作品タイトル不明
38.悪役令嬢は裁かれる
王国騎士団はニューベリー騎士団長によって完璧に統率されており、護送中、クラウディアが不快感を覚えることは一度もなかった。
王家の侍女も随行してくれていて、立ち寄った宿ではお風呂にも入れた。
(ヘレンがいないのは仕方ないわね)
この護送は、あくまで教会の代わりだ。リンジー公爵家が介入する余地はなかった。
護送について、教会との間でどう話がまとまったかは知らされていない。
「教会本部へ着きました」
馬車の外から、ニューベリー騎士団長の声が届く。
極力クラウディアの所在は隠させており、カーテンはずっと閉ざされていた。
馬車を降り、身柄を教会へ引き渡されている間も、周囲を窺うことは叶わない。
(とても素晴らしい建築だと聞いているだけに残念ね)
とはいえ、今のクラウディアに景色を楽しむ余裕はないのだが。
平静を取り繕っているものの、徐々に脈動は激しくなっている。
教会の騎士に取り囲まれると、否応無しに緊張が走った。
教会本部、居住区にある客室へ連れて行かれる。
他国の王族などが来訪した際、宿泊できるよう設けられた施設だ。
(容疑者にしては、好待遇だわ)
政治的取引があったことが察せられる。
ただ他者との面会は一切許されない。
特に魔女の容疑がかかっているクラウディアだから、警戒されているのかもしれないが。
(どう考えても、裁かれる側が不利よね)
異端審問では、証人すらも呼べなかった。
権利があるのは、意見を述べることと現地の修道者から弁護人を呼ぶことだけ。
(ここまで来たら、全て受け入れるしかないわ)
覚悟して来たのだから。
クラウディアは心が乱れないよう、手首にあるリンジーブルーのブレスレットを頼りに安らぐことに集中する。
夕方には、明日、異端審問が開かれるとお達しがあった。
◆◆◆◆◆◆
クラウディアは教会の騎士に連れられて、異端審問の場――礼拝堂――に入る。
専用の施設はないようだった。
中央部に対立する机と椅子が二脚セットされ、離れて両脇に並べられた長椅子に傍聴を許された、現地の修道者たちが座っている。
クラウディアの登場と共にざわめきが起こり、厳しい視線が集中した。
彼らにとって、この場に召喚された時点で、すねに傷を持つ者なのだ。
ぐっと耐えながら、中央右側の椅子に着席する。隣に騎士が立った。空いた席は、このあとに選ぶ弁護人のものだ。
次いで、異端審問官が対面する席に着く。
右手奥には高座があり、最奥の真ん中には一番高い椅子が設けられていた。
まだ空席だが、判決を下す枢機卿たちのものだろう。
(まさか一番上にナイジェルが座らないわよね?)
枢機卿という役職に上下はない。
けれど、ナイジェルの企てである以上、ないとも言い切れなかった。
進行役が口を開く。
「それでは、クラウディア・リンジー。審問がおこなわれる前に、この場にいる修道者の中から弁護人を選んでください」
面識がないため選びようがないのだが、異論は認められない。
傍聴席に座る修道者たちを静かに見回す。
憎々しい感情が溢れている者は避け、目が合っても視線を逸らさなかった者を選んだ。真摯にこの場を見極めようとする姿勢に賭けたのだ。
元より弁護は期待していないが。
彼らには裁かれる時点で、悪だという先入観がある。裁判という形式上、弁護人が用意されているに過ぎなかった。
選んだ修道者が隣に着席する。
眉毛が太く、目力のある女性修道者だった。修道服の胸元を瑞々しい紫色の花で飾っている。細長い筒状の先端がラッパのように開いた花弁は、質素な修道服に映えた。
着席後、女性修道者は前だけを見続けている。
ピン、と背筋を張り、人前でも緊張した素振りはない。
ほどなくして枢機卿たちの入場が告げられた。
最奥の一つを除き、高座は五席。
右端にフェルミナが着席し、その隣にナイジェルが、他の枢機卿と続く。
(いても驚きはないけれど……以前より痩せたかしら?)
顔を上げているナイジェルに対し、フェルミナの視線は下がっていた。
大聖堂の裏手で断罪されたときより、弱々しい印象を受ける。あれだけ生き生きとしていた彼女はどこにいったのか。
ここにきてフェルミナが演技をする必要はない。
観衆は聖女であるフェルミナよりも、別のところに気を取られていた。
枢機卿全員が着席しても未だ一つ、空席が残っている。
高座の最奥、一番高い席が。
(最奥は誰が? まさか)
枢機卿より上位の役職は一つしかない。
緊張が強まり、拳を握る。
進行役が、教皇の入場を告げた。
その場に居た全員が祈りの姿勢を取る。クラウディアも例外ではない。
進行役の合図で顔を上げる。
「今回の異端審問では、特別に教皇猊下と聖女様が列席されます。判決を下すのは、枢機卿の四名。満場一致にて判決となります」
いよいよ裁判がはじまろうとしていた。
弁護人の修道者に倣い、クラウディアも正面を見据える。
そうでもしていないと教皇の威厳に気圧されそうだった。
(教皇猊下が列席されるなんて予想外だわ)
誰もが、ひしひしと空気が重たくなるのを感じていた。
こほん、と進行役が咳払いする。
「では、まず異端審問官、意見を述べてください」
「はい。私は、魔女たるクラウディア・リンジーに極刑を求めます!」
教義に反し、黒魔術に傾倒したこと。これについては、同様に黒魔術を信仰し、儀式をおこなったパトリック・サンセットからの証言があるという。
「パトリック氏は王都を離れ、領地にて静養される中で改心されました。そこで私に、同胞であったクラウディア嬢を救うよう頼まれたのです!」
異端審問官は、しっかり筋書きを用意していた。
「パトリック氏は体調が優れず、ベッドから起き上がれない状態のため、証言は文面で提出させていただきます」
(サンセット侯爵家には根回し済みなのかしら?)
現当主をはじめ、エリザベスが許すかと疑問に思う。
いくら改心したとはいえ、侯爵家の嫡男が黒魔術に関わっていたと公表されたのだ。
異端審問は限られた場だが、傍聴席には修道者たちもいる。箝口令が敷かれない限りに、人の口に戸は立てられない。
(事前に動きがあれば、エリザベス様が教えてくれるはずよ)
クラウディアに魔女の容疑があると伝えられても、彼女なりに裏を取ろうとする。
後先のことは考えられていない可能性が高かった。
(本来なら、ナイジェルの手の内だけで終わるはずだったのだもの)
あのままノリス司祭によって護送されていれば、教皇の列席もなかったかもしれない。
聖女、フェルミナも王都の大聖堂にいたのだから。
異端審問官は、最初はクラウディアを救うためだったと強調する。
「ですが調べを進めるうちに、恐ろしいことが判明したのです。クラウディア嬢はなんと、自領だけを繁栄させるため、他領の難民を煽り、暴動を起こさせていました!」
異端審問官が忌々しく表情を歪めながら取り出したものを見て、クラウディアは平静を崩しかけた。
白く薄い紙に包まれていたのは、見覚えのあるお香だった。三角錐の尖端が焦げて、少しだけ使用した形跡がある。
まさか、と思った瞬間、異端審問官は憎しみのこもった目でクラウディアを睨み付けた。