作品タイトル不明
24.悪役令嬢は再度嫌がらせを受ける
「クラウディア嬢は刺繍がお得意だと聞いています。今日作られる作品を楽しみにしているんですよ。さぞ複雑で美しいものを作り上げられることでしょう」
早速、夫人がハードルを上げてくる。
「まぁ、パトリック夫人の耳にも届いているなんて、お恥ずかしい限りですわ。ご期待に添えられるよう、頑張らせていただきます」
下手ではない自負はある。
初めて贈った刺繍は、興味がないと思っていた父親でさえ自慢していたくらいだ。
クラウディアの力量を夫人も正確に把握しているだろう。
その上で、夫人は人脈つくりにクラウディアを手段として使う気でいる。
花を持たせられることだけはない。
夫人は自分がクラウディアより上であることを、招待客に見せ付けたいのだから。
(でも手段になるつもりは、わたくしも毛頭ないの)
何を仕掛けられるにしても、必ず乗り越える。
クラウディアも自分の力を証明するためにここにいた。
◆◆◆◆◆◆
「あら、評判のわりに、初歩的なやり方をなさるんですね」
「まるで慣れていないように思われますわよ」
図案を布に写そうとしたところで、横から声がかけられる。
揶揄されているのは声音で伝わった。
クラウディアが刺繍の初手に図案の写しを選んだように、彼女たちは威圧の初手として口撃を選んだ。
徹底的に無視するというやり方もあるが、刺繍は一人で黙々と進めるものであるため、それでは大したダメージにならないと踏んだのだろう。
「まだまだ熟練者にはほど遠いですから」
さして気にせず、裏もなく返す。
刺繍の会にはクラウディアと年齢の近い夫人も招待されているが、年上であることに変わりはない。
言葉通り、クラウディアは一番の若輩者だった。
加えて、これだけ人数がいれば、刺繍に慣れていない人も当然いる。
クラウディアが基本に返ることで、図案がなければ刺繍できない人にも角が立たなくなった。
周囲を尊重することを既に行動で示しているので、これといって言葉を重ねる必要がないのだ。
「夫人の期待に応えると言っておきながら、その図案ですのね」
「色味が悪いけれど、どういう意図なのかしら?」
好き勝手交わされる意見は聞き流す。
気の弱い令嬢なら、人の意見で選択を変えただろう。
気の強い令嬢でも、否定的な言葉に感情を揺さぶられる。
クラウディアは後者だが、夫人たちが考えている以上に、修羅場をくぐり抜けていた。
おかげで針が進み続ける。
用意されていた生地はリネンで、刺繍糸は毛糸だった。
毛糸は綿糸に比べて、ふっくらと立体的な仕上がりになるのが特徴だ。
そのためシンプルなモチーフとの相性が良く、図案に植物が用いられやすい。
にも関わらず、複雑さを求めてくるパトリック夫人には悪意が透けていた。
要望に応えるため、クラウディアは細かく糸を行き来させるが、糸の材質を活かすべく図案はできる限りデフォルメしている。
角を丸くするようなイメージだ。
手を動かしながら、思考を巡らせる。
(これだけでは終わらないわよね)
刺繍の会といっても、結局のところ交流が目的だった。
途中で入る休憩は、簡易のお茶会になる。
再度渋いお茶を出されることはないだろうが、何か動きがあるはずで警戒は怠れない。
(単に、お妃教育の一部を任されているだけでは弱いもの)
王妃の生家であるサンセット侯爵家。
パトリック夫人は、遠くない未来、サンセット侯爵夫人になる身だ。
忙しい王妃に代わり、夫人がお妃教育をするのは、招待客たちにとっても既定路線だった。
既に決まっている事柄で、彼らの風向きは変わらない。
サンセット侯爵家とリンジー公爵家、どちらが未来の主導権を握るのか。
知りたいのは、その一点に尽きた。
しかし予想に反し、刺繍は進んでいく。
休憩中にも、ちくちく嫌みは言われたものの、その程度だ。
遂には刺繍が完成する。
図案は、当たり障りのないリンジー公爵家の紋章に赤と白のバラをあしらった。組み合わせの花言葉は「打ち解けた関係」や「温かい心」。
図案こそ無難だが、全体のバランス、用いられた糸使い――ステッチによる表現を見れば、難易度の高い作品であることは誰の目にも明らかだった。
時間内に完成させるのも技量のうちだ。
自分で所要時間を把握できているからこそ、可能なのである。
簡単な図案を選び、時間を余らせることは誰でもできる。
見事、クラウディアは周囲の目がある中で、パトリック夫人があげたハードルをクリアし、期待に応えた。
完成品を手にしたパトリック夫人が声を高くする。
「素敵な出来映えだこと! クラウディア嬢の技量は評判通りですわね」
「ありがとうございます。お褒めいただき、嬉しいですわ」
二人のやり取りは、刺繍にある花言葉の通りに映った。
気分良く笑いながら、夫人が使用人に刺繍を預ける。
クラウディアの手元へ戻った刺繍は、目の前のテーブルへ置かれた。
「あっ……!」
そこで声が弾ける。
隣に座っていた夫人の取り巻きが、紅茶の入ったカップを傾けたのだ。
溢れた朱色の液体が、クラウディアの刺繍を同じ色に染める。
赤と白のバラが描かれた刺繍を。
最後の最後で、台無しにされた。
「あらあら、ごめんなさい」
感情のこもっていない取り巻きの声が通り過ぎていく。
(これがしたかったわけね)
お妃教育なのもあり、クラウディアが終始警戒していることは夫人にも予想できた。
そこで刺繍の会の終盤、今回はこれ以上の心労はないかもしれないと、気が緩むタイミングを狙われた。
刺繍のハードルを上げたのも、より徒労感を与えるためだ。
クラウディアの反応を、部屋にいる全ての人間が固唾を呑飲んで見守る。
このような状況を作られれば、誰だって感情が荒立つ。
決して良い気持ちにはなれない。
怒るのか、泣くのか。
笑顔を取り繕っても、心情は隠しきれないだろうと、そしてパトリック夫人が場を収めることになると全員が考えていた。
観衆へ向け、儚く、悲しみを湛えてクラウディアは微笑む。
「ものは使っていればいつか汚れるものですわ。アンセル男爵夫人もわざとではなかったのでしょう?」
「え、えぇ、もちろんです」
紅茶をこぼした取り巻き――アンセル男爵夫人は、クラウディアの表情に息を呑みながら頷く。
もしかしたら泣きそうに見えたのかもしれない。
実際は怒りさえ湧かず、ただ納得し、分析していた。
パトリック夫人の意図はどこにあるのか。
(抗議すれば狭量だと、許せばパトリック夫人に逆らえない印象を周囲へ植え付ける腹積もりかしら)