作品タイトル不明
01.聖女は現地を視察する
いつになく狭い馬車は振動が大きく、たびたびフェルミナは宙に浮くはめになった。
気を付けないと、すぐにあちこちぶつけてしまいそうで気が滅入る。
更には土地柄、山おろし――山から吹き下ろす風が、馬車を冷やした。
冬が終わりに近づいているなんて嘘のようで、フェルミナはもこもこの膝掛けを力強く握る。
(これで、どこへ行こうというの?)
正直、長時間の移動は勘弁してほしい。
けれど聖女祭の開会式をおこなう前に、どうしても見せておきたいものがあるとノリス司祭から言われれば、フェルミナは頷くしかなかった。
ガタゴトと大きく揺れる振動音に負けないよう、ノリス司祭が声を張り上げる。
「魔女とは、信徒でありながら教会の教義に反し、社会に混乱をもたらす者を指す」
「異端者とは違うんですか?」
フェルミナも同様に大きく口を開いた。
聖女の任命式で、告げられた衝撃の事実。
異母姉のクラウディアは、「魔女」だったのだ。
とはいえ、魔女については悪い存在というイメージがあるだけで、詳細を知らなかった。
そんなフェルミナへ、ノリス司祭が講義する。
「同じだよ。より凶悪な者に使われる名称だ。信仰の象徴である聖女と真逆の存在として名前が付けられた。女性を意味する単語が使われているけど、これは聖女との対比でしかなくてね、男性でも『魔女』と呼ばれる」
「極悪な異端者は総じて『魔女』なんですね」
「そのとおりだ。君は理解が早い」
正答を返すと、決まってノリス司祭は嬉しそうに声を弾ませた。おかげで次も期待に応えたくなる。
移動中の馬車内で、講義を受けているのには理由があった。
ノリス司祭がフェルミナに見せたいと言ったもの、それが魔女に関するものだからだ。
(お姉様を追い込めるなら、なんだっていいわ。因果応報というなら、尚更よ)
フェルミナが世の不平等を恨む発端となったのが、クラウディアの存在だった。
加えて今回の件は、権力者も罪に問われるのだと社会に平等を働きかけられる機会でもある。
(いい気味)
公爵令嬢で、王太子の婚約者であっても、教会の裁きからは逃げられない。
聖女を前にしたクラウディアを思うと口角が上がった。
現場の詳細については、あえて伏せられていた。
自分の目で見て、感じたことを大切にしてほしいという。
(わざわざ平民向けの馬車で行くなんて、どういうところなのかしら)
ノリス司祭と行動を共にするようになってから、教会の紋章が入った馬車しか乗ってこなかった。
すれ違う人が皆、頭を下げてくれたり、晴れやかな表情を見せてくれるので、ついついこちらも笑顔で外を眺めてしまう。
それが今や、窓のカーテンは固く閉じられている。
「クラウディア嬢の『魔女』としてのはじまりは、黒魔術を使ったことだ」
「待ってください、黒魔術には何の力もないはずでは……?」
奇跡は、きまぐれな神様だけが持つ力。
黒魔術は、人が生み出した邪道で、特別な力はない。
「黒魔術で最も恐ろしいのは自己暗示の力だ。黒魔術を介し、術者は自身に暗示をかける。これがバカにできないんだよ」
儀式で動物の生き血など、非人道的なものが求められるのは、特異なおこないで自己暗示を強めるためだとノリス司祭は話す。
「思い込みの力は想像以上に強く作用してね、普段できないこともできるようになるんだ」
術者は黒魔術のおかげだと錯覚し、肯定感が増すという悪循環が起きる。
そして儀式を繰り返すことで、倫理観の崩壊を招いた。
「既にクラウディア嬢は、もう戻れないところまで来ている。凶悪な手段に出ることが黒魔術の力だと信じきっているんだ。人を誘導し、悲劇を生み出す……その一端を君も経験しているよ」
「わたしがですか!?」
あの日、屋敷でクラウディアから引き剥がされてからは彼女と会っていない。
首を傾げるフェルミナに、ノリス司祭はそれ以前の話を持ち出した。
「共に暮らしていたとき、君の行動が読まれていたのは、外法によって気付かないうちに自ら答えを与えていた可能性がある」
「そんなこと、ありえるんですか?」
「誰も詐欺だとわかって、引っかかったりはしないものだ。疑いつつも、いつしか信じさせてしまう手腕が詐欺師にはある。クラウディア嬢は、黒魔術によってその方法を学んでいたんだろう。黒魔術関連では、そういった書籍も見付かっている。失礼を承知で言わせてもらうと、当時の君は思考力が低かった。騙す相手には最適だよ」
自覚があるだけに言い返せない。
ノリス司祭は聞き上手で、フェルミナは生い立ちなど、赤裸々に自分のことを話していた。
過去の様子が頭に浮かんでは消える。
長々と会話した記憶はないものの、食事のときなど軽く言葉を交わしたことはある。
知らない間に情報を引き出されていたのだとしたら末恐ろしい。
社交界デビューを控えていたあの頃、既にクラウディアは黒魔術を信じ、実践していたことになるのだから。
(そういえば、お母様もすっかり取り込まれていたわ)
実の娘よりクラウディアの肩を持つほどに。
クラウディアにとって、リリスは忌むべき存在ではないか。だというのに彼女は距離を詰めた。
当時は感情が勝り、冷静に考えられなかったけど……。
時にクラウディアは父親さえも非難した。父親の反感を買えば、自身の立場が危うくなるのは必至だ。
(常軌を逸した行動だわ)
ノリス司祭の言うとおり、既に黒魔術の影響が出ていたのだとしたら頷ける。
「クラウディア嬢が黒魔術に傾倒した理由もわかっている」
そもそも普通の人は、黒魔術に手を出さないどころか、儀式に否定的だ。
では、どういった人が惹かれるのか。
絶望した人である。
あとがなくなり、神を信じ切れなくなったとき、最後の手段として黒魔術に縋ってしまうのだ。
「彼女の絶望は、幼少期の孤独が原因だろう。そして母親の死が、決定打となった」
ノリス司祭の言葉を受け、フェルミナは目を閉じる。
以前は、相手の立場になって考えられなかった。
けれど送られた修道院で赤毛のシスターに出会い、彼女の背景を知ってからは、推測し、他者に寄り添えるようになった。
幼少期のクラウディアを想像する。
父親に愛されない孤独。絶対的支柱に拒まれ、生きた心地がしなかっただろう。
その上、最後の支えであった母親が亡くなった。
兄の存在すら霞んでしまう絶望を、クラウディアが感じても不思議じゃない。
「彼女にとって更なる不幸は、君の存在だ」
はっとして顔を上げる。
(そうだ、わたし)
公爵家の豪華な邸宅に住むクラウディアが羨ましかった。
同じように、父親に愛されるフェルミナを、クラウディアは羨ましがったはずだ。
フェルミナは妬んだが、既に精神的に疲弊していたクラウディアは、妬むより絶望が勝ってしまった。
(だからお父様のことも非難できたんだわ。全て諦めの境地だったから)
彼女は何も求めていなかったのだ。
自力で、どうにかできる術を身に着けていたから。
「そしてクラウディア嬢がより黒魔術を信心するきっかけになったのも君だろう」
「わたしが? あっ」
そうだ、どうにかできてしまったんだ。
目障りな異母妹を黒魔術によって排除することに、クラウディアは成功した。
誰でもないフェルミナの一件が、彼女に手応えを与えた。
「運命の歯車が悪い形で噛み合ってしまったんだろうね。今では自領を繁栄させるために、他領で暴動を起こさせるほどになってしまった」
「暴動って……まさか!?」
ノリス司祭がカーテンの端を指一本で持ち上げ、外を確認する。
「着いたか。さぁ、現実と向き合う時間だ」
何が待ち受けているのか。
ノリス司祭を見習い、フェルミナも薄くカーテンを開く。
最初は砂煙で視界が悪かった。
(土を均しただけの道を走っていたのね)
揺れるわけである。土だけの道は、いくら固めても崩れやすい。
(道幅は広そうだけど……あれ、何かな?)
大きな影がいくつも転がっていた。
目を凝らして正体を探る。
「きゃっ!?」
見えたもののおぞましさに、思わず体を引いた。
遺体だった。
人の。
痩せた体から、あばら骨が突き出ていた。
ドッドッと心拍数が急上昇し、呼吸が浅くなる。
(何あれ、何あれ、何あれ!?)
脂汗が額に滲む。
うまく息が吸えない。
「落ち着いて。ゆっくり息を吐き出すんだ」
ノリス司祭の指示に従い、深呼吸を繰り返す。
背中を撫でてもらって、ようやくパニックから抜けだせた。
この間も馬車は走り続けている。
「もう一度、外を見られるかな?」
「……」
窓に近付くのも嫌だった。
だからといって断れば、ノリス司祭は落胆するだろう。信徒の希望である聖女が、現実から目を背けるのかと。
(わたしは聖女。聖女なんだから……!)
意を決し、恐る恐るカーテンへ手をかける。
見える景色は変わらなかった。
砂煙、そして。
(どうして、こんな、酷い……!)