軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

03.悪役令嬢は東洋の王太子と出会う

朝に本島を出港し、離島の船着き場に到着した頃には昼になっていた。

日差しが高くなり、影が真っ直ぐ足下に落ちる。

広々とした浜を見ると、どこからでも攻められそうだが、浅瀬に来るまでが一番の難関だった。クラウディアたちが難なく上陸できたのは、ひとえに船頭をはじめ漕ぎ手が慣れているからである。

(島の外にも透明な壁があるようだわ)

潮流という壁が。

クラウディアを降ろした中型船は、すぐ帰路に就いた。

到着を待っていた案内人が人数を確認する。

「ようこそおいでくださいました。ハーランド王国のご一行は、五名様ですね。丘上の城塞へは馬車で向かいます。案内しますので、停留所までご同行ください」

船着き場から見える位置に、簡素な待合所が設けられていた。

屋根と柱だけで壁はなく、椅子だけが設置されている。

馬車の停留所も兼ねており、迎えの馬車が来るまで少し待つことになる。

「お着きになった順にご案内しておりますため、ご不便をおかけ致しますが、何卒ご了承くださいませ」

乗ってきた中型船もそうだが、馬車も朝から働きづめで浜から城塞までを往復していた。間が悪く、用意された馬車は全て出払っているとのこと。

待合所へ入る前に、高さ三メートルはある石壁を軽く見て回る。

奥行きもある壁がカーテン・ウォールとして島を一周しているのを考えると、気が遠くなりそうだった。

(一体どれだけの月日と人員が割かれたのかしら)

当時から教会が拠点としてケントロン国を重要視し、バックアップを受けていたから築城できたと言われている。

壁を見上げながらシルヴェスターが呟く。

「途中で大型船から中型船に乗り換えたとして、壁を破壊できる兵器を持ち込めるか? 持ち込めたところで使えぬか……」

「まず距離を稼げませんからね」

答えたのはトリスタンだ。二人して、どうやったら城塞都市に攻め込めるか思案していた。

シルヴェスターのいう兵器とは、投石機などを指している。王城にあるので、クラウディアも見たことがあった。

投石機は、大きく重い発射体――岩などを射出することで、壁を崩すものだ。

言わずもながら投石機自体も大きく、運用には時間と労力を要する。

利点は、相手の攻撃が届かないところから使えることだが、石壁に対して浜辺は横に広がっているため離れて置くことができない。

また、設置には足場の安定が不可欠で、とてもじゃないが中型船の船上では使えなかった。

「泥臭く、坑道戦でしょうか?」

クラウディアには聞き慣れない単語が、トリスタンの口から出る。

「坑道戦とはどういったものなのです?」

「地面に穴を掘って、トンネルをつくるんです。地中から壁を崩す方法ですね」

「モグラのように潜って、ひたすら土を掘り進むのだ。単純な作業だが、陥没の危険がある上、相手もそれを狙った攻撃をしてくる。時間との勝負だな」

攻囲側は使えなくとも、籠城側は投石機を十分に活用できる。まず潜るための穴を掘らせてもらえるかどうかだと、シルヴェスターは語る。

「第一関門を突破できたとして、坑道の場所を気取られたら終わりだ。対抗坑道といって内側からもトンネルがつくられ、燻り出しなど迎撃の憂き目に遭う」

「場所って、わかるものなのですか?」

地中の動きをどうやって見破るのか、クラウディアにはわからなかった。

「水を張った鉢を並べて置いておけばいい。思いのほか、作業の振動は伝わるものだ」

何もなければ水面は静かなままだが、それが波打ったときは、敵が近づいている証拠だった。

まぁ、とクラウディアは目を丸くする。

「では坑道戦も難しそうですわね」

「そもそも無事に上陸できているのが前提の話だからな」

シルヴェスターは振り返り、海を一望する。

船を降り、浜から眺める分には大きな波もなく穏やかである。

けれど海底は複雑に隆起し、潮流は速さもあるが独特の流れを持っていた。

「城塞都市に近付けたとしても陸地から海上を狙われ、浜や岸に上陸しようものなら攻撃が集中する。この島の地の利を活かした、難攻不落の名に相応しい築城だ」

トリスタンが感極まった表情でゆっくり頷く。

戦については知識が乏しいため、クラウディアにとっては興味深い時間だった。

攻守それぞれの視点に立ってみると、ただの石壁も見え方が変わってくる。

「滞在中は自由に散策できるようだから、続きはあとにしよう」

シルヴェスターやトリスタンにとっては見るべきものが多そうだ。

本来、城塞内部は国の機密事項である。それを観察できるのだから、テンションが上がるのも納得だった。

一区切りにし、待合所へ入ったところで、クラウディアは派手な人物が一人立っていることに気付く。

先客がいた。

すぐさま頭に入れてある参加者リストの中から、該当する人物を探す。

(東洋、ファンロン王国のリーウェイ殿下かしら)

ケントロン国から海を挟んで東に位置する国々の一つ、ファンロン王国。

東洋からはあと二つの国が参加するが、中でも一番遠方の南に位置する国だった。

(王様は帝と呼称するのよね)

独自の文化が発展しており、西洋と東洋では服のデザインからして異なる。

丈の長い詰め襟のシャツの中心を、ボタンではなく紐で留めているのが特徴的で、リーウェイが着るワインレッドの涼やかな生地には、龍と呼ばれる幻想生物が真っ赤な糸で全体的に刺繍されていた。

目にも鮮やかなシャツのスリットからは、ゆったりとした幅の広い黒色のズボンが覗いている。赤褐色のごついブーツは、長旅も難なくこなせそうだ。

リーウェイ自身はクセのない黒髪を腰まで伸ばし、丸眼鏡をかけていた。

切れ長の目に収まる瞳は黒く、目尻には赤いアイラインが引かれている。

高い身長は、百八十センチぐらいあるだろうか。

(前評判では軟派だと聞いているけど)

悪くいえば遊び人。

下の者に対して傍若無人で、スラフィムと同じ二十六歳だが落ち着きがなく、王太子妃がいるものの後宮には絶えず新しい妃が増えているという。

王太子の身分と整った顔立ちから、相手には困らないのが容易に想像できた。

クラウディアと目が合った瞬間、リーウェイの表情が、ぱぁっと華やぐ。

「これはこれは、西洋の珠玉と名高いリンジー公爵令嬢やないですか!」

声高に名前を呼ばれた次の瞬間には、もう目の前にいた。行動が速い。

カーテシーをする間もなく片手を取られ、手の甲にキスを落とされる。

いささか強引な所業に、シルヴェスターの纏う空気が硬化した。

(わたくしも成長したわね)

シルヴェスターの考えがわからず、恐怖していたのが懐かしい。

今ではトリスタン同様、なんとなく気配で機嫌がわかる。

「絵姿を拝見しとりましたが、さすがの絵師もご令嬢の美しさを再現するのは難しかったみたいやね」

「お褒めにあずかり光栄ですわ、リーウェイ殿下」

手を放したあと、リーウェイは後ろで手を組んだ。そのまま視線が合いやすいよう前屈みの姿勢を保つ。

にこにこと人懐こい笑みは、クラウディアとの会遇を心から楽しんでいた。

そこへシルヴェスターが割って入る。

「婚約者を褒めていただき、私からもお礼を申し上げる。はじまして、リーウェイ殿下。ハーランド王国の王太子シルヴェスターだ」

表情は穏やかだが、クラウディアは内心ひやりとした。文字通り、シルヴェスターが二人の間に体を入れ、クラウディアを背中に庇ったからだ。

先に礼を失したのは向こうだが、彼も顔合わせに来ている王族である。

挨拶の範疇なら、大目に見ていいところだった。

(シルに限って不覚を取ることはないでしょうけれど)

シルヴェスターにしては、動きが露骨な気がした。

彼もリーウェイの人となりを聞いているからだろうか。

(まさか試されているのかしら?)

これでどれだけリーウェイが不快感を持つか。

軟派である他に、下の者に対し傍若無人という評価もついていた。

同等の王族に対してはどうなのか、彼のボーダーラインを探っている可能性はある。

「ご丁寧にありがとうございます、シルヴェスター殿下。ファンロン王国の王太子、リーウェイと申します。こないな美人が婚約者だなんて羨ましい限りですわ」

「後宮を持つ貴殿にそうおっしゃっていただけるのは有り難いが、恥ずかしながら私も婚約者も経験が浅い。もう少し距離を取っていただけると助かる」

「おや、失礼、踏み込み過ぎましたか」

いかんせん女性には目がなくて、とリーウェイは声に出して笑う。

好色の自覚はあるようだ。

「クラウディア嬢にも謝罪を。これで嫌われてしまっては元も子もないっちゅーもんで」

笑みを絶やさない様子は飄々としていてつかみ所がないものの、気分を害した様子はなかった。黒々とした瞳は、気配を探っているようでもある。

(横暴な面は、今のところ出ていないわね)

頭に入れていた情報を更新していく。

書面と、実際に会って得たものでは感じ方が違うし、人によって態度が変わるのもよくあることだった。

お妃教育の課題には、今回の顔合わせで受けた印象を報告するのも含まれている。

「さすがハーランド王国ともなると、同行者が多いなぁ。自分は見てのとおり一人です」

同行者の上限は、ケントロン国、ひいては教会との関係性で決められていた。

リーウェイは近衛だけでなく、侍従も本島に置いてきたという。

城では世話係が用意されているため、同行者がいなくとも困りはしない。

とはいえ、気心の知れた人間がいるといないでは大違いだ。

クラウディアは、単身での上陸は厳しそうだと考えてしまうが、リーウェイは違うらしい。

「口うるさい侍従がいなくて、せいせいしとります」

「その分、教会が目を光らせてそうだが」

「あぁ、せやった! 世話係がいるっちゅー話やけど、結局はお目付け役やんなぁ。自由にさせてほしいわ」

大っぴらに肯定するのははばかられるけれど、そういうことだった。

教会側で管理したい人物ほど、同行者が制限されているのは第三者の目から見ても明らかで、該当者は何かしら注視すべき問題を抱えていた。

(リーウェイ殿下は、やはり好色さかしら)

参加者には女性もいる。ここで手を出されて国際問題になれば、調停役を担う教会が一番困るのだ。

だからといって招待しなければ禍根が残る立ち位置に、リーウェイはいるのだろう。

ほどなくして迎えの馬車が停留所に到着する。

「お待たせ致しました、ハーランド王国の皆様からお乗りください」

「あら、リーウェイ殿下はいいのかしら?」

彼のほうが先に待っていた。

案内人に声をかけると、リーウェイがひらひらと手を振る。

「自分のことは気にせんでください。序列は大事ですから」

教会の教えのもと、国に序列はない、というのが表向きの考え方である。

でも現実は国力の差が存在し、それが基準になった。

「ほんまに気にせんで。ここで一番に顔合わせできるのも楽しいねん。風に当たってるのも気持ちええし」

タイミング良く、壁のない建物の間を風が通り抜けていく。

(これ以上は、逆に気を遣わせるだけね)

リーウェイがそう言うならと、クラウディアは辞した。

「ではお先に失礼いたします」

「また城でお会いしましょー」

馬車に乗り、腰を落ち着かせると、御者が出発の合図を出す。

ゆっくり車輪が回転していく中でクラウディアは口を開いた。

「事前に聞いていた人物像とは、少し違いましたわね」

「軟派なのは確かだが、傍若無人というほどではないな」

リーウェイから受けた印象は、シルヴェスターも同じだった。

まだ軽く言葉を交わしたに過ぎないものの、現在の認識を共有しておく。

「挨拶のとき、リーウェイ殿下の反応を見るために、あえてわたくしを庇われたのですか?」

「君への軽々しさに腹が立ったのもあるが、そうだ。ただ、あちらも同じでないかな」

「リーウェイ殿下も、わたくしやシルの反応を見ておられたと?」

「観察されていた気がする。普通のことではあるが」

初対面においては、相手の快不快を読み取ることが一番重要である。

国際会議の参加者全員が念頭に置いているだろう。

「門を抜けるな」

シルヴェスターの言葉で、馬車に乗っていた全員が窓から外を見た。

カーテン・ウォールの中に入るべく城門をくぐる。

見上げると落とし扉の尖端にあるスパイクが窺えた。

この先に、城塞都市の一層目があるのだ。

城門の屋根から落ちる影を抜け、馬車が再び日差しを受けたときには、視界が広がっていた。

青々とした緑と共に、土のにおいがする。

田畑が広がり、ぽつぽつと民家がある風景は、長閑で馴染みのあるものだった。

遠くには牧場も見える。

「目に見える全てが城塞都市の一部なのですね」

「これだけライフラインが整っていれば、長期戦も心強い」

「島民も含めて、島そのものが城塞都市ですからね! 本島からの援護を待つには十分過ぎますよ」

トリスタンは興味が尽きないらしく、興奮しっぱなしだ。

視線を先へ向ければ、元は岩山だった丘に威風堂々と城塞が鎮座している。

馬車は緩やかな坂を上がり、二層目を目指す。

二層目のカーテン・ウォールの前には堀があり、城門には跳ね橋がかかっていた。

城門をくぐると景色が様変わりする。

「大きな建物が多いですわね」

牧歌的な雰囲気がなくなり、都市部の色合いが濃くなる。

区画ごとに整列する建物がそう思わすのかもしれない。

「見えるのは、兵舎や厩舎、あとは倉庫群か」

城塞としての機能が顕著になってきていた。

一層目と同じ地質の二層目を越え、更に上へ。

最後の城門に来たときには、裾野の岩肌が覗いていた。

いよいよ難攻不落と名高い城塞都市の王城に到着だ。