同じく格子状のものだ。おかげで分断されても、お互いの無事を確認できた。

「上階を確認してきます!」

後続のヘレン、リーウェイ、トリスタンが地下四階へ戻る。

暗闇の中、手探りではあるが、次第に状況が明らかになってきた。

本来落とし扉は上階にある引き上げ機を数人で用い、ゆっくり下ろされるものだ。

だが足下に縄が張られ、誰かが引っかかると引き上げ機の留め具が外れる罠が仕掛けられていた。

すっかり騎士は顔を青くしている。

「申し訳ありません。わたしの不注意のせいで……!」

「起こったことは仕方ない。恨むべきは、狡猾な罠を仕掛けた犯人だ」

幸い、誰もケガはなかった。

クラウディアも落ち着きを取り戻し、頭が動きはじめる。

「何のための仕掛けだったのかしら?」

「ふむ、少なくとも行く手を阻むためではないな」

追っ手の進行を阻むのが、落とし扉の使用用途である。

けれど落とし扉が落ちてきたのは、落下地点を越えたあとだった。

(もしかして複数人で通ることを想定していなかったのかしら?)

意気消沈している騎士に、見回りについて訊く。

「地下の見回りは、一人でおこなわれますの?」

「そうです、交代制で一人が船着き場まで見回ります」

「なるほど、進行を阻むのではなく、帰らせないための罠だったのか」

見回りに来た一人を閉じ込めるためだったというなら、罠の位置にも頷けた。

「犯人は逃亡している可能性が高いな」

「見回りを閉じ込めることで、事態の発覚を遅らせているわけですものね」

結局、落とし扉は追っ手を阻むという一点に関して、正しく使用されていた。

ヘレンが一人戻ってくる。

「時間はかかりそうですが、引き上げ機の機能は壊れていないので、落とし扉を引き上げられそうです」

トリスタンとリーウェイは、手伝いを呼びに行ったという。

「待っているだけでは手持ち無沙汰だな。船着き場を見ておくか」

犯人が逃走しているなら、危険もない。

念のため、また罠がないか注意しながら先へ進むことにした。

騎士が慎重に慎重を重ね、廊下を抜ける。

空間が広がっており、手前に浮き袋などが吊された備品置き場があった。

脱出用の小舟が積まれた棚があり、全容は見渡せないものの、波の音が聞こえてくる。

海への出口から明かりが入っていた。すっかり晴れたようだ。

備品置き場の地面は湿っていた。悪天候時の荒波で濡れたことが窺える。

船着き場へ足を踏み入れようとしたところで、小舟の棚の陰に、見覚えのある人影を発見する。

「コスタス!」

行方不明になっていた近衛が、意識を失った状態で倒れていた。

後頭部を強く打ったようで、短く切り揃えられた髪には乾いた血がこびり付いている。

少し離れた物陰にマリタも倒れていた。

二人とも汚れ、マリタに至っては靴の裏まで土にまみれている。真新しい土は坑道のものだ。間違いなく、マリタとコスタスは坑道の中に隠されていた。

比べるとコスタスのほうが綺麗なのは、城塞側の岩場に据え置かれていたからだろう。

古びた手押し車が目に入り、運搬方法を察した。使用済みだと思われるロープはコスタスの頭部に触れたのか、端の一部に血が付いている。

「マリタさん、大丈夫ですか!?」

「ううっ」

騎士の呼びかけにマリタが反応する。

ほどなくして目が開かれた。

「良かった。マリタさん、もう無事ですよ!」

「あれ? ここは……?」

「主館の船着き場です。体調はいかがですか? どこか痛いところは?」

「体が軋んでいる感じはありますが、大丈夫です。あら、シルヴェスター殿下とリンジー公爵令嬢まで」

「大事がなくて何よりですわ」

コスタスの意識は戻らないが、息はある。

コスタスもマリタも縛られてはいなかったため、変に鬱血しているところもなさそうだ。

落とし扉が開けば、すぐ医者にも診せられる。まだ望みはあった。

最初は騎士に支えられていたマリタも、自力で体を起こす。

「犯人はどこへ行きました……?」

「逃げたあとのようですわ。犯人の顔はご覧になられました?」

「いえ……覆面を被っていたように思います」

マリタとコスタスは、主館の地下一階で話していたという。

先にコスタスが後ろから襲われ、マリタはショックを受けていると、すぐに前後不覚になった。

「恐怖で叫び声すら上げられませんでした……不甲斐ないです」

「無理もありませんわ。あまりご自分をお責めにならないでください」

「もしかして、あれが怪盗だったのでしょうか?」

怪盗がナイジェルの隠し財産を狙っているという噂はあった。

自分たちを襲うなら、外部の人間しかいないとマリタは考えたようだ。

「それを考える上でお訊きしたいのだけれど、マリタは地下四階にある坑道についてご存じだったかしら?」

「坑道? あっ、隠し通路のことでしょうか? そういえば、犯人にも訊かれた気がします」

襲われたときの記憶が徐々に戻ってきたとマリタは言う。

袋を被せられ、しばらくは意識があったと。

「築城時、ものの運搬に使われていた通路です。城塞が完成したあとは、出入り口を塞がれました。地図には残さず、家に口伝で伝わってました」

その理由は、王族ではなく、使用人のための脱出口だったからだ。

王族には脱出の手段があるけれど、使用人にはない。それを憂えたマリタの先祖が、通路を埋めずに残したのだという。

存在を知っているのはマリタとコスタスだけだった。

「家族以外には言ったらいけないのに、子どもの頃、コスタスにだけは教えてしまったんです。そのせいで、彼まで巻き込まれることになってしまうなんて」

マリタの話に騎士が頷く。

「犯人は怪盗で間違いなさそうですね。財宝については、ご存知でしたか?」

「いいえ。まさか、わたしとコスタスしか知らない隠し通路に財宝があったんですか?」

金貨が見付かったことを告げると、マリタは驚きでしばらく言葉を失った。

ツバを呑み込み、ゆっくり口を開く。

「わたしは入り口である石壁に触れたこともありません」

「もしかしたら坑道上で崩れた石壁のように、地下四階側の石壁も崩れていたのかもしれません。それを偶然、滞在中のナイジェル枢機卿が見付け、利用していた。きっと怪盗は、マリタさんの元の家業を知り、拉致したんですね」

マリタの家は、石工頭領という作業現場を統括する役目にあった。

築城に関することを訊くならマリタだと、怪盗に目星をつけられたと騎士は推測する。

話を聞きつつ、シルヴェスターは別の疑問が浮かんだようだった。

「何故、犯人は二人を生かした?」

生かせば、こうして証言を取られてしまう。

心情を分けて考えると、シルヴェスターの言うとおり、犯人にとっては殺しておいたほうが理にかなっていそうだ。

クラウディアも理由を考える。すると落とし扉の罠が、頭に引っかかった。

思考を巡らせているうちに話は進む。

「地面が湿っていることから、昨日までは備品置き場まで海水が届くほどの荒波だったのだろう。犯人も下手に近付けなかった。だが足場が確かな今日なら、二人を海に落とせたはずだ」

これにはマリタが答える。

「怪盗の顔はわからずじまいです。わたしたちは時間稼ぎに用いられたのではないでしょうか?」

現に、二人の救出に焦点が当たっていた。

「わたしたちを助けてくれようとする良心をついたんです。怪盗は、今もここから遠ざかっているに違いありません」

マリタの視線の先には、吊された浮き袋があった。

よく見ると端の一つがなくなっている。逃走には海しかなく、犯人が使ったのか。

なるほど、と次いでシルヴェスターが口を開こうとしたところで、落とし扉が引き上げられる音がした。

一番にヘレンが合流する。

「クラウディア様、お怪我はありませんか!?」

「大丈夫よ。それよりコスタスとマリタを見付けたわ」

体を起こしているマリタを見て、ヘレンは顔を綻ばせる。

しかしコスタスへ視線をやった瞬間、後方へ向かって声を張り上げた。

「負傷者がいます! 手伝ってください!」

教会の騎士たちが駆け付け、棍棒を二本並べると修道服を脱いで即席の担架をつくる。

瞬く間に、コスタスは運び出されていった。

トリスタンとリーウェイが担架を避けながら合流する。

「良かった、お二人共、見付かったんですね!」

「財宝は!? どないなった!?」

二人の人間性が現れた、第一声だった。