作品タイトル不明
48.悪役令嬢は真実を告げる
フェルミナがバーリ王国へ移動し、ハーランド王国での聖女祭は無事に終わりを迎えた。
昨晩はリンジー公爵家で慰労会がおこなわれ、クラウディアは肉食を謳歌した。
そして今、一つの決心を胸に、朝一で王城の私室に来ている。
外では木枯らしが吹いているが、部屋の中へ差し込む光を見ている分には、春に取り残されているようだ。
(ナイジェルの異端審問はいつになるかしら)
フェルミナの告発は公にされていないが、準備は着実に進んでいる。
その事務作業に追われ、聖女祭期間中もシルヴェスターは多忙を極めていた。
ナイジェルによって引き起こされた暴動の後処理もある。
基本は現地の領主と教会が話し合うのだが、内容は国も把握しておく必要があった。
今も時間をつくれないシルヴェスターのため、クラウディアのほうが王城へ待機することにした。
タイミングはいつでもいいと伝えてある。
手持ち無沙汰にならないよう、クラウディアも書類仕事を持ってきていた。
気付いたら――昼だった。
床にできる光の窓が、角度を変えている。
昼食を用意してもらい、自室で食べた。
一息ついて、部屋の中を歩き回る。
一周、二周……途中からは数えるのを止めた。
気持ちがそわそわして落ち着かない。
(フェルミナの告発に比べれば大したことないわ……多分)
護送から逃げて、シルヴェスターと離れている間に抱えていた不安。
その原因について思い当たる節があった。
だから決めた。
シルヴェスターだけでも話そうと。
どんな反応が返ってくるか、まったく予想できないけれど、隠し続けるよりは打ち明けるほうを彼は望むはずだ――。
気付いたら床から光の窓が消えていた。
間食にと運ばれてきたクッキーと紅茶で一息つく。
まだ日があるうちに王立図書館で本を借りてこようかと思案していたときだった。
待っていたノックの音が響く。
「シル……!?」
招き入れた瞬間、抱き締められる。
「ああ、やっと触れられる」
「禊ぎが終わりましたものね」
聖女祭が終わり、諸々が解禁になっていた。
昨晩はヴァージルともハグを交わした。
(このことは黙っておきましょう)
知られると厄介な気がする。
「ディアの香りだ」
「吸わないでくださいね?」
クラウディアも人のことは言えないけれど。
シルヴェスターはぐりぐりと、クラウディアの肩に額を押し付けた。
首筋に触れる、さらさらの髪がくすぐったい。
ぎゅっと腕に力を込められる。
「ディア」
「はい」
「愛している」
「わたくしもよ」
答えながら、クラウディアもシルヴェスターを抱き締めた。
背中への距離が遠く、前より体ががっしりしたのを確認する。
「ディア」
声の甘さに心臓が跳ねる。
何度聞いても慣れず、顔が熱くなるのを感じた。
(なんていうか、腰砕けになりそうなのよね)
その場に座り込んでしまいそうになるのを両足で耐える。
「シル、そろそろ」
「まだだ」
「お時間はありますの?」
「……」
あまりないらしい。
では、とソファーへシルヴェスターを誘導する。クラウディアも隣に腰を下ろした。
薄く色付く唇から、スッと通った鼻筋、艶めく黄金の瞳を見る。
簡単に触れられる距離にいられることが嬉しい。
普通に、そこにあることが。
「わたくし、シルに打ち明けねばならないことがあるのです」
そわそわと落ち着かなかった気持ちが、今度は明確に心臓を脈動させる。
口を開いても、中々声が出ない。
(謝りに来たチェステアもこんな気分だったのかしら)
クラウディアの緊張を瞬時に察したシルヴェスターは、大丈夫、と手を重ねた。
一回り大きく、節くれ立った頑丈な手。
いつだってクラウディアを守ってくれる手。
伝わってくる感触と体温が、安らぎをもたらしてくれる。
ほっと息をつくと、シルヴェスターは笑顔を浮かべた。
「ようやく堂々と触れる」
「お出迎えしたときから、お触りになっておられますけど」
「ああ、まだ全然足りない」
「……わたくしも、全然足りませんわ」
お控えください、と苦言を呈すつもりだったのに、本音のほうがこぼれていた。
こつん、と額を合わされる。
「ふむ、熱はないようだな」
シルヴェスターは、あくまで緊張を解そうとしてくれる。
次いで、頭にキスが落とされた。
「無理はしなくていい」
頷きで答えつつも、もうだいぶ鼓動は治まってきている。
考える前に口を動かした。
「きっと信じられない話だと思います」
他者からすれば、妄言と区別のしようがない。
それでもクラウディアは、逆行について打ち明けると決めたのだ。
ある程度かいつまみ、別の人生を送っていたこと、流行病に伏せり、十四歳の時点へ逆行していたことを話す。
静かに話を聞いていたシルヴェスターの反応は、穏やかだった。
「なるほど、聖女は君だったのだな」
いや、アプリオリか? と「聖女」という言葉が使われる前の存在に言い換える。
「となると、君が 補佐役(アプリオリ) を務めたのは、ある意味正しかったのか」
「疑われませんの?」
「ディアがこれだけ覚悟を決めて話しているのに、疑う余地がどこにある。それに私としては、色々と腑に落ちた」
学生時代、フェルミナに対し異常に恐怖を抱いていたこと。
人生経験が豊富に感じられること。
今まで感じていた小さな違和感が、これで解消されたと言われる。
すんなり受けとめられて、クラウディアは拍子抜けした。