軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10.悪役令嬢は女商人になる

港へ到着し、御者が馬車を停める。

護衛に続いて侍従に扮したルキが降り、エスコートを受けた――という体で――クラウディアも踏み台から石畳へ着地した。

手を貸すふりをしながら、ルキがまじまじとクラウディアを眺める。

「何か変かしら?」

「いや、男装のときも雰囲気が違ぇけど、こんな変わるんだなって」

男装時は胸に布を巻き、体形を隠す。

今回は逆にクッションを足して、胸とお尻のかさを増していた。

グラマラスさを強調し、長いストレートの白髪に、タレ目の化粧で人相を変えている。前髪を垂らして顔を一部遮りながらも、口元を鮮やかなリップとほくろで彩っているのは、わざと印象的にするためだ。

出会う人々には、完璧な淑女であるクラウディアと、全く違うイメージを抱いてもらう必要がある。

娼婦時代を思いだし、意識的に仕草も変えていた。

おかげで、つばの広い帽子にパールピンクのワンピースからは、扇情的な雰囲気が滲んでいる。

今の装いを見て、貴族の令嬢とは誰も思わない。

感極まった様子で護衛が感想を口にする。

「すごくお綺麗です!」

至近距離で見ても、変装に違和感がないなら上々である。

努力が報われて、クラウディアはほっとした。

緩やかなクセのある長い黒髪をワックスでまとめるのに、それは苦労したのだ。

「おまえ、見蕩れて仕事を怠るなよ」

「うっす!」

港町ブレナーク周辺は、商人を呼び込むため治安が良い。

とはいえ、最低一人は護衛をつけるのが当たり前だった。

ルキを含めれば実質護衛は二人だが、護衛役としてただ一人選ばれた構成員のハーマンは気合十分、腕を曲げて力こぶをつくる。見るからに荒事が専門の大柄な男性で、頬や手など、露出した肌には切り傷の跡があった。

すれ違う人々からも好意的な視線を向けられながら、クラウディアは一歩を踏み出す。

春の麗らかな日差しが、白髪の女商人を一層彩った。

ルキがそつなく日傘をさす。こちらもこちらで、侍従の役柄に徹している。

襟足で切った黒髪のカツラに、黒縁の眼鏡は一見すると堅物そうだが、主人に対する態度は幾分馴れ馴れしい。くだけた調子のクラウディアに合わせているのか、堅苦しいのが嫌だったのかは本人のみぞ知る。

「姉御が港を使うのは、アラカネル連合王国へ行ったぶりですか?」

「そうね、商館とのやり取りで、船での輸送については学んだけど」

アラカネル連合王国にあるクラウディアの商館では、主にリンジー公爵家の名産品を取り扱っている。ただ人気から品薄が目立ち、最近ではハーランド王国の名産品と銘打って、他家の品も並べていた。

取引のある領地から送られてくる品を集め、商館へ輸送するのに陸路だけでは事足りず。運河に海路と、輸送路の確保には苦労した。

そこで役立ってくれたのが、リンジー公爵家の流通を担うミゲル商人である。

共に海上輸送について勉強し、流通の幅を広げてくれた。勉学に際しては、王家直轄領に港を持つシルヴェスターが、人を手配してくれたおかげで捗った。

「流石、姉御。抜かりがないですね」

「白百合のおかげよ」

変装しておきながら、シルヴェスターの名前を堂々と出せば本末転倒である。

目立つ人物の名前は、花に置き換えることにしていた。

(シルのサポートがなかったら、どうなっていたかしら)

名家であるリンジー公爵家が募集をかければ人は集まる。

だが領地が内陸にあるため、海に関しては門外漢だ。誤った人材を採用する可能性は大いにあった。

「つくづく一人ではどうにもならないことがあると痛感したわ」

「ですよね。おれも姉御がいなきゃ、お手上げでした。ヒースは当てになりませんし」

ヒースは、繊細な枝に小ぶりの花が鈴なりに連なっているのが特徴的だ。濃いピンクや白、オレンジに紫など、カラーバリエーションは豊かである。

荒野でも逞しく咲く姿が、北の海を領海とするスラフィムのイメージに重なるからと、ルキが隠語に選んだ。

異母兄弟でありながら外見は双子のような二人だが、片や王族、片や平民。ルキに至っては貧民街の生まれで、育った環境には雲泥の差がある。

国も違うというのに、ナイジェルが共通の敵になったのは、血の繋がりが持つ因果だろうか。

(スラフィム殿下ですら、やれることには限界があるわ)

国を越えることなら、さもありなん。ルキの要望に応えるには、壁がいくつもあったはずだ。

時には身分が足かせになる。王族となれば、もっと。

ルキもスラフィムの立場は理解しているが、評価はいつも厳しかった。

「今はそのヒースが頼りであることを忘れないでね」

「わかってます、適材適所なのは」

ふん、とルキは鼻を鳴らす。

可愛げのない様子に笑っていると、さわやかに吹く風が、磯の香りを届けてくれる。

海産物がよく採れる海の特徴だ。魚の餌になるものが多いほど、磯の香りが増した。

港の入り口部分に着く。

喧騒に波の音が紛れていた。

ルキが中指で眼鏡のブリッジを押し上げる。

「港では、漁船と貨物船で停泊地が分けられています」

用途によって船の大きさが変わり、船の大きさによって停泊できる岸も変わる。

港町ブレナーク周辺は漁獲量に応じて、漁船も多かった。

事故を避けるためにも、棲み分けがなされているのだ。

「おれたちが向かうのは、漁船をはじめ小型から中型の船が停泊する区域です。大型船の停泊地に比べて、人の流れが雑多なので気を付けてください」

停泊している漁船を長めながら歩く。

漁船は、魚が活動的になる明け方を狙って出港する。

クラウディアたちが変装し、港に着く頃には、漁師たちは一仕事終えていた。

船から降ろした魚がまだ近くにあるのか、時折濃厚なにおいが漂ってくる。

「魚くせっ」

「こら」

鼻をつまもうとするルキの手を、クラウディアは扇で叩いた。

余程苦手なのか、空いた手でにおいを散らしている。

「あはは、嬢ちゃんたちには、ちとキツいか」

やり取りを見ていた漁師の一人が笑う。

前歯が一本かけた四十代の男性だが、よく焼けた顔から人懐こさが溢れていた。

再度ルキが手を大きく振る。

「いや、くっせーのなんのって」

「こーら!」

「いいんだよ、おれらはもうマヒしちまってるから。お綺麗な方々は、観光かい? 魚を買いたいなら、市場の中でも良い店を紹介してやるよ」

「ぜひ頼みます」

答えたのはルキだった。

いいの? と目で問いかけると、小さく頷かれる。

もしかして、この快闊な男性が連絡係なのだろうか。

市場で買ったのは、新鮮な魚ではなく干物だった。じっくり乾燥させることで旨味が凝縮された干物は、そのままでも食べられるけれど、炙ると、酒の肴にもってこいとのこと。

「ベゼルへの土産にちょうどいいです」

「連絡は取ったのよね?」

結局クラウディアは、特別な合図を見分けられなかった。

最初に疑った男性が無関係なのは、市場で買い物をする様子から察した。彼は単に人が良いだけだった。

「取りましたよ。あとは返事待ちです。ちょうどヒースが活発な時期ですから、早ければ数日といったところですね。どこか遠方に旅立っていれば二週間以上かかりますけど」

連絡方法は、元々ルキがスラフィムと手を組んでいたときのものだ。

(そのときから、手の者が港町にいたってことよね)

土地柄、外国籍の人間も多く出入りする。間者が紛れ込んでいたところで、動きがなければ見抜くことなど不可能だ。

ハーランド王国も人のことは言えないが。

クラウディアとて、レステーアを間者としてバーリ王国へやっている。

「特有のハンドサインがあるんですよ。存在を主張して、相手がサインを返したら完了って感じです」

訊けば、くさいくさいと騒いでいたときに、片手を振っていたのがそれだった。

「見抜けなかったのが悔しいわ」

「簡単に見抜かれたら、連絡手段として終わってますよ」

「確かに」

軽口を叩きながら港を出る。

行きに送ってくれた馬車が、そのまま近くの停留所で待機してくれていた。

入浴の手配をしてくれているとのことで、次は港町へ向かう予定だ。

停留所へ向かって歩いていると、ふいにルキの雰囲気が鋭くなるのを感じた。

視線を追い、理由に行き着く。

路地で身を潜める少年少女の姿があった。

十二歳ぐらいの子たちが四人集まり、見間違いじゃなければ、それぞれが手に棍棒を持っている。

鬼気迫る表情からも、誰かを襲おうとしているのは明白だ。

「狙いは……チッ、あの商人か」

ルキが少年たちの視線から標的を看破する。

馬車の停留所からクラウディアたちのほう、港へ向かう商人と思しき黄色い髪の人物が一人いた。

護衛を一人連れているが、武器を持って立ち向かえば何とかなると彼らは考えたのだろう。

「失敗するのが目に見えてます。姉御」

「いいわ、止めてきなさい」

騒ぎになれば、近くにいる警ら隊がすぐに駆け付ける。治安が良いのは伊達じゃないのだ。

クラウディアは防げる罪があるならと、ルキのしたいようにさせた。

どうするのか見守っていると、声をかけるなり、あっという間にルキは武器を奪いながら少年たちを制圧した。あまりの手際の良さに、腕が四本あるように見えたぐらいだ。

「すげーっす……」

腕に覚えがある護衛のハーマンですら目を丸くしている。

かくいうクラウディアも、ルキの実力は知っていたはずなのに感嘆の息が漏れた。

(ナイジェルの護衛が無力化されたのも頷けるわ)

護送中の馬車から抜け出した際、既に教会の騎士たちは倒れていた。

一人で制圧できるものなのか半信半疑だったけれど、今の動きを見せられたら納得する。

(あのときは護衛の注意も傾いた馬車へ集中していたし)

これがプロというものなのか。

ローズガーデンのトップになったとはいえ、クラウディアが荒事に直面することはない。護送の件を除けば、直近で身の危険を感じたのは、キールと王都郊外の村へ拉致されたときぐらいだ。