作品タイトル不明
13.悪役令嬢は問題の商人と会う
港町ブレナークに馬車で着いたときには、昼になっていた。
物流の多い商業都市だけあって馬車の往来が多く、道幅は広い。
中心部である港近くは、人口過密のため一軒家よりアパートが多かった。
通りを馬車で走っていると、一階は石造りで、二階から屋根を含めた四階までは木造の、半木骨造が目立つ。白漆喰が用いられた壁から、縦横や斜めに組まれた木の骨組みが覗き、模様をなしているのが特徴的だ。
(建物同士の間隔が狭いのは、どうしようもないわね)
一度火の手が上がってしまうと延焼しやすいのは木造建築の宿命である。
更に隣との距離が近いとどうなるか。
けれど密に建築しなければ、人口を抱えきれない。
ジレンマを抱えたまま取られた対応策が、炊事場のある一階を石造りにすることだった。苦肉の策であるのは否めない。
夜になればランタンが用いられ、上階で火が出る可能性をなくせないのだから。
都市部ならどこでも抱える問題の一つだ。
ほどなくして全体が石造りの建物が見えてくる。
白を基調とした外観のアクセントとすべく、ダークブラウンの大理石が柱に用いられていた。
つるりとした外壁に意匠を凝らした装飾窓が埋め込まれ、玄関は馬車が通れるほど縦にも横にも大きい。
港町ブレナークで随一と名高いホテルに到着した。
馬車を降り、馬を休ませるために御者と別れる。
そのあと一面に赤絨毯が敷かれたロビーで受け付けを済ませた。
元々入浴できるよう手配されたホテルだったが、新たに女商人の名義で一フロアを使ったスイートルームを取る。
少年たちが襲おうとしていた商人と接触するにあたり、探られてもいいように景気の良い人物であると印象付けるためだ。
このあと女商人として直接会って感触を確かめる予定だった。
チップをちらつかせて、ホテルマンから情報を得る。
「船で商品を運びたいの。頻繁に船を出している人がいると聞いて来たんだけど、知っているかしら?」
「それならウーゴス様でしょうか。商船を運航されています」
「馬蹄形の口ひげが素敵な殿方で合っていて?」
少年たちが狙っていた商人は、口ひげの両サイドを下に長く伸ばしていた。
他にも黄色い頭髪など、馬車の停留所付近で見かけた特徴を告げると、ホテルマンは笑顔で頷く。
「はい、その方でお間違いありません。港の倉庫に事務所を構えておられます。馬車をご用意いたしましょうか?」
「お願いするわ。ありがとう」
指に挟んでいた紙幣を胸ポケットへ差し込めば、ホテルマンが頭を下げる。
ギブアンドテイク。後腐れのない取引だった。
程なくしてやって来た馬車へ乗り込む。
こちらが目的地を告げる前に、御者が商人の事務所まで送ってくれるという。ホテルマンが先に伝えてくれていた。
「金がかかるだけあってサービスがいいな」
「どこまで気が利くかは人によるわ。今回は当たりみたいね」
マニュアルがあっても、細部は個人の裁量による。
相手の見た目で対応を変えるなど、よく聞く話だ。これについてはルキのほうが実体験でいやというほど経験していた。
朝とは違い、今回は大型の船が停まる区域を目指す。
貨物船の停泊地には、積み荷の上げ下ろしのため、一時的に保管する倉庫があった。下ろした積み荷はそこから倉庫街へ送られる。逆も然り。
道中、珍しく護衛のハーマンが口を開く。
「あの辺りは最近、揉め事が増えてますんで、気を付けてください。馴染みの警ら隊員から聞いたんですが、乗組員同士の暴力沙汰が起きてるようです」
表向き、身辺警護をする部署は、ローズガーデンと切り離されている。
とはいえ地元の人間からすれば、構成員であることはバレバレだ。
それでも犯罪と関係ない仕事をすることで、警ら隊員の態度が軟化したという。
彼らにとっては、治安が守られることが最重要事項だった。自分たちで身を守ってもらえるなら助かる。
今ではお互いに情報交換する仲に発展していた。
ルキが小首を傾げる。
「暴力沙汰はおれらの専売特許だろ?」
「船乗りも大概っす。あいつら腕っ節が強いんで」
漁師もそうだが、船乗りは体力仕事だ。誰もが筋骨隆々である。
一度手が出てしまうと、止めるのは難しかった。
「けど仕事に就ける分、おれらより気が長いというか、普段はそこまで喧嘩っ早くないんすよ」
社会人としてルールを守っている。
なのに最近になって、昼間から警ら隊員が出動する事案が発生しているらしい。
「一人、二人ならおれが防ぎますが、ヤバい空気を感じたら、すぐ逃げてください」
「任せとけ」
ルキが請け負う。
クラウディアは、ハーマンの言葉を聞いて、ベゼルの人選に納得した。
(ちゃんと自分の力量を把握しているのね)
意気込むあまり、冷静な判断ができなくなる者もいる。
彼は、できる、できないの区別をちゃんとつけられる上、できないことを受け入れている。多くの人が、恥だと思い隠してしまうものなのに。
有能な構成員の存在に、クラウディアの頬は自然と緩んだ。
◆◆◆◆◆◆
漁船などの停泊地とは違い、貨物船の停泊地は馬車が通れるよう道が整備されている。
馬車から降りることなく、港に隣接するよう設けられた赤レンガの倉庫群へ向かった。
倉庫街のように計画して建てられていないため、乱立している印象を受ける。中には木造の倉庫もあるくらいだ。
ホテルマンに教えられた商人ウーゴスの事務所前に着く。
「このまま近くの馬車停留所にいますんで、ぜひともお声がけください」
ご贔屓に、と御者は満面の笑みで去った。これがチップの力である。
「単に姉御を乗せたいだけじゃないですか」
ルキの言葉に、護衛のハーマンも頷いた。
辺りを見回すと、他の倉庫前にも看板が出ている。ここに事務所を構えている商人は、思いのほか多いようだった。
ウーゴスの倉庫は赤レンガ造りで、大きな搬入口の横に、出入り用のドアが設けられている。
呼び鈴を鳴らし、顔を出した受付に訪問した用件を告げた。
面会の約束を取り付けていなかったため、断られるかと思ったが、中へ招き入れられた。
外観はローズガーデンが拠点にしている倉庫に似ていたが、内部のつくりは違った。
一階に部屋はなく、受付はドア横に机と椅子を置いて待機していた。
柱で支えられた二階があるのだが、下から見ると、細長いコンテナを倉庫上部に貼り付けたようだ。広くはない。
案内に従い、無骨な鉄の階段を上がる。
ドアを開けてすぐ、応接用のテーブルとソファーが目に入った。
薄い壁には大きな窓があり、木箱を移動させる従業員の様子が見下ろせた。
所狭しと大型のコンテナや、小物を詰め込む用の木箱が積まれている。出港時には、貨物を積めるだけ積むため、従業員は運び出すための動線を確保していた。
部屋の奥にある木製の古びたドアをノックし、受付がウーゴスを呼ぶ。
ギィッと、古めかしい音と共にドアが開かれた。
問題の商人、ウーゴスが笑顔で姿を現す。
セルとミチの兄妹とその友人たちが、棍棒で襲おうとしていた人物だ。
(容姿に変わったところはないわね)
シワや頬のたるみから、四十代とあたりを付ける。
年相応に下っ腹が出た恰幅の良い男性だった。
後ろへ撫でつけた黄色い髪と、口を囲う特徴的な馬蹄形の口ひげが印象的で記憶に残りやすい。
白いシャツの上から茶色のベストを着て、ワインレッドのネクタイを締めている。
堂々とした風格があり、細い目から注がれる胸やお尻への視線を除けば、悪い印象はない。
「はじめまして、代表のウーゴスです。あなたがリリーさんですかな?」
「そうですわ。突然の訪問を受け入れてくださって、ありがとうございます」
「なに、これほどの美人の訪問を断る男なんていませんよ。さぁ、お掛けになってください」
勧められるままクラウディアはソファーに腰掛け、ルキとハーマンは後ろで控えた。
何気なく机の下にアロマポットが置かれているのを見付ける。
使われた形跡があるものの、残り香はなかった。
使用頻度は高くなさそうだが、燃えかすがあるのが気になる。一般的にアロマポットで使用するのはオイルなので、焦げ跡が付くぐらいだ。
「お荷物を運びたいとのことですが、どれほどの量ですかな?」
「家具をいくつか。長机と椅子なんですけど、長机のほうが……そうですわね、この部屋より一回り小さいぐらいかしら」
「なるほど、なるほど。その大きさですと、小型船や中型船では難しいでしょうな。いやぁ、よくご訪問いただいたことです。私は大型船を取り扱っておりましてな。私の船なら問題なく運べるでしょう」
「まぁ、嬉しいわ」
手を鳴らして喜びながら、そう簡単に話は終わらないだろうとクラウディアは予想していた。
少年たちの話では、過密スケジュールを組むほど多忙なのだ。飛び込みの依頼を受け入れていたとしても、条件があって然るべきである。
案の定、ウーゴスは表情を曇らせた。
「ただ現在、急を要するお客様がもう一人いらっしゃいまして。お仕事を受けるなら、どちらかになるでしょう」
偽りの情報で価格を吊り上げる気だろうか。
展示品を最後の一つと謳って客の購買意欲を高めるのは、服屋などがよくやる手だ。
邪推だったようで、実際に客は存在した。
「ちょうどコンテナの大きさを確認するため倉庫におられます。これも何かの縁ですから、ご紹介しましょう」
断る理由もないので、ウーゴスと共に一階へ降りる。
応接室から居場所を確認していたようで、ウーゴスの足取りに迷いはなかった。