作品タイトル不明
22.悪役令嬢は捜索を続ける
四日目の朝、スケジュール通りなら、城塞都市を出る日。
雨は小降りになっていたが、まだ潮流は乱れたままだった。
朝食のため、主館の広間一階へ下りる。
クラウディアは黄色いワンピースの上から、黒のラインが入った赤いストールを羽織っていた。
昨晩に比べれば温かいものの、肩にかけるものが欲しくなる。
シルヴェスターは萌黄色のシャツに白のジャケットと、男性陣も上着を着ている人が多かった。
城塞都市に隠された財宝を見付けるイベントが、事件によって中止になってしまったからか、参加者の空気感も曇天だ。
(メイユイ殿下の顔色は悪いわね)
昨日レステーアから話を聞いたとおり、だいぶ堪えていた。
(骸骨の笑い声……)
風呂上がりということは、一階の廊下で聞いたのだろう。
メイユイの順番は遅いほうなので、夜も更けていたのが予想できる。
とはいえ、使用人たちもまだ働いている時間だ。昼間に比べて、常駐している人間は少ないが。
恐ろしい骸骨がいたなら、他からも声が上がりそうではある。
メイユイ一人の幻聴ならまだしも、侍女も一緒に聞いているため、そんなものはなかったと簡単に切り捨てられなかった。
参加者はグループごとに長机を囲っていた。
リーウェイは平然と、東洋の国の人たちといる。
当人の交渉力の賜物か、国際会議のときと比べて空気は悪くなかった。
目が合い、ウィンクが送られる。
シルヴェスターがすかさず見咎めた。
「相変わらず、いけすかぬ」
ラウルがわかる、と相槌を打つ。
リーウェイのクラウディアへ対するアプローチが伝わっていた。
「自分との会話でも、クラウディア嬢について訊かれましたよ」
「スラフィム殿下にですか!?」
思わぬところに波及しており、クラウディアはつい声を上げてしまう。
「交流はあるのか、人となりについての軽い質問ではありましたけど」
「西洋の人間には一通り訊いてるんじゃないか? オレも訊かれた」
別に悪いことではないけれど、何とも言えない気分になる。
リーウェイについては、厄介ごとのにおいしか感じない。
朝食が運ばれ、食事をしながら今日の予定を話す。
「焦点は、城塞内で人を隠せる場所があるかだ」
外の場合、クラウディアたちだけではどうにもならないため、一旦保留する。
特に意見がないことを確認したシルヴェスターは、トリスタンに指示を出した。
「昨晩話したとおり、トリスタンは外を見て来てくれ」
外、と聞いてクラウディアは首を傾げる。
そういえば今日は体力を使うと、トリスタンが寝る前に言っていた。
ラウルも疑問に思ったようで、シルヴェスターに訊ねる。
「小雨になっているとはいえ、外を探すのは無茶じゃないか?」
「探すのではなく、確認だ」
「目星がついているんですね?」
続けて訊いたのはスラフィムだった。
「確証はありませんが、打てる手は全て打つ方針です」
「消息を絶った二人の安否が心配ですからね。自分も手伝えることがあれば言ってください」
お礼を言いつつも、できることは限られている。
自由に動き回れるのはハーランド王国の人間だけだ。
ラウルたちには引き続き、情報収集をお願いする。
シルヴェスターとクラウディアは、館内、特に主館を捜索することに決めた。
◆◆◆◆◆◆
朝食後、リーウェイが合流する。
「ご一緒してもええですか?」
「王太子殿下の許可が下りているのなら、仕方ありません」
今日は主館の地下をメインに捜索すると伝える。
その前に、メイユイが骸骨の笑い声を聞いた廊下を歩いた。
当然、何も聞こえない。
「まさかここにも骸骨があるんやろか?」
「地下墓地の木造のものですか? あれは鎮魂のためのもので、他の場所にはありません」
リーウェイの質問に、昨日から同行してくれている教会の騎士が答える。
「すぐに返答があって助かるわぁ」
「恐縮です」
このやり取りに、近衛のコスタスが思いだされた。
シルヴェスターが起用してくれたおかげで、クラウディアたちは不明点を抱えることなく散策ができた。
(どうか無事でありますように)
一日が過ぎ、コスタスやマリタが抜け出せない状態にあるのは確かだった。
階段を下りようとしたところで、隣のドアに目が行く。
上階の階段付近に部屋はなかった。開けた空間にあったのは、長椅子にサイドテーブル、花瓶だけだ。
「こちらは何の部屋ですの?」
「階下の落とし扉を引き上げるための部屋です。中をご覧になられますか?」
騎士がドアを開けると、すぐに用途がわかった。
部屋の床中央に一本の丸太が設置され、縄が巻かれている。縄の先には落とし扉として使われる格子がぶら下がっていた。
「平時はずっと引き上げた状態です。敵の侵入を防ぐものなので、点検時以外、下ろされることはありません」
「上階にはありませんわよね?」
「はい、落とし扉は地下一階と地下五階にだけ設置されています。城塞以外だと城門にあります」
城門にあるのは通るときに見ていた。
主館に設置されているのは、地下にある船着き場からの逃走時、敵の足止めに用いられるようだ。
(ここまで攻め込まれている時点で、海に逃げても包囲されてそうだけれど)
とはいえ、戦時中はどういう状況が生み出されるかわからない。
手段が多いに越したことはなかった。
「あの滑車も使いますの?」
丸太の装置の横に滑車と石材が置かれている。
「あれは館内の修繕に使われるものです。基本的に出入りする人間がいないので、担当の者が一時的に資材置き場にしているのでしょう」
経年劣化の波は、カーテン・ウォールだけでなく建物にもきていた。
「主館の修繕は、国際会議前に全て終えているので、緊急用だと思われます」
あってはならないことだが、点検漏れは存在する。人間はミスをする生き物だ。
すぐに対処するための資材だった。
(ロープはないのね)
資材の代表格のようなものだが、切らしているのか一緒に置かれてはいなかった。
部屋を出て、地下一階へ下りる。
地下一階の貯蔵庫は昨日も訪れた。階段横のドアで、別棟と繋がっているところだ。
「貯蔵庫は人通りが多いのかしら?」
「別棟では食料が保管されているのでよく見かけます。こちらは備品が主なので、決まった時間以外はあまりいません」
決まった時間というのは、朝、使用人が掃除と共にロウソクなどを各部屋に補充するときを指した。あとは急遽要りようがあったとき。
壁にある燭台は、延焼を防ぐためにガラスで覆われている。
明かりはあるものの、棚が並んでいるため死角も多い。
クラウディアは天井を見上げ、落とし扉のスパイクがあるのを確認した。落とし扉――格子――の底部分は、下にあるものを串刺しできそうなほど鋭く尖っている。
石造りの床には、受けとめるための溝が設けられていた。
(あら?)
同系色のため見逃していたが、床は石壁のように石と石の接着面がなかった。
訊ねると騎士が答えてくれる。
「ああ、床は元の岩山をそのまま利用しているんです。地下二階以降の空間は、岩を掘ってつくられています。採鉱師や石工が苦労したと言われています」
地下二階へは階段ではなく、緩やかな坂を下っていく。その坂も、元の岩山が利用されていた。おかげで表面は滑らかだ。
落とし扉は、坂の直前にあった。
階段とは違い、坂は階層の両端――海側と内陸側――につくられている。理由は城塞都市にある城門と同じだった。最短距離で下るのを封じるためだ。
壁にある窓や燭台のロウソクで光源は確保されているものの、天気のせいもあって薄暗い。
ランタンを持った教会の騎士が先導し、シルヴェスターにクラウディア、ヘレンと続き、しんがりをリーウェイが務める。
「地下といっても、海面よりは上ですのね」
海に面している壁は、地中にも埋まっていない。
だから窓がつくられているのだが、地下と窓は相反する認識が強かった。
「一層目からすれば、頭上にあたることを考えれば面白いな」
地下三階でようやく二層目の地面と同じ高さだろうか。
丘上城塞にはよくある話だが、言葉の妙というか、不思議な心地にさせられた。
歩きながらシルヴェスターが騎士に訊ねる。
「地下の見回りはどうなっている?」
「朝、昼、晩と一日三回おこないます。昨日も特に報告は上がっていません」
晩といっても、日が落ちる前の夕方だという。
月明かりがある夜でも館内の地下は真っ暗で、ランタン片手に見て回ったところで意味をなさないらしい。
現在も雨雲のせいで暗いのを考えたら、いやでも納得する。
その分、日の有り難みを実感できる場所でもあった。
辿り着いた地下二階には、地下一階の貯蔵庫と同じように空間が広がっていた。