作品タイトル不明
14.悪役令嬢は言い伝えを聞く
城塞都市の一層目と二層目は、地面を深く掘ると地下水が浸食してできた洞窟に行き当たりやすく、区画ごとに井戸が設けられていた。
「母さんから井戸で水を汲んでおくよう頼まれてたんだけど忘れてて、寝るときに思いだしてさ。朝までにやれば怒られないから、こっそり家を抜け出すことにしたんだ」
軒下にかけてあるランタンを手に、井戸へ。
夜道では、ぼんやりしたロウソクの明かりだけが頼りだった。
歩いている途中、やけに肌寒く感じたという。
井戸に辿り着き、桶を投げ入れる。
ばしゃん。
と水音が聞こえ、滑車から垂れ下がったロープを掴んだ。
重みを感じながら、少しずつ桶をたぐり寄せる。
井戸の縁から桶の頭が現れた、そのとき――。
なんとなく、少年は何かに呼ばれた気がした。
あり得ないと思いつつ、真っ暗な井戸の底を覗き込む。
「ウオーンウオーン」
声がこちらへ語りかけてきた。
けれど、明らかに人が出す声じゃない。
驚きのあまりロープから手を放してしまい、水の入った桶が急降下する。
落下音を聞き届けることなく、少年は慌ててその場をあとにした。
「もしかしたらオオカミの遠吠えに似てるかも。でもこの島にオオカミはいないからわかんない」
「んで、結局水が汲めないまま、泣きながら帰ったんだよな」
「だから泣いてないって! 朝使う水がないから、母さんには怒られたけど。あ、オレだけが聞いたんじゃないから! 他にも聞いた人はいるから!」
深夜や早朝に井戸を使った人から、同様の証言があった。
島では井戸の化け物として認識されているとのこと。
「あとは何かあるっけ?」
「んー、岩棚に近付くなってやつは? もう聞き飽きてるけど」
「ああ、化け物に引きずり込まれるってやつ」
化け物繋がりで、もう一つ話があった。
「オレたち、海には慣れっこなんだけど、泳ぐときは絶対に城塞が建つ岩棚には近付かないように言われるんだ」
「近付くと化け物に海底へ引きずり込まれるぞーって」
「引きずり込まれて、化け物に食われるんだ。実際いなくなった子どもがいるんだって」
彼らから聞けた話は、この二つだった。
少年たちと別れ、作業現場を離れる。
「どちらも最近というより、昔から伝わっている話のように感じられましたわね」
「でも井戸については、少年が直に声を聞いてますよ?」
「それも昔からある現象ではないか?」
トリスタンの問いに、シルヴェスターが答える。
解答は、同行する人物が持っていた。
近衛のコスタスだ。
「自分がいたときからある話です」
「ってことは、昔から井戸の化け物はいたんですか!?」
「いる、と言われています。海に引きずり込む化け物も」
「退治できないんですか?」
コスタスはゆっくり首を左右に振る。
「できません、化け物は目に見えないんです」
「目に見えない!?」
驚きっぱなしのトリスタンを、シルヴェスターが落ち着け、と宥める。
静かに話を聞いていたリーウェイは、首を傾げながら顎を撫でた。
「なんや、含みがありそうやな」
「海に引きずり込む化け物の正体は、潮流です」
城塞が建つ岩棚の海面付近に洞穴があり、城塞の地下と繋げられて、船で脱出できるようになっているとコスタスは話す。
そのせいか干潮と満潮で付近の流れが変わり、沖は潮流が速いのもあって泳ぐのは危険なのだと。
「大人は皆知っています。子どもに理由を話すと、興味本位で近付く子が出てくるので、化け物のせいにしています。昔は事故が多かったそうで……」
正体がわかり、トリスタンは胸をなで下ろす。
「じゃあ、井戸の化け物も理由があるんですね?」
「岩山に共有の地下墓地があるため、気味悪さに影響された島民のつくり話かと思われます。墓地は城塞の井戸と同じくらいの深さにありますから」
「えっ、そしたら声の正体は?」
「暗闇の中で一人という心細さから、風の音を誤認したんでしょう」
「こっちは、ちゃんとした理由付けがされてないじゃないですか!?」
島に伝わる話なんて、そんなものですとコスタスは眉尻を落として笑う。
リーウェイは地下墓地に興味を引かれたようだった。
「岩山にあるっちゅーことは、城塞の地下にあるんか?」
「そうです。城塞からも、このエリアからも入れます」
ほほーう、とリーウェイの黒い瞳が輝く。
トリスタンは露骨に嫌そうな顔をした。
「もしかして今から行くとか言いませんよね?」
「行くに決まっとるやろ。お二人も気になりません?」
シルヴェスターとクラウディアの返答に、トリスタンは肩を落とした。
視界の端でヘレンの顔が強張ったのを見て、手を握る。
「大丈夫?」
「はい、ど、どこまでもお供します!」
クラウディアは、ヘレンと手を繋ぎながら行くことにした。
◆◆◆◆◆◆
地下墓地の入り口は、岩棚の奥まったところに隠れるようにしてあった。
近衛のコスタスが説明してくれる。
「城塞の築城に用いられた岩山には、元々地下水が浸食してできた洞窟がありました」
先に訪れた、奥行きが浅い洞窟を思いだす。
あそこのくぼみには地下水が湧いていた。
「地下墓地は、その洞窟を拡張してつくられています。他にも城塞の地下には開発時に繋がった洞窟があり、隠し部屋の存在が疑われている理由になっているのではと推測します」
「ナイジェル枢機卿だけが知る洞窟があるかもしれんっちゅーわけやな」
仮に存在するとしたら、見付けるのは困難だ。
在処のヒントなど、一つもないのだから。
鉄格子のドアを抜けると、冷気が肌を撫でた。ヘレンと手を繋いでいなかったら、寒さに震えていたかもしれない。
中は整備されており、通路を進んですぐに開けた空間がある。
部屋の奥には祭壇が設けられ、ロウソクが立っていた。
一同はここで死者への祈りを捧げる。
流行り病で亡くなった近衛や修道者の家族もここに眠っていた。
地下墓地に対する気味悪さには、流行り病の影響もあるかもしれない。
しばし静寂が空間を支配する。
祭壇のある部屋からは、二方向に通路が真っ直ぐ延びていた。
どちらも両側の壁に棚がつくられ、真ん中に人がすれ違えるほどの道がある。
「この棚の一区画ごとに、遺骨が安置されています」
一段ごとの高さは二十センチぐらいで、幅は一メートルあるかないかぐらい。
道に面するほうに口が開いており、どこも石の蓋がはめられていた。
「ここにも調査は入ったんやろか?」
冷たい空間に、リーウェイの声が響く。
トリスタンは、えっ、と眉根を寄せた。
「調査って、ナイジェルの隠し財産のですか?」
「他にあるかいな」
「さすがに不謹慎ですよ」
「いうても、隠すにはちょうどええと思わん? 唯一修道者だけが、どの棚も開けられるんやから」
リーウェイに、コスタスが答える。
「マリタの話では、洞窟も含めて一通り調査済みとのことでした。地下墓地も確認済みではないでしょうか」
「これは教会の本気度が窺えますなぁ。枢機卿の隠し財産ともなれば、そんなもんやろか」
どれだけの規模が想定されているのか。
(探してはいるものの、誰も財産の額を知らないのだからおかしな話ね)
ナイジェルのことだから、リスク分散しているのも考えられる。
一か所にまとめておくことはしないだろう。
見るべきものは見終えたので、一行は帰路に就く。
場所柄、自然と私語はなくなっていた。
ひんやりとした壁に囲まれ、入り口へ向かう足音と衣擦れの音だけが響いている。
はずだった。
――カタカタカタ。
幻聴か、背後から自分たちのものではない音が聞こえた。
死者が眠るだけの場所。
先ほどまでは、確かにそうだった。
なのに、何故物音が聞こえるのか。
「え……?」
気配を察したらしいトリスタンが背後を振り返る。
彼の鼻先が触れる距離だった。
骸骨が、カタカタカタと笑うかのように顎を鳴らしている。
「ぎゃぁああああああっ!?」
「あははははは」
トリスタンの悲鳴とリーウェイの笑い声が同時に響き渡った。
手を繋いでいたヘレンの握力がきゅっ、と増す。
骸骨の後ろにいる人影に気付いたトリスタンは、涙目のまま怒鳴りつけた。
「何考えてるんですか!? どこから持ってきたんですか!?」
悪ふざけを目の当たりにした全員の総意である。
「良いリアクションするなぁ。安心し、これ木やから。棚と棚の切れ間に積まれててん」
「木なんですか?」
「ここは薄暗いからわかりにくいけど、木目があるやろ? 魔除けかなんかか?」
リーウェイの視線は、近衛のコスタスに向けられていた。
コスタスは首肯する。
「これ以上、死者が増えないようにと願掛けされた置物です」
(いつの間に取りに行ったのかしら? なんにせよ、褒められた行為ではないわね)
奥へ向かう足音は聞こえなかった。
この短時間で行って戻ってきた行動力だけは認める。
シルヴェスターは溜息をつきながら、リーウェイに指示する。
「戻してきてください」
「はいはーい」
リーウェイの合流を待たず、クラウディアたちは外へ出た。
温かい空気に触れ、ほっとする。
「クラウディア様、ありがとうございました。もう大丈夫です」
「いいのよ、わたくしも心強かったわ」
ヘレンと手を放し、伸びをする。
狭いところから出てきたので解放感があった。
(地下墓地に怪しいところはないけれど、雰囲気のある場所だったわね)
昼でも冷気を感じることから、コスタスの言うとおり気持ちに影響が出るのも頷けた。
化け物がいると言われてたら信じかねない。
「今日のところは、ここで切り上げるか」
「もう帰るん?」
「他に行きたい場所があるなら、お好きにどうぞ」
「せやったら好きにさせてもらおうかなぁ。あ、クラウディア嬢は一緒にどない?」
「ご遠慮させていただきますわ」
そら残念、とリーウェイはカーテン・ウォールへ向かって歩きだした。
「つかみ所のない奴だ」
「僕は苦手です……」
からかわれて疲れたのか、地下墓地に入る前よりトリスタンはやつれて見えた。