作品タイトル不明
14.悪役令嬢は競合相手と出会う
「イーダ様! 少しお時間をいただけますかな」
目の前に、スーツ姿のいかつい色黒の男性が現れる。
手には蝋板のメモを持っていて、ウーゴスの言うとおり、コンテナの大きさを確認している最中だった。
隣には中性的な青年が立っている。イーダと呼ばれた色黒の男性は体格が良く、比較すると青年が一回り小さく映った。歳も十代後半といったところだ。
イーダは、クセのある長めの髪をまとめて後ろで縛り、濃い茶髪に入れられた赤色のメッシュが目を引く。
商人というより、彼自身が船乗りのようで、スーツの二の腕部分ははち切れんばかりだった。下手をすると、クラウディアの太ももくらいあるかもしれない。
三十代くらいだろうか、短く整えられた顎ひげと口ひげがフェイスラインを彩り、彫りの深い顔立ちからガーネットの瞳が覗く。
「なんだ? そちらのお美しい女性をご紹介いただけるなら、願ったり叶ったりだが」
色気が滲む、腹に響くような低音だった。
どこか危険な香りのする雰囲気と相まって、紹介されるでもなく婦女子から人気は高そうである。
ウーゴスがそれぞれを紹介し、競合している旨を伝える。
「なるほど、客同士を競わせて売価を上げる魂胆か」
「いやいや、お人が悪い。私は赤裸々に実情をお伝えしているだけですよ」
クラウディアも、イーダと同じ意見だった。
さすが商人、と思わくもないけれど。
ふと視線を流すと、イーダの隣に立つ中性的な青年と目が合う。
緑色で長いストレートの髪をポニーテールにし、彼もスーツを着ていた。
目鼻立ちが整った、涼やかな淡い青紫色の瞳で、思いっきり睨まれる。
険しい表情から、競合相手に認定されたのを察した。
(それにしても悪感情を表に出しすぎではなくて?)
視線からは憎々しさすら感じる。
場所が変われば商売相手になるかもしれないのに、少しお粗末だ。
イーダは、あまり見てくれの良くない蝋板に、リリーのことをメモしているようで、同行者の素振りには気付いていない。
ウーゴスがやに下がった顔をクラウディアへ向ける。
「リリー様におかれましては、予算が厳しいようなら、別の方法でお支払いいただいても構いません」
頭の天辺から足の先まで舐め回すような視線だった。
露骨過ぎて、嫌悪感より呆れが先にくる。
「わたし、安くなくてよ?」
ダメなら他を当たるわ、と答えても、ウーゴスは強気を崩さなかった。
「私のところでしか出せる船はありませんよ。どうぞ他を当たってみてください。最後に泣きついてこられるのを楽しみにしています」
「イーダ様はお探しになられて?」
「さぁ、他の事情は知らない」
(ウーゴスとの取引に絞っているのかしら)
断定的な声音から、そう感じられた。
商人たるもの情報を集めるのが仕事のうちだと思うが、あえて秘匿しているのだろうか。
これ以上、長居する理由がなく、ルキが密かに青筋を立てているのもあってお暇する。護衛のハーマンですら、クラウディアの前に出て視線を遮ろうとしていた。
「再会をお待ちしております」
その自信はどこから来るのか、最後までウーゴスの余裕は崩れなかった。
見送りは自体して、倉庫を出る。
「ウーゴスが下品な人間だということはわかったわね」
「あんなので、よく商売が成り立つもんです」
けっ、とルキが吐き捨てる。
同性から見ても、気分が悪くなる態度だったらしい。
「イーダという商人も気になるわ」
「商人というより、こっち側の人間だと言われたほうが頷けますね」
婦女子が喜びそうな、どこか危なげな雰囲気も漂っていた。
メモを取る姿が記憶に残っている。
「姉御、ちょっと確認しておきたいんですが」
「あら奇遇ね、わたしもよ」
お互い、気付いたことは一緒だった。
イーダが手にしていた蝋板に見覚えがあったのだ。
俄然イーダに興味が湧くが、今の標的はウーゴスだ。
「もう帰りますか?」
「そうね、どこかで軽くお昼を食べたいわ」
それなら近くで倉庫の従業員向けに売店が出てますよ、とハーマンが教えてくれる。
獲れ立ての魚を焼いたり、揚げたものをパンで挟んだものが人気とのこと。
「食材は新鮮なのが一番ね」
海産物に限らず農作物、畜産物、全般に言えた。
公爵領の屋敷では、毎日新鮮な野菜が食卓に上る。王都のものが悪いわけではないけれど、やはり新鮮さには敵わなかった。
売店へ移動しようとしたところで、近寄ってくる人影があった。
ルキとハーマンが、クラウディアの前に出て壁になる。
下卑た笑みを浮かべた男たちで、タンクトップから露出した肌にはタトゥーが掘られていた。
船乗りは、水死したときに人物を特定するため、体のどこかにタトゥーを入れる風習がある。彼らもそうだろうか。
「なぁ、アンタも船に乗るのか?」
警戒するルキたちを見て距離を置くものの、男たちはニヤニヤ楽しそうだ。
(異様な雰囲気だわ)
浮ついているが、酒に酔っているのとは違う。
ルキが去るように促すと、笑いながらウーゴスの倉庫へ入っていった。
「セルたちの予感は当たっているかもしれないわね」
ウーゴスを襲おうとしていた少年たちは、父親の異変を察知していた。
まだ答えは出ていないが、あのような条件を提示してくる時点で、少なくともウーゴスは真っ当な商人ではない。
「これ以上、気持ちが荒れる前にお昼にしましょう」
お腹が空いているときほど気分がささくれ立つ。
ダメージを受けた精神を癒やすためにも、食は大事だった。
◆◆◆◆◆◆
売店でお魚サンドを満喫したクラウディアたちは、倉庫群へ戻ってきていた。
商船を持つ、他の商人たちから話を聞くためだ。
倉庫に事務所が置かれているのは、ウーゴスの倉庫を訪ねる前に確認している。
予約はないので、飛び込みで行く。
クラウディアの行動力に、ハーマンは舌を巻いていた。
「どちらかというと、ホテルでくつろいでいるイメージがありました」
「まぁ、そっちのが似合ってるわな。こう羽根の付いた大きな扇を仰いでさ」
「良い評価として受けとめておくわ」
大半は断られるのを想定していたけれど、案外商人が相手をしてくれる。
男性なのもあって、下心ですね、とルキは商人を威嚇するため眉根にシワを寄せた。
ハーマンも胸を開き、体を大きく見せる。
「あなたたち、失礼よ」
一応たしなめておく。
けれど手を出したら痛い目に遭うと、相手に思わせるのは大事だった。
ウーゴスの倉庫から二件離れた倉庫に事務所を持つ商人は、四十代後半といったところで、クラウディアが猛獣二頭を従える姿に苦笑を浮かべる。
「主人がこれほど美しいと、護衛も気苦労が絶えないでしょう」
「お気遣い痛み入りますわ。本日は商船の運航状況についてお伺いしたくて参りましたの」
運びたい荷物があることを告げると、商人は顔を曇らす。
「ご希望に添いたいのは山々ですが、残念ながら手一杯です。難民の受け入れが決まってからは、どこも大忙しで……空いてる船はないでしょう」
難民を受け入れる領地だけで全てを賄うのは難しい。
加えて領地を持たない貴族は物資やお金で支援するため、ハーランド王国内だけを見ても、物流が急激に増えていた。
また支援物資だけに輸送も断れなかった。
「わたくしどもにとっては嬉しい悲鳴ですがね」
こういう状況だから、イーダはウーゴスを頼ったのだろうか。
彼が訪ねて来たか、特徴を伝えて訊ねてみる。
「イーダ様ですか? いえ、来られたことはありません」
商人の答えに、やはり違和感を覚える。
(イーダ様はウーゴス一本に絞っているように感じられるわね)
今のクラウディアのように、複数の商人を訪ねて、天秤にかけるのが普通ではないか。
最初からウーゴスしか対応できないと知っていた可能性もあるが。
「やはりウーゴス様を頼るしかないのかしら」
「あぁ、彼ですか……おすすめはしませんよ。商売敵だからというわけではなく」
「理由をお伺いしてもよろしくて?」
「もちろん。ウーゴス様はここ一年ほどで頭角を現した御仁なんですがね。過密労働で乗組員を酷使しているのは、この辺では有名な話です。でないと短い期間で頻繁に船を動かせませんから」
融通が利く分、長くは続かないだろうと商人たちは見ていた。
「一度は船を海賊に襲われておきながら、ここまで業績を回復させたのは賞賛に値しますがね」
「船を?」
「貨物を奪われ、船と乗組員だけは解放されたと聞いています。それからでしょうか、無理な運用がはじまったのは。莫大な損失を取り返そうとしているのかもしれません」
なんにせよ、と商人は溜息混じりに続ける。
「無茶をしたシワ寄せは必ず来ます。現に倒れた乗組員もいるとか。人材は貴重な資産だというのに、同業者の間でも心証は悪いですよ」
まるで使い捨ての道具のようだ、と商人は溜息をつく。
長く商いをしている者ほど、乗組員の大切さをわかっていた。
「練度によって、運航期間が変わりますからね。ベテランは欠かせません。後継を育ててもらう必要もあります」
「もっともなご意見だわ」
大型船を動かすには、相応の人手が必要になる。
人口の多い港町であっても、乗組員の資質を持つ者が湧いてくるわけではないのだ。
「最悪、大事な貨物ごと沈みかねません。可能なら、陸路も視野に入れられるほうがいいかと。今後はそれも厳しくなるかもしれませんが」
「何かあるのかしら?」
「耳に入っていませんか? リンジー公爵令嬢のことです」
名前が出て、どきりとする。
平静を装いながら、クラウディアは手にある扇で円を描いた。
「王都でのことですわね」
「然り。なんでも魔女であるリンジー公爵令嬢が、自領を良く見せるために、難民の受け入れ先で暴動を煽ったとか。その真偽はまだ不明ですが、暴動が起きているのは確かです」
難民と領民が衝突した場所があるという。
「なんでも聖女様が自ら現場をご覧になったとか。このまま悪化し、流通が止まってしまえば、わたくしどもにとって大打撃です。皆、戦々恐々としていますよ」
「治まるのを願うばかりですわ。よろしければ、もう少しお時間をいただけるかしら」
言いながら謝礼金を渡す。
新たに発覚したえん罪について、詳細を知りたかった。
追加の支払いをほのめかすと、商人は笑顔で暴動が起きた地域について教えてくれた。