作品タイトル不明
24.男爵令息は進展を感じる
程なくすると使いの者がやってきてブライアンたちは応接室へ通された。
「ヘレンさんも座りませんか?」
「わたしは侍女ですので、こちらで大丈夫です」
いつもの定位置。
一緒にいるのがクラウディアでなくても、ヘレンは壁際を譲らなかった。
ブライアンとしては落ち着けないが、仕方ない。
今は考えに集中することで、場を乗り切ることにした。
(応対の早さから、気にはしてもらえているみたいだな)
自分がエバンズ商会の嫡男であることは支部にも伝わっている。
無視されなかったことを考えれば、ある程度は認められているのだろう。
けれど応接室で姿を見せたのは支部長ではなかった。
「現在支部長は離席中のため、支部長補佐の私が代わって対応させていただきます。ご来訪いただいたブライアン様には恐縮ですが、何卒ご理解いただきたく存じます」
「いえ、こちらこそ約束も取り付けず配慮に欠けていました。お恥ずかしながら時間が勝負だと急いてしまった次第です」
離席が方便であることはわかりきっている。
真実かもしれないが、ブライアン自身、重要視されるポジションではないと理解していた。
(おれのことは警戒しておきたいけど、支部長が出るほどではないってことか)
大方予想通りだ。
男爵位を冠していても、支部長が辺境伯と懇意であれば恐るるに足らない。
ここでは辺境伯が法なのだから。
「この度はどういったご用向きでしょうか?」
「今後の情勢を鑑みて、物資の用意があることをお伝えしに来ました」
「なるほど、パルテ王国との件ですね」
仮に戦争となれば、物資はいくらあっても足らなくなる。
エバンズ商会がこの機会に売り込みをしても誰も疑わない。
「その通りです。こちらではどのように伝わっていますか?」
「王都と大差ありません。事実確認をおこなっているところにニアミリア様の名前が届き、私共も驚いています」
「では当方にも商機はあると考えてよろしいですか?」
支部もニアミリアの件で後手に回っているのなら準備不足は否めない。
もちろん本部への建前である可能性も多大にあるが。
「ブライアン様ならきっと機会を見つけられるでしょう」
にっこりと支部長補佐は微笑む。
はい、とも、いいえ、ともとれる答えだった。
「話は変わりますが、明後日の夜おこなわれる仮面舞踏会についてお耳に入っていますか?」
「仮面舞踏会ですか? 初耳です」
残念ながら爵位が低いブライアンは招待されていないが、ニアミリア主催の仮装舞踏会なら知っている。だが、それとは別の会が催されるらしい。
「噂では辺境伯のご子息も参加されるとか。よろしければ招待状をご用意させていただきます」
「ぜひ、お願いします」
即答だった。
仮面舞踏会にどういう意味があるのかは参加してみないとわからないが、軽視できるものではないと直感が働いたからだ。
その反応を見た支部長補佐は、先ほどより笑みを深くする。
「流石、本部が頼りにされるだけはある」
「そうですか? 支部長補佐は本部の意向をどのようにお考えで?」
ブライアンが本部の使いであると支部長補佐は当然のように看破していた。
王都から来ている商人は他にもいるため確証は得られないはずだが、何かしら判断材料があったのだろう。
ブライアンとしてはそちらへ目が向いているほうが、本命であるクラウディアの存在を隠せるので願ったり叶ったりだ。
「本部が我々の支部に対し不信感を抱いているのは承知しています。我々が逆の立場でもそうだったでしょう。だからこそ我々に叛意はないと明言しておきます」
「その答えが仮面舞踏会ですか?」
「許された者しか参加が叶わない貴族の集まりです。どうぞお楽しみください」
(ここでは得られない情報を仮面舞踏会で拾えってことか?)
もどかしさはあるものの収穫に変わりはない。仮面舞踏会に何かあるのは確かなのだ。
応接室を出ると、珍しくヘレンから声をかけられる。
「どうしてお怒りにならなかったのですか?」
「怒る場面なんてありましたっけ?」
該当するところがわからず首が傾いた。
「商人に、招待状を用意すると言われたのですよ?」
「言われましたね」
「本来なら貴族から招待されるものです。けれどブライアン様は招待されていません。エバンズ男爵家は招待する必要がないと判断されたからです」
端的に言えば、辺境伯領においてエバンズ男爵家は無価値だった。
辺境伯にとっても同じだ。来訪にあたり挨拶したい旨を伝えたが、必要はないという返事すらもらっていた。
だからこそシルヴェスターやクラウディアと違って、爵位があっても遺恨を残すことなく自由に動き回れるのだ。
「男爵家のブライアン様すら手に入れられなかった招待状を商人が用意する。商人のほうが貴族であるブライアン様より上だと言われているようなものではありませんか」
「あー、なるほど!」
ようやく合点がいったブライアンに、ヘレンは呆れた視線を寄越す。
「普通の貴族なら怒る場面ですか?」
「少なくとも無礼を訴えます」
「なるほど、なるほど。貴族としての感覚を失念してました」
同時に支部長補佐の笑みを思いだす。
ブライアンが貴族ではなく商人の感性で動いたことで、本部の使いであると見抜いたのかもしれない。
そして伯爵令嬢だったヘレンは、貴族として反応を示さないブライアンに疑問を持った。
「確かにヘレンさんのご指摘通りの見方もあります。けれどおれは支部長補佐がわざわざ仮面舞踏会の話題を出したことのほうが気になりました」
しかも辺境伯の子息が参加するという情報付きだ。
これも見方によっては、自分たちはそのレベルの招待状を用意できるとマウントを取られているように感じるだろう。
(ふむふむ、支部長補佐はこれでおれの反応を見ていたんだな)
「支部長補佐も言ってましたが、現在商人ギルドの本部は、辺境伯領の支部へ不信感を抱いています。支部に叛意があるとすれば、本部は支部との情報共有を止めるでしょう。これは支部にとって避けたい事態です」
本来ならば。
情報を独占することによって、それ以上の利益が得られる場合は当てはまらない。
けれどその可能性は低いように思われた。
強気でいるなら、わざわざブライアンの相手をする必要もないからだ。
「支部長補佐が言う通り叛意がないのであれば、それを本部へ証明しなければいけません」
「その証明が仮面舞踏会ですか?」
「おれはそう考えました。直接言葉では伝えられないことが仮面舞踏会にあるのだと」
商人としてのブライアンは、付け加えられた辺境伯の子息が参加するという情報がその表れだととらえた。
真実、叛意がないなら、支部長は辺境伯から圧力をかけられているのかもしれない。
「考えが至らず、出過ぎた真似をして申し訳ありません」
「いえっ、謝らないでください! おれもヘレンさんが指摘してくれたから、支部長補佐の意図がわかったんです。実際、貴族としては何も考えてませんでしたから!」
それはそれでどうなのかと、ヘレンの瞳が語る。
素に近い希少な表情を見られて、ブライアンは嬉しくなった。