作品タイトル不明
40.悪役令嬢は思いの丈をぶつける
「わたくしは、きまぐれな神様以前に、母親にすら愛を、尊敬を返せませんでした。未だに自分が許せません。けれど、そのとき学んだのです。自分の愚かさと、神への畏敬を」
しっかりと異端審問官を見据える。
「孤独がきっかけで黒魔術に手を出したなんてありえません。わたくしには神への信仰があり、祈ることができました。あるのは生まれ持った唯一の信仰だけ。他が入る余地などないのです。そもそも孤独でもありませんでした」
兄のヴァージルに、侍女長のマーサ。
屋敷で働く人たち全員が自分を見守ってくれていた。
「身内だから証人にはならないのでしょう。では体調を崩されているパトリック様はいかがですか。彼自身が黒魔術の傾倒者で問題を起こしたことは、王妃殿下も知るところです」
証人が呼べない場で、パトリックについて触れるのは得策とは言えない。
クラウディアの正しさを証明する手立てがないからだ。
案の定、異端審問官が高らかに意見を述べる。
「そのパトリック氏を唆し、体調悪化の原因となったのも、あなたではありませんか。あなたがご自身の罪に、彼を巻き込んだのです」
あるのは、異端審問官にとって有利な証拠ばかり。
だからといって問答しないのは、疑念を招くだけだ。
「お香についても身に覚えがありません。異端審問官様は、現地で発見されたとおっしゃいましたが、わたくしが関与している証拠はお持ちですか?」
「先ほども述べたとおり、この手にあるお香が唯一の証拠です。上手くやりましたね。暴動が起きてしまえば、煽動した証拠も消し飛んでしまうのですから」
「わたくしが関与している証拠はお持ちではないのですね」
確信を得たと頷きながら、話の論点をズラすのは許さない。
クラウディアがすべきなのは、心証を良くするのと同時に、できるだけ証拠が不確かなものである印象を植え付けることだ。
「アラカネル連合王国に商館があるのをいいことに、財産を隠していたことについても否定いたします。リンジー公爵家の運航スケジュールを検めてください。わたくしの商館が他家との取引で手一杯だったこと、積み荷の量から、余分な財を輸送し、蓄える余裕がなかったこともおわかりいただけます」
事実である。
内陸部に領地を持つリンジー公爵家が動かせる船は限られており、常に積載量ギリギリの荷物が積まれていた。ましてやクラウディアの独断で動かせる船などない。
「他で用立てれば済む話では?」
「簡単におっしゃられますのね。リンジー公爵家ですら満足に動かせない船を、小娘に過ぎないわたくしが、どうやって用立てられますの? 方法があるなら、ご教授願いたいくらいですわ」
「証拠を残していないから、強気でいられるのですかな? 過密スケジュールで運航されていた船があることは、こちらも掴んでおりますよ」
これでウーゴスが、ナイジェルの駒であったことが確定された。
(けれど召喚されず、港に残っていた……?)
考えてみれば、予定どおり財産となる貨物を運び切れなくとも、彼を証人として呼ぶことはできたはずだ。
彼はクラウディアの依頼だと信じていたのだから。
理由が気になるものの、今は間をおかず返答することを優先する。
「わたくしが心を強く持っていられるのは、信仰心があるからですわ。きまぐれな神様の奇跡に縋っているのではありません。今まで敬虔に過ごしてきた自負があるから、前を向いていられるのです。証明するものがない以上、過密スケジュールに関するものは異端審問官様の憶測に過ぎません」
「よく口が回るものです」
「何もやましいことはないのに、怯えて小さくなっているのがお望みですか? 当然、緊張はしています。このまま間違いで断罪されるのではないかという不安もあります。でも、それ以上に」
ゆっくり、呼吸する。
言葉に思いの丈を、熱を、のせる。
「間違いは正されると証明したいのです。えん罪に、下を向く必要はないことを!」
クラウディアは信じていた。
信じられる者、全てを。
これが最後ならばこそ、信じ、全力を尽くしたかった。
リンジーブルーのブレスレットに触れながら、一時も俯かず、顔を上げ続ける。
青い輝きが、自分の瞳にも宿っていることを自負して。
「わたくしは自分の愚かさを知り、学びを得ました。人は間違っても、正せるのだと。また不完全な存在ゆえ、間違うこともあるのだと。これが教義に反していますでしょうか?」
本来、異端審問は間違いを認めさせ、正す場だ。
極刑は異例である。
判決を下す枢機卿たちにも疑念があって当然だった。そこへ訴えかける。
(ナイジェルの息がかかっていても、全員が心酔しているとは考えられないもの)
フェルミナが聖女になった件もそうだ。
果たしてナイジェルの力だけで成立できるものだろうか。
教会の機運、ナイジェルの思惑、フェルミナの資質が全て合わさった結果だと、クラウディアは考えていた。
「最後にもう一度だけ、皆様に宣言致します。わたくしの胸にあるのは、生まれ持った唯一の信仰だけです。黒魔術が入り込む余地など、きまぐれな神様に誓って、ありません」
立ち上がったときと同じ表情で着席する。
進行役は、枢機卿たちにも発言はないかを問うた。
枢機卿たちは互いを窺うものの、沈黙を貫く。
その沈黙を破ったのは、フェルミナだった。
「わたしから、よろしいでしょうか」