作品タイトル不明
10.悪役令嬢は宝探しに参加する
離島に来て二日目の朝。
国際会議を兼ねた朝食会がおこなわれていた。
従来の会議には男性陣しか参加しないが、交流を目的としているため、女性陣も一緒に机を囲む。
昨夜の立食パーティーと打って変わり、ここでは皆、自国の正装に身を包んでいた。
主な話題は、難民問題と国の特産品についてである。
「難民と向き合っていない国の者もいるが」
そう言って、スラフィムに冷ややかな視線を向けたのは、メイユイの兄、ショワンウー王国の王太子だった。王太子は妹と同じ白藍の髪を肩で切り揃えている。
教会の教えを国教としている国は、すべからず難民支援をおこなっている。
難民を受け入れる土地がある国は住処を提供し、国土の狭い国は、支援金や物資でバックアップしていた。
スラフィムのアラカネル連合王国はというと――。
「直接支援をおこなうルートはなくとも、間接的に我が国も難民を支援しております」
たとえば海運業がある。
従来の運送を定価とし、難民支援用の物資は利益のない価格で取引していた。
時間が勝負となり、運送の手が足りないときの手段として重宝されている。
特に自国であまり船を所有していない国は助かった。
けれど、その献身が大々的に喧伝されることはない。
利用している国としては、他国に船の所有がないことを公表するのと同義だからだ。
「ふんっ、口では何とでも言える」
だから利用していない国からすれば、実績が不透明だった。
更には東洋の中でも北に位置するショワンウー王国が、アラカネル連合王国へ悪感情を見せるのは、もしかしたら両国の歴史にあるのかもしれない。
アラカネル連合王国の前身である、島々を根城にしていたヴァイキングの活動範囲は、驚異的に広かった。それこそ難を逃れたのは、現在クラウディアたちが滞在している城塞都市ぐらいである。
(ハーランド王国も海から川へ侵入されて、攻め込まれたぐらいだもの)
ショワンウー王国にも何かしら傷跡が残っていても不思議ではない。
「教義に従わぬわりに、この席に着いた気概だけは認めよう」
「ご評価いただき光栄です。海にまつわることでお悩みがありましたら、ぜひご相談ください」
ショワンウー王国は取り合わないが、この場の中には、アラカネル連合王国のサービスを利用している者もいる。
自国で賄えるものの、その利便性からハーランド王国が使うこともあるぐらいだ。
スラフィムは、声を上げられない相手への売り込み方も熟知していた。
ショワンウー王国の王太子と口で応酬しつつ、適度にサービス内容を盛り込み、周知させていく。
(東洋の国へも、足を伸ばされているだけはあるわ)
スラフィムの手腕を目の当たりにしたクラウディアは、感心するばかりだった。
熱い論争が繰り広げられる一方、悪い評判が目立つリーウェイに対しては、東洋の国の中でも微妙な距離感が保たれていた。
メイユイが私的な交流はないと言っていたとおり、互いに最低限のやり取りしか見られない。
東洋以外の国々は、様子見に徹していた。
あとはこれといった衝突もなく、朝食会はつつがなく終わった。
「リーウェイ殿下は案外大人しかったですわね」
「君へ熱い視線は送っていたが?」
ウィンクを送られたのを思いだし、苦笑する。
「わたくしに限らず、皆様に笑顔を振りまいておいででしたわ」
「女性限定というところが、彼らしいというべきか」
シルヴェスターに限らず、ショワンウー王国の王太子もチューチュエ王国の第一王子も共に眉根を寄せていた。
「では、着替えて散策といこうか」
「折角の機会ですものね」
教会の意向は、ケントロン国の意向でもあった。
参加者にはナイジェルの隠し財産を探し出してほしいのだ。
クラウディアたちにしてみれば、城塞都市を自由に見て回れるのは純粋に有り難かった。防衛について、実物を前に勉強できる良い機会である。
◆◆◆◆◆◆
一旦シルヴェスターと別れた後、正装から普段着に着替えて合流する。
クラウディアはピンクのワンピース。シルヴェスターは白い半袖シャツにズボンとお互いラフな恰好だ。それに加えてお揃いの麦わら帽子を被っている。
護衛を兼ねているトリスタンやヘレン、近衛は変わらずだ。
城塞の中庭で、麦わら帽子のツバを持ち上げなら、クラウディアは首を傾げる。
「どこをどう探せばいいのでしょう?」
次いで、ぐるりと周りの建物へ視線を巡らせた。
あくまでナイジェルの遺産が、城塞都市に隠されているという情報しかなかった。
「まずは散歩がてら、気になるところを見ていくしかあるまい」
シルヴェスターの腕に手を添え、エスコートを受けながら歩きだす。
「下の層へ行くには、馬車が必要ですわね」
「厩舎で声をかけてみるか」
徒歩で行き来もできるが、距離を考えると馬車を使うのが無難だ。
建物一つ一つを回るより、まずは大まかに島の特徴を捉えようと話がついた。
厩舎へ向かう道中で、礼拝堂から出てきた女性修道者に声をかけられる。
「ハーランド王国の方々ですね。はじめまして、修道者のマリタと申します」
長い金髪を後ろでまとめたマリタは痩身で、クラウディアたちの背後で視線を留めると、久しぶりと碧い目を細めた。
視線を受けとめた近衛が目礼する。
「お知り合いですの?」
「あちらのコスタスとは、幼馴染みなんです」
そういえば言い忘れていた、とシルヴェスターが口を開く。
「城塞都市の出身なのもあって、今回の護衛にコスタスを任命したのだ。故郷なら現地で訊けることも多いだろうと」
同行者が限られる中で、選ばれたのには理由があった。
コスタスは身長こそトリスタンと変わらないが、首が太く、体の厚みが倍ほどある。セメントに似た色の髪を短く切りそろえた上、顔つきが温和なのもあって動物のサイに似ていた。
「あら、ではわたしはお役御免ですね。島について皆様の疑問に答えられるよう、声をかけさせていただいているんです」
「とても助かりますわ。でも大変ではありませんか?」
「見回りを日課にしていますから、声をかける相手が増えたぐらいです」
城塞内外を問わず島を巡り、困っている声を拾うのだという。
先ほどのやり取りが気になって、クラウディアはマリタとコスタスに視線を向けた。
「もしよろしければ、お二人のことをお伺いしてもいいかしら?」
もちろんです、と軒先のベンチに座るよう勧められる。
クラウディアとシルヴェスターは並んで腰を下ろした。
「わたしは石工頭領の家に、コスタスは採鉱師の家に生まれた間柄でした」
両家とも先祖が城塞の築城に携わり、修繕を担っていたという。
過去形で語られたことに、コスタスは視線を落とした。
「わたしたちが十三歳の頃、病が島を襲ったんです。わたしの家族もコスタスの家族も犠牲になり……わたしは女であったことから家業が継げず、修道者になる道を選びました。現在は弟子の方によって引き継がれています」
「自分は島外へ興味があったので、城塞都市を出ました」
「もう戻って来ないのだと思っていたわ」
二十三年ぶりの再会だった。
「体は大きくなっても、優しい目元は変わらないからすぐにわかったけど」
「お前は相変わらず細いな。食べてるのか」
「このケントロン国ほど、食べ物に困らない国はありませんよ」
常に教会の支援があった。
島が病に襲われたときも、教会が助けてくれたという。
「島外から司祭様が来て、色々と力になってくださりました。残念ながら家族は間に合いませんでしたけど、わたしが修道者になったのも、あのときの救いが励みになったからです」
話を聞いて、クラウディアは点と点が線で繋がった気がした。
間違っているかもしれないけれど、とマリタに訊ねる。
「もしかして救援に来た司祭というのは、ナイジェルですか?」
「ご名答です。それから定期的に来訪してくださるようになり、今では財産が隠されていると考えられています」
教皇から聞いたナイジェルの話の中で、彼が率先して病に冒された人々を助けていた話を聞いた。この離島もその一つだったのである。
マリタは隠し財産について懐疑的だった。
「教会によって、既に一通り調査済みなんです。島にある洞窟も含めて。隠し部屋があるかもしれないと言われていますが、どうだか……」
未だ有力候補地として見なされているのは、生前のナイジェルが本島ではなく、こちらの離島によく立ち寄っていたためだという。
「皆さん、楽しく探しておられるのに、水を差すようなことを言うものじゃありませんね。ショワンウー王国のメイユイ様は、見付けた際には、全て教会に寄付するとおっしゃってくださっていますのに」
誰かが言い出しそうだとは思っていた。
元より自分のものでないから懐は痛まない。
そして教会が望む答えでもあった。これを見越して、情報は与えられたのだ。
居住まいを正したマリタがにこりと笑みを見せる。
「協力は惜しみません。気になったことがあれば何でも訊いてください。今日は天気も良いので、息抜きに浅瀬で泳がれるのもいいですし」
「本島と違い、この辺りは危険ではないか?」
コスタスの言葉に、マリタはふふっと笑い声を上げる。
「あら、相変わらず泳ぐのが苦手なのかしら」
「自分は泳げる。高貴な方々の話だ。自分たちのように島で育った人間ではないんだぞ」
「長く島を離れているから忘れているかもしれないけど、浅瀬なら大丈夫よ」
「泳ぎが得意なお前が言ってもな。他の海とは違い、ここで沈んだ者は、死者であれ浮き上がってこないぐらいだ」
近衛が注意すべきと考えるなら、クラウディアたちは安全を優先するまでだった。
念のためマリタが沖に流された場合の手段を教えてくれる。
「浮上さえできれば、時間はかかりますが本島の浜へ流れ着くこともあります。肝心なのは沈まないことですね」
「そういえば来るとき、船頭さんも似たようなことをおっしゃっていたわ」
「操舵は難しいですけど、対岸が見える距離ですから」
流れに身を任せるのが一番とのこと。