軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

01.王太子殿下は廊下を歩く

王城、と聞いて連想するものは何だろう?

国王の住まい、国の中枢。

派手なイメージでは、大広間で開催されるパーティーや庭園でのお茶会だろうか。

王族のきらびやかな住まいも候補の一つかもしれない。

いずれにせよ、パッと思いつく全てが正解だ。

登城する貴族ならもっと詳細に語るかもしれないが、大まかなところは平民と変わらない。

高台に位置し、貴族街からも、王都の下町からも見上げる形になる王の居城。

城の一部である砦の尖った屋根は、空をも貫かんと今日もそびえ立っている。

それは即ち、権威の象徴だった。

荘厳な佇まいは誰の目にも明らかで、城を前にすれば自然と頭が下がる。

外観に限ったことではない。

磨かれ鏡のように反射する廊下から壁や柱、天井に至るまで繊細かつ豪華な装飾で彩られた内装も、見る者を圧倒した。

気の弱い者なら逃げ出したくなるような空気の中、窓から入った日差しがホコリ一つない床を照らす。

その光を遮ったのは、国王と同じ銀髪に黄金の瞳を持つ青年だった。

訪れる者を威圧する外観も、名工による内装も、彼にとっては日常風景でしかない。

ともすれば彼自身が美術品のようだった。

なめらかな白磁の肌にさらりと落ちる銀糸は一本一本が光を宿し、揺れるたびに散る輝きに視線が奪われる。

整った鼻梁から薄く色付く唇に焦点が合えば、誰もが頬を熱くした。

そして見上げた先の、銀色の 萼(がく) に支えられた黄金に逆らえなくなる。

類い希なる美貌の持ち主、シルヴェスター・ハーランド。

ハーランド王国の王太子である彼は、目に入る景色に何の感慨も抱かないまま、父親である国王に謁見すべく長い廊下を進んでいた。

手入れされた革靴がコツコツと小気味よい音を立てるものの、目的地である国王の執務室まではまだ遠い。

あと何回、角を曲がり、代わり映えしない廊下を歩かねばならないのか。

もう道順は体が覚えているものの、数分の会話のために費やされる移動時間を考えるとシルヴェスターでもどうかと思う。

城の防犯上、わざと距離が設けられているとはいえ面倒だった。

一見すると、今どこの廊下を歩いているかわからない似通った造りもそうだ。侵入者を混乱させるのが目的だとしても、慣れない者はすぐ迷ってしまう。

慣れれば、考えをまとめるのにいい時間をつくれるが。

(パルテ王国はようやく落ち着きを取り戻したか)

ハーランド王国の南西に位置するこの小さな国は、さらに西にある紛争地帯とハーランド王国を隔てる壁になっていた。

防衛費の一部支援や、関税を優遇することで両国は友好を保ってきたが、昨年、突如として関係に亀裂が生じた。

戦争も辞さない勢いで、ハーランド王国への反感をパルテ王国民が爆発させたのだ。

老若男女問わず国民全員が戦士という理念を持つ国風も作用したのだろう。

ハーランド王国と対立したところで得るものはないにもかかわらず、国民は徹底抗戦の構えだった。

そして近隣諸国でも珍しい民主制国家という政治体制が悪い一面を覗かせた。

一時の感情によって政治が動かされ、ハーランド王国も決断に迫られることとなった。

戦争か、パルテ王国と血縁を結ぶか。

ハーランド王国はどちらも選ばず、時間稼ぎにパルテ王国の令嬢をシルヴェスターの婚約者候補に加えることで、第三の道を探った。

結果、パルテ王国の有力家族であるベンディン家――ナイジェル枢機卿――の企てであることが判明し、道筋は見えたが、一度芽吹いた反感を鎮めるには策を講じる必要があった。

そこで自分の存在価値を証明したのが、婚約者候補になったニアミリア・ベンディンこと、ニナだった。

ベンディン家当主の養女として迎え入れられたニナは、ナイジェル枢機卿の手先となるべく育てられた。

此度の企てではクラウディアを陥れることに失敗し、現在はハーランド王国の監視下に置かれている。

使い捨ての修道者とは違い、ニナはナイジェル枢機卿の活動に深く関わっていた。彼女の持つ情報の貴重性が重く受け止められた結果、保護する形に収まったのだ。

シルヴェスター個人としては、愛する人を騙った彼女に思うところがないわけではない。

だが使える者は、使う。

どれだけ腹の底で粘つく黒い感情が渦巻いていても。

それこそナイジェル枢機卿を追い込むための駒になってくれるなら我慢できた。

パルテ王国民に対し、ハーランド王国のプロパガンダをおこなうと提案したのは誰でもないニナ本人だった。

婚約者候補に納まったことで国民が少し冷静になったタイミングを見逃さず、ハーランド王国との友好を説いたのだ。

(報告書では、時に、国民の一人ひとりと手を握りながら語りかけていたとあったな)

刹那の感情に流されてしまうのが民主制の悪いところだが、国民もバカではない。

冷静になれば、戦争がどれだけ悪手であるか気付く。

矜持を守りながら、上手く付き合えるのが一番だと。

このニナの活動に、ベンディン家当主が横やりを入れることはなかった。

ナイジェル枢機卿に唆され、ニナを送り込んだ彼にとっても戦争は不利益でしかなかったのである。

気になるのはやはりナイジェル枢機卿の動きだが、今のところ当主と接触した様子もない。

(概ね、予想通りか)

ニナの出立前、クラウディアを交え、応接室で顔を合わせたことを振り返る。

基本的にニナとのやり取りは書面で済ますが、都合がついたのと、クラウディアも現状を知りたがっていたことから場を設けたのだった。