作品タイトル不明
30.悪役令嬢は迷わない
それぞれの視線を感じながら、クラウディアは目を閉じる。
胸にある思いを、より明確にするために。
青い瞳が確固たる意思を湛える。
「現在の状況がどうであれ、わたくしがやることは変わりません」
「背後に不安があってもですか?」
「ご心配痛み入りますわ。できることをするまでです。とはいえ、スラフィム殿下を無理に付き合わせる気はありません」
彼も彼で国を背負っている。
泥船には乗りたくない思いはあるだろう。
「そんな寂しいことをおっしゃらないでください。迎えを出した際の、非礼もまだ償っていないというのに」
「ああ、試したことについては償えよな」
「重々わかっていますよ」
今度はクラウディアのほうが情報を出す番だった。
その前に一つ、確認しておきたいことがある。
「スラフィム殿下は、何故ウーゴスを探っておられたのです?」
イーダが動いていたのは、上役――スラフィムの指示だ。
ウーゴスについて何を掴んでいるのか知りたかった。
「大型船にもかかわらず、頻繁に目にする船があると報告が上がってきたんです。海上で知らないことがあれば名折れですからね、探らせていました」
とはいえ、港町へ派遣している人員を交代させるついでだったという。
スラフィムは、イーダたちを「足」と表現したが、クラウディアはそれが全てだとは思えなかった。
何せ彼らは海賊だ。
(ウーゴスが船を出していれば、拿捕されていたかもしれないわね)
アラカネル連合王国、海上保険を金融商品の一つにしている。
不明要素を排除したい気持ちは理解できるが、ウーゴスはハーランド王国の商人である。
いささかラインを越えている感は否めない。
だがここで着目すべき点は、先立って彼らがウーゴスの船を頻繁に目撃していたことだろう。北へ行っていたのは、押収した日誌からわかっている。
(一度のことではなかったのね)
あと、とスラフィムが口を開く。
「これはイーダからの報告でわかったことです。以前、我が国の領海で海賊に拿捕された船を救出したのですが、それも彼の船だと判明しました」
「わたくしもその話は聞きましたわ。貨物を奪われ、船と乗組員だけ解放されたと」
「はい。それがきっかけになって、彼は無理な運航をはじめたのではと考えています」
ウーゴスの動きを整理しながら、クラウディアは彼を捕まえたことを告げる。
「押収品の内容から、ナイジェルが関わっていると見ています」
「また、あの男なんですね」
煮え湯を飲まされそうになったことを思いだしたのか、スラフィムが眉根を寄せる。
「ですがウーゴスは、わたくしの指示だったと本気で信じていますわ」
「なんですって!? では、指示のあった運航全てが、ナイジェルの企みだったということですか?」
クラウディアは頷くも、このことによるナイジェルの狙いは読めていない。
「以前ウーゴスの船が海賊に襲われた際に、積んでいた貨物は何かわかりますか?」
「確か財宝の類いです。自国での災害に備え、財産の一部を他国へ移すのはままあることなので、運悪く狙われたのでしょう」
押収品と内容が似ている。
規模は拿捕されたときのほうが大きいようだが。
(誰かの財産をウーゴスは移動させていた。誰か? 違うわね、彼はわたくしの財産を動かしているつもりだったのよ)
そこでスラフィムの言葉と、ナイジェルの狙いが繋がる。
「ナイジェルは、わたくしが財産を隠しているように見せたかったのではないかしら」
「大いに考えられます。自国での災害、それが今回言うところの暴動ですか」
「予め国が荒れるのを知っていたから、事前に隠し財産を移動させた。暴動が起き、調査の手が足らなくなると見越してね」
「そして我が国で、隠された財宝が見付かれば、クラウディア嬢の悪事の証拠となる。異端審問にも影響しそうな筋書きです」
けれど運悪く、先の運航では海賊に襲われてしまった。
(何が何でもウーゴスは補填しようとしたでしょう)
リンジー公爵令嬢の財産を損なわせたとなれば一大事だ。私刑に遭うかもしれない。
その結果が過密スケジュールであり、少量あった貴金属や美術品である。
(もしかしたら当初は、お香を使う予定ではなかったのかしら?)
海賊に襲われたことで、無理をさせるしかなくなった。
一度で物品を用意することが叶わず、数回に分けてでも運ぶ必要があった。
空の木箱は、疑いを持たれないために、少量の輸送を誤魔化すためのものだったのだろう。輸送時、船は貨物でいっぱいにするのが普通だ。
「となれば、隠し場所が我が国にあるということですね。既に運ばれたものがないか、クラウディア嬢の商館近くの港を中心に、こちらで捜査をおこないます」
「よろしくお願いしますわ」
これでクラウディアから出せる情報は出し切った。
スラフィムはメモを取りながら、ほっと息を吐く。
「協力できることがあって安心しました。ただ失礼をしただけで終われば、面目丸潰れですから」
しかし、と言いながら、スラフィムは顎に手を当てる。
「自分たちも信仰の違いから目の敵にされがちですが、クラウディア嬢ほど粘着はされていません。よほどナイジェルに恨まれているんですね」
眉尻を下げるスラフィムに、クラウディアは苦笑を返した。
正直なところ、恨まれているとは思っていない。
(馬車で話したときも面白がられているようでしたし)
何がナイジェルを惹き付けたのか。粘着されていることは確かだ。
デザートを含めた食を終えたところで、改めて助言される。
「あまり言って嫌われたくはないんですが、シルヴェスター殿下を信じすぎないほうがいいでしょう。裏切られる可能性も視野に入れておくべきです」
最悪の想定。
現実では何が起こるかわからない。
無条件に信じるのではなく、もしかしたら、という余地も残しておくこと。
スラフィムの言葉は、災害への備えと同義だった。