作品タイトル不明
52.悪役令嬢は王太子殿下の怒りを見る
レステーアの体調が回復してくると、王城の診療所からバーリ王国の大使館へ、診療場所を移すことになった。
女子寮に戻されないのは、彼女を監視するためだろう。
ちなみに大使館は、建築時にハーランド王国とバーリ王国の監査が入っているため、女子寮のような仕掛けは存在しない。
レステーアが大使館へ移されるにあたり、シルヴェスターとクラウディアも大使館へ招かれることとなった。
訪問する二人をラウルが出迎える。
「よく来てくれた。まずは感謝を直接伝えるのが遅くなったことを許して欲しい」
「気にするな。書面では受け取っている」
表向きは体調を崩したレステーアを、二人が助けたことになっている。
すぐにシルヴェスター、クラウディア、各人にラウルから感謝状が送られていた。
それでもラウルは、ちゃんと顔を見て感謝を伝えたかったのだという。
「特にクラウディアは、レステーアの命の恩人だからな。続きは応接室で話そう」
レステーアが毒を飲んだことは隠しようがなかった。
何せクラウディアも事前に示唆していたぐらいだ。
今日の招待は感謝とは別に、その経緯について求められているのは明白だった。
応接室で侍女がお茶を出し終えると、部屋にはクラウディアたち三人だけが残される。
ここからは内密の時間だ。
対面するラウルにいつもの陽気さはない。
睡眠薬を飲まされたことは、急激な眠気によって本人も自覚していた。
薬を盛られた理由についても、ラウルなりに推測しているだろう。
引き続き潜伏していた影からの報告によると、あれからラウルは脱がされた服を着せられ、気付け薬によって目覚めさせられたという。
「招待されていなかったシルヴェスターが同席していたことで、何となくの流れは見当が付いている。だから答え合わせをさせてくれ」
ラウルの要望に、順を追ってシルヴェスターが語る。
レステーアが無茶は承知で、ラウルとクラウディアの既成事実を作ろうとしていたこと。
その企みを察知したシルヴェスターが止めに入ったこと。
逃げ場はないと悟ったレステーアが毒を飲んだこと。
ラウルは終始黙ったまま頷きで答えた。
「側近に裏切られた気持ちはどうだ? お前だって警戒していただろうに」
「オレの見通しが甘かった。巻き込んだクラウディアには、どう謝ればいいのか……」
前傾姿勢で膝に肘をつき、両手を組むラウルは悲痛な表情を浮かべていた。
責任感の強い彼のことだ、今回の件は自分でも到底許せるものではないのだろう。
そんなラウルに向かって、クラウディアは緩く頭を横に振る。
「ラウル様も被害者だと存じております。それに事前に警告していただいていたおかげで、シルを頼れたのです」
「対策ができていなかったのは、お前だけということだ」
シルヴェスターは、ラウルを追及する姿勢を崩さない。
それどころか嘲笑を浮かべ、煽ってさえいた。
いつもの穏やかさは、応接室に入ったときから鳴りをひそめている。
対するラウルは打ちひしがれていた。
レステーアの企みを止められなかった上、服毒も阻止できなかった無能さに、絶望を味わっているようだった。
「返す言葉もない。結局オレは何もできなかった」
「できなかったのではない。しなかったのだろう? ディアの顔を見て、もう一度同じことが言えるのか」
淡々とした口調に潜むトゲは鋭い。
クラウディアは、この場をシルヴェスターに任せることにしていた。
彼の怒りが本物だったからだ。
シルヴェスターの怒気にあてられたラウルは、ただただ視線を下げる。
「……」
「はっ、情けない。順位が下がったとはいえ、お前もまだ王位継承者だろうに。このざまではバーリ国王の判断は正しかったと認めざるを得ぬな」
「……今回の責任を取って、王位継承権は放棄するつもりだ」
(結局こうなってしまうの?)
学園では、ラウルなりに考えが変わったように見えた。
レステーアは死ななかった。
それでもラウルは、前と同じ道を選ぶのか。
(逆行前の状況はわからないものね……)
何故ラウルが臣籍降下したのか、正確な情報をクラウディアは持っていない。
今までの考えも、ラウルの人となりを元にした推測でしかなかった。
「私の前でそれを口にする意味は、わかっているのだろうな?」
「何か掴んでいるんだろう? オレは地位を失う。見限ってもらって構わない」
「ラウル様……」
あまりの言いように、思わず口が開いていた。
クラウディアの声を聞き、ようやくラウルが視線を上げる。
ダークブラウンの瞳には、自責の念しか浮かんでいなかった。
「キミと話して、オレなりに変わろうとした。だが、どうやら遅すぎたみたいだ」
それだけ言うと、また視線を落とす。
心情を隠さないラウルに対し、シルヴェスターは静かに立ち上がる。
「どうなるか想像できているのか」
「兄上は、王位継承権を放棄したオレに、臣籍降下を求めるだろう」
「ならばこれが、お前との最後の顔合わせか」
王族としての地位を失い、一臣下に成り下がる。
仮に公爵の位を得ても、経緯が経緯だ。
ハーランド王国に迷惑をかけた以上、ラウルがシルヴェスターと会うことは許されないだろう。
シルヴェスターがソファーから離れ、ドアへ向かう。
このまま退席するのかと、慌ててクラウディアも腰を浮かせた。
ラウルだけが、項垂れたまま動かない。
シルヴェスターがラウルの横を通りかかる。
しかし二人の体が交差することはなかった。
「私をバカにするのもいい加減にしろ!」
突如シルヴェスターが向きを変え、ラウルの胸ぐらを掴み上げたのだ。
ラウルもクラウディアも、一瞬何が起きたのかわからなかった。