作品タイトル不明
02.悪役令嬢は侍女と日課を欠かさない
夜、雷鳴が轟く。
闇に紛れていた屋敷の全体像が一瞬の光によって露わになり、部屋の一室で奇妙な動きをする二人分の影を浮き彫りにした。
床に背を預け、下半身を大きく捻っている。
「ふっふっ、今日はよく雷が落ちるわね」
「はい、ふっふっ、動じないクラウディア様は流石です」
「一日こんな調子だもの、慣れてしまったわ。それに体を動かしていると細かいことは気にならないのよね」
美しい体型を保つため、今夜もクラウディアとヘレンは鍛錬を欠かさない。
学ぶことが好きなヘレンの学習スピードは速く、定番メニューに至っては既にクラウディアの手ほどきを必要としなかった。
だが今回は初の試みもあるため、クラウディアはヘレンの動きを注視する。
「あまり無理をして足をつらないようにね。水分補給も忘れないで」
「はい! まさか娼婦の方々が協力してくださるとは思いませんでした」
「職業柄、体型維持に敏感みたいね」
そもそもクラウディアが体を鍛えているのも娼館での経験からだ。しかしヘレンがそれを知る由もなく。
クラウディアとしては自分が発案者だと思われるのが心苦しかった。
なので娼館の視察を機に、それとなく彼女たちに話を振ってみたのだ。
娼婦――それも娼館フラワーベッドの最古参であるミラージュの食いつきは凄まじく、クラウディアと娼婦たちの間で鍛錬方法を共有し、効果があるか試すことになった。
被験者が多いほどデータは得やすい。けれどまずは体を動かすことに慣れている者のほうがケガも少ないだろうと人が選ばれ、クラウディアとヘレンもそれに加わった。
「足首と手首を同時に動かすのは、先にしたほうが良さそうね」
「そうですね、先に関節を緩めたほうが、あとの鍛錬もしやすそうです」
体への負荷を感じながら、鍛錬方法の順番も考える。
鍛えてばかりいると筋肉が硬くなり、緩やかな曲線美まで消えてしまうため注意が必要だった。
「十分体が温まったし、今日はこのくらいにしておきましょうか」
「はい、紅茶を淹れますね」
一呼吸置いて、ヘレンが床から立ち上がる。
しかし次の瞬間には、体を大きく傾けていた。
「ヘレン!?」
「あわわ、だ、大丈夫です。思っていた以上に足が疲れていたみたいで」
座り込むヘレンの手を取り、ベッドへ座らせる。
早くも筋肉痛がきているようだった。
「ご心配をおかけしてすみません。痛みは軽度ですから、もう立てます」
「本当? 何度も言うけれど無理は禁物よ」
「はい、あぁ疲れてるなーっていう程度です。これは効果が期待できそうです」
効果を実感し、晴れやかな表情を見せるヘレンに一安心する。
かくいうクラウディアも筋肉の張りを感じていた。
「今日はもう使用人寮へ戻ったらどう?」
「そんなっ、夜のしめにクラウディア様とお茶するのが生き甲斐なのに……!」
「そ、そこまで言うなら、お願いするわ」
気を使ったつもりが眉尻を落とされて前言を撤回する。
茶葉の香りが漂ってくると、運動後の緊張が和らいだ気がした。
何とはなしに目に付いた封筒を手に取る。
「パルテ王国主催の仮装舞踏会は、大規模なものになりそうね」
パルテ王国は、ハーランド王国の南西に位置する小さな国だ。
ハーランド王国とバーリ王国を隔てる山脈の最西端にあり、国境は山脈から続く河川で定められている。
今までも舞踏会を主催することはあったが政治的な色が強く、招待客も外交関係者が多かった。
何か趣向を変えるきっかけがあったのか、今回は仮装舞踏会という遊び心に加え、ハーランド王国中の貴族にも招待状が送られていた。