軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

04.修道者は溜息をつく

「これは何の皮肉かしら」

大量の煮炊きの準備に追われながら、心境が口をついて出る。

先日は、なんとか決壊を迎えることなく、トイレへ駆け込むことができた。

ほっとしたものの、朝会で聞かされたスケジュールに唇がへの字に曲がった。

曰く、地域住民へ向けて炊き出しをおこなうという。

大量の食材を調理するには、前もって準備が必要だった。

自分たちの口に入らない芋を掘り、炊き出し当日の今に至る。

朝から準備で慌ただしく、水仕事で手が荒れる一方、額に汗が滲んでいた。

「この修道院だって、どう考えても恵まれてないでしょうに」

装飾のない建物を見れば一目瞭然。修道院を示す看板がなければ、倉庫と見間違えそうだ。

現地での寄付に頼れず、島の外から来る定期船の援助で成り立っていた。

裏を返せば、それだけ地元住民の生活も苦しいのだが。

晴れ渡った空を見上げる。

「自由があるだけマシよ」

好きなときにトイレへ行ける。寒くなったら、家族と身を寄せ合える。

長く、あの牢獄のような部屋で一人過ごしている身としては、どこに施しの必要があるのかわからなかった。

溜息をついていると、後ろから明るい声がかかる。

自分と歳の近い子だった。腰まで伸びた赤褐色の髪は、手入れすれば綺麗だろうけれど、残念ながら痛んでバシバシだ。

「シスター、追加の水汲みに行ってだって」

「えーっ!? さっきもやったところじゃない」

この修道院では、在籍しているのが全員女性ということもあって、名前ではなく一様に「シスター」と呼ぶ決まりがある。修道者として皆平等の存在であり、個々を示す名前は必要ない、という考え方らしい。

他にも教義にはない、独自の教育を色々受けた。

すぐさま不満を返すと、相手からは笑みが漏れる。

何が楽しいのか、彼女はいつもこうだ。修道院の生活が、さも充実しているかのように振る舞う。

「わたしも一緒だから、すぐに終わるよ」

「良い子ぶらなくていいわ」

「そういうのじゃないんだけどなぁ」

これから井戸で滑車を使い、水を汲み上げるという重労働が待っているのに、彼女には悲嘆の「ひ」の字もなかった。

晴天でも吹きすさぶ風は冷たく、水になんか触れたくない。

ぐずぐずしていると先輩シスターから怒号が飛ぶので、なけなしの気力を奮い立たせて井戸へ向かう。

先輩シスターは、くすんだ金髪を肩で切り揃えた三十過ぎの修道者だ。

もう慣れたものだけれど、修道院に来た当初は人をいたぶるのが好きなんじゃないかと勘ぐるほど指導を受けた。

担当が決まっているのか、いつも視界には同じ先輩シスターがいる。

「何であたしが、こんなことしなきゃいけないわけ!?」

「黙りなさい! それでも修道者ですか!」

ヒステリーが聞こえてきて、わかるわかる、と頷く。

新しく入ってきた子だ。自分もよく先輩シスターに噛みついていた。

懲罰があるとわかってからは、聞こえない範囲で愚痴るのに留めている。

他の子と比べれば、自分も隣を歩く彼女も立ち回りは上手いほうだ。

「雨じゃなくて良かったね。わたし、炊き出しって好き」

「だから、わたし相手に点数を稼ぐ必要はないってば」

「本心だよー。修道院の外の人と交流できるじゃない? 感謝もされるし」

「交流できたところで何もならないわよ」

この島の住民たちも不平等の落し子だ。

薄い味付けの、おいしくもない炊き出しに集まるような人たちである。彼らから得るものなど何もなかった。

彼女の言葉に正解があるとしたら、交流についてだろうか。

礼拝の場である教会と違い、修道院は修道者の暮らしの場だ。

礼拝堂を兼ねて市民の礼拝を受け入れている修道院もあるが、ここは違った。

修道者以外と会話するには、炊き出しや町へお使いに出るときぐらいしか機会はない。

彼女にとっては、部外者との交流が楽しみらしい。

「何もならないこともないよ、わたし、前のときに花の冠【かんむり】もらったもの」

「道ばたの草でできた冠でしょ?」

しかも土で汚れた手で作られた冠は、お世辞にも綺麗とは言い難かった。下手すると折れた茎から汁が出ていることもある。

貰って嬉しくないものナンバーワンだ。

なのに何故、目の前の彼女は宝物のように言うのだろうか。

(理解に苦しむわ)

身なりは変わらない。

同じ修道服のワンピースに、ボロボロの爪。お風呂はなく、桶に溜めたお湯で体を拭く日々。髪が傷んでいるのはお互い様だった。

自分のことは全て自分でしなければならず、食事の調理も当番制。掃除や洗濯に畑仕事も加わり、一日が終わる頃にはヘトヘトになる毎日だった。

だというのに、彼女は満面の笑みを浮かべる。

(理解できないのが、罪なのかしら)

答えは出ない。

日常に心も体も疲れ果て、彼女のように振る舞えないのだけは確かだった。