軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

06.修道者は天啓を得る

「ひっ……!」

咄嗟に飛び退く。

相手も予想外だったのか、塀の向こう側からも、うわっと驚く声がした。

次いで複数人の気配がする。

全員、男だった。

「シスターがいたのか?」

「おい、俺にも見せてくれよ!」

「なぁ、服は? 服は着てたのか?」

「若かった?」

身の毛のよだつ会話が聞こえ、その場を闇雲に走り去る。

(何、何なの!? 覗き?)

いつから? どれだけ自分たちは覗かれて、話のネタにされていたんだろう。

怖い、気持ち悪い。

生理的嫌悪感に胃が収縮する。こみ上げる吐き気を抑えられず、口を手で覆った。

(早く、早く、人のいるところに!)

必死に走る。見慣れた先輩シスターの姿が目に入り、抱き付いた。怖かった。誰でもいいから助けてほしかった。

口うるさい相手でも、この際、関係ない。

「急にどうしたのです?」

「あ、あ、あっちの塀に……!」

涙ながらに状況を説明する。

偶然見付けた塀の穴から、覗いている人間がいたと。

「はぁ、またですか。穴は全て潰したと思っていましたが……明日にでも修繕しましょう」

「ま、また……?」

「女性が一か所に集まると、内でも外でも色々あるものです。ここにはあなたを含め、若いシスターもいますからね」

事もなげに言う先輩シスターの言葉が信じられなかった。

「これに懲りたら、一人で動くのを控えなさい。誰かと一緒のほうが、あなたのためですよ」

それには答えず、俯く。

先輩シスターは溜息をつくと、別のシスターを呼んだ。

「彼女を部屋で休ませてください」

「わかりました。シスター、大丈夫?」

自分を覗き込んだのは、炊き出しを楽しみにしていた赤毛のシスターだった。

心配げに腕を背中へ回される。そのまま、自室へと向かった。

「怖い思いをしたの? でも安心して、ここは安全だから」

「安全……」

「そうよ、何たって高い塀に囲まれているし、食べものもあるでしょう? 鳥や虫には気を付けないと畑が被害に遭うけど、大きな害獣はやって来ない。こんな安全な場所はないわ」

見上げたシスターの顔には、いつもの笑みがあった。

小さな窓から入る陽光が彼女を照らす。

だからだろうか、見慣れた笑顔に答えがあると感じられたのは。

(もしかして、わたしは考え違いをしていたのかしら)

部屋に入り、藁のベッドへ腰掛ける。安心感で腰が抜けそうになった。

「ここへは、外の人は入れないわ」

彼女の言う通りだった。

表の門は施錠され、建物は塀に囲まれている。

空いた穴から覗くことはできても、誰も塀は越えられない。その穴も明日には塞がれる予定だ。

(ずっと檻の中にいると思ってた)

自分を逃がさないための牢獄のような場所だと。

けれど本当は、自分を守ってくれていたのだとしたら?

(わたし、考えているようで、何も考えられていなかったのかな……)

自分にとっての感想を抱くだけで、それ以外の情報を知ろうとしてこなかった。

目の前の若いシスターをじっと見る。

歳の近い彼女のことさえ、自分はよく知らない。

皆、事情があって修道院にやって来る。自分も含め、あまり人に話したい内容ではない。だから何も聞かないでいたけれど。

「わたし、あなたの好きな食べ物すら知らないわ」

「ふふっ、急にどうしたの? わたしはねぇ、採れ立ての瑞々しい野菜が好き!」

「果物じゃなくて、野菜なのね」

「だって果物って高価じゃない? 食べてると背徳感のほうが強いの」

背徳感? と首を傾げる。果物を食べるのは、道徳に反する行為ではない。

自分でも変だと思ったのか、シスターは言葉を付け足した。

「わたし、弟や妹がいたの。その子たちは果物を食べたことがなくて……未だにわたしだけ食べるのは、罪に感じちゃうんだ」

彼女は笑顔だった。

けれど今まで見たことのない、切ない笑みを浮かべていた。

過去形で語られた弟や妹たち。彼女が一人でここにいることからも、既に他界していることが窺える。

(ああ、本当に……)

自分は無知だったのだと実感する。

こんな身近にいる人のことさえ、まともに知らなかったのだ。

炊き出しを楽しみにする彼女が理解できないと思っていた。

理解できないのは、彼女のことを何も知らないからだと考えることもせず。

働いていなかった頭の中で、パチパチ弾ける音がする。

ようやく、ようやく回路が繋がったようだった。