作品タイトル不明
11.悪役令嬢は驚かされる
修道者のマリタと別れて馬車の都合をつけると、クラウディアたちは一つ下の層へ向かった。
浜辺のある一層目から二層目の高低差はあまりないが、二層目と城塞のある三層目では、建物三階分ほどの高低差がある。
ちょうど地層の変わり目で、岩肌を横目に城門を通り、二層目へ。
下った先にある厩舎に馬車を停め、最寄りの洞窟を覗いてみることにした。マリタの話で洞窟があると知り、興味が湧いたのだ。
通ってきた城門の下に、洞窟はあった。
岩山を横から軽く削ったような形で奥行きは浅く、陰になって薄暗いものの最奥の壁が見える。
足下がひんやりすると思ったら、岩のくぼみに水が溜まっていた。
雨水ではなく、湧いた地下水が溜まっているんです、と近衛のコスタスが教えてくれる。
「不思議と引き潮になると水が引くんですよ」
干潮時には溜まっている水の水位が下がり、潮が戻るにつれてまた上昇するという。
海水と地下水は別ものなのに、確かに不思議な話だった。
でこぼこした地面に気を付けながら、大きめの岩にシルヴェスターと腰掛ける。
「涼しいな」
「休憩するのにちょうど良いですわね」
周囲を観察するのに邪魔にならないよう、ヘレンが二人の麦わら帽子を預かる。
トリスタンは一度奥まで進むと、壁に触れて、すぐに戻ってきた。
「何かを隠せそうな場所はありませんでした」
「教会が一度調査済みとのことだしな」
汗が引くのを待って、散策を再開しようとしたときだった。
賑やかな一団が現れる。
「クラウディア嬢やないですか! 本日も大変麗しゅうございますね」
一足飛びに距離を詰めてきたのはリーウェイだ。
国際会議から服は変えず、肩を出した詰め襟のシャツをズボンに入れ、薄手のゆとりのある上着を羽織っている。黒い生地の上着には金糸で花の刺繍がなされ、風で上着がなびくと赤い裏地が覗いた。
そんな行動的な彼に倣うかのように、メイユイは儚げに、ミンユーはぎこちなくシルヴェスターに迫る。
(珍しい組み合わせね?)
あれだけリーウェイに近づかないよう、人に忠告していたのはなんだったのか。
訝しむ視線を、にこにこ顔のリーウェイに遮られる。
丸眼鏡越しに楽しそうな黒い瞳と目が合うと、こそっと話しかけられた。
「『婚約破棄』という言葉もこの世にはありますよって、お嬢さん二人に教えてあげたんです。いやぁ、シルヴェスター殿下はモテモテですなぁ」
「婚約者のいる男性にアプローチすると、節操なく映るとはお伝えにならなかったのかしら?」
「そういうのは女性同士で話したほうがええんとちゃいます?」
弧を描く目を見て、溜息をつきたくなる。
わざわざ火種をつくるとは、とんだ愉快犯だ。
「未婚の人にとったら、婚活するのにええ機会みたいですよ。ほら、あそこでも」
視線を向けると、厩舎の軒先でラウルとレステーアも見知らぬ女性に囲まれていた。王族ではなく、同行してきた貴族令嬢のようだ。
(女性が苦手なラウル様が、一番大変かもしれないわね)
とはいえ、二人の王女様も放っておけない。
居住まいを正してシルヴェスターの元へ向かおうとしたときだった。
「きゃっ」
ヒールが岩場の隙間にはまる。
バランスを崩したクラウディアの腕を掴み、咄嗟に支えたのは、先ほどまで相対していたリーウェイだった。
「ありがとうございま……えっ!?」
お礼を言い終えぬうちに、くるりとダンスの要領で一回転させられる。
一歩前へ踏み込んだリーウェイは、何を思ったのか、ターンを決めるとそのままクラウディアを横抱きにした。
視界で緩やかなクセのある黒髪と、クセのない黒髪が宙を舞う。
「リーウェイ殿下!?」
驚きで声が裏返るクラウディアに対し、はははとリーウェイは口角を上げて笑った。
「リンジー公爵令嬢は羽根のように軽いなぁ! このまま飛び立っていけそうな気分や」
にこにことご機嫌な顔を近くで見せられる。
細められた黒い瞳は、クラウディアだけでなくシルヴェスターへも向けられていた。
(からかっておられるわね)
さすがにこれはやり過ぎだと叱責する前に下ろされたものの、動悸はすぐに治まらない。
はじめて挨拶したときとは違い、今度は完全にシルヴェスターの背にクラウディアは隠された。
「距離を置いていただくよう、申したはずだが?」
「いやぁ、あまりにもご令嬢がふわっと天女の如く触れたもんで、調子に乗ってしまいましたわ。堪忍してください」
怒気をはらんだシルヴェスターに、リーウェイは眉尻を落とす。
しかしシルヴェスターは取り合わなかった。
「失礼、バランスを崩したことで婚約者が足を痛めたようだ」
振り返るなり、抱き上げられる。
クラウディアは再び重力から足を解放することになった。
ちなみに痛いところはどこもない。
今回は度を超していたのもあり、クラウディアはシルヴェスターに成り行きを任せ、自らも腕を回した。
一団を抜け、その場をあとにする。
向かった先は馬車を停めた厩舎だった。
クラウディアたちが乗ってきた馬車の他に、二台増えている。リーウェイ一行とラウル一行が乗ってきたものだろう。
馬車に乗り込むと、クラウディアを横抱きにしたまま、シルヴェスターは腰を下ろした。
空いた片手で髪をかき上げながら目を瞑り、はぁーと長く息を吐き出す。
「剣を抜かなかった自分を褒めたい」
「よく辛抱してくださりました。周囲の目がなければ、抜いてくださってもよろしかったのですけど」
リーウェイは、少し痛い目に遭ったほうが良いとクラウディアは思う。
「私の限界を探っているのか?」
「楽しんでいるきらいはありましたわ」
「面倒な奴に目を付けられたか」
それは確かだった。
気が紛れればいいと、シルヴェスターの頭を撫でる。
さらさらの銀髪は手触りが良く、逆にクラウディアが癒やされた。
シルヴェスターの長い睫毛が目元に影を落としているのを見て、決心する。
「滞在中は、ヒールの靴を履かないでおきますわ」
バランスを崩すことがなければ、あのような展開も起きなかったはずだ。
今後また足場の悪いところを歩かないとも限らない。
クラウディアの言葉を受けて、シルヴェスターも心に決めたことを口にした。
「私はこれまで以上にディアの傍にいよう」
もう誰も間に入り込ませないと黄金の瞳が固く誓う。
深く刻まれた眉間のシワが、決意のほどを物語っていた。
シルヴェスターが視界にクラウディアの青い瞳を収めると、ふっと目に入っていた力が抜ける。
つられてクラウディアの頬も緩んだ。
鼻先が擦れ合い、互いの額がくっつく。
そして、唇が重なろうとしたとき。
ドンドン、と馬車のドアがノックされた。
舌打ちと共に開けられたドアの先にいたのは、ラウルだった。
「大丈夫――おいっ、閉めるな!」
心配になって様子を見に来てくれたらしい。
容赦のないシルヴェスターによって、姿は隠されてしまったが。
「ラウルのせいで気分が台無しだ」
「トリスタン様たちも置いてきてしまいましたわ。合流しましょう」
きっとヘレンも心中穏やかでない。
やむを得ぬか、と言って、シルヴェスターは馬車のドアを開けた。