軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

51.悪役令嬢は判決を下す

レステーアを訪ねて個室へ赴くと、彼女はベッドから上半身を起こして虚空を眺めていた。

陰りのある碧眼がグレーに見え、まだ全快にはほど遠い姿に言葉を失う。

(毒が体から抜けても、心の傷は簡単に癒えないものね)

レステーアが何を思い、自害に踏み切ったのかクラウディアにはわからない。

自らの証拠を用意していたのを鑑みると、最初からそのつもりだったのか。

(でも彼女なら失敗に終わっても、他の王弟派から支援を受けられる可能性があったはずよ)

ラウルから信頼を失っても、道はある。

結局、いくら考えたところで、答えは当人にしかわからないのだが。

(この状態で判決を下したところで、レステーア様に考える力はあるのかしら?)

医師からは回復に向かっていると聞いているものの、体に限った話だ。

どうしようかとシルヴェスターへ視線を送る途中で、レステーアと目が合う。

(え?)

クラウディアに焦点があったレステーアの瞳は、みるみる内に輝きを取り戻した。

頬が紅潮し、花開くように顔が綻ぶ。

「わざわざ来てくださったんですか!?」

前のめりになって喜ぶレステーアに、クラウディアは戸惑うばかりだ。

まるで尻尾を振らんばかりの様相が、どこかの商会の嫡男と被る。

時にはクラウディアを女神と崇めるブライアンと。

一瞬にして表情を変えたレステーアに対し、シルヴェスターはクラウディアを庇うようにして一歩前へ出た。

「その様子だと順調に回復しているようだな」

「本日はどのようなご用件で?」

会話が成立しているように聞こえるが、レステーアはクラウディアから一切視線を逸らさなかった。

まるでシルヴェスターなど見えていないようだ。

「王弟派について知りたいことでもありますか? 何なりとお訊ねください」

「世間話をしに来たのではないの」

「えぇ、そうですよね。何が知りたいですか? 王弟派の隠し資産について? それとも王太子派に潜り込んでいる、王弟派の貴族についてお教えしましょうか」

正真正銘、進んでレステーアは情報を提供しようとしていた。

今の状況に開き直ったのか、情報を先出しすることで心証を良くしようとしているのか、判断がつかない。

ただ普通ではない気配だけは、ひしひしと伝わってくる。

(毒のせいで後遺症が残ったのかしら?)

演技のようには見えなかった。

クラウディアへ向けて口を開くレステーアは、話をしたくて堪らない幼子のようだ。

「隠し資産があるのか? 詳細はあとで聞こう。先に貴様への沙汰を言い渡す」

「クラウディア嬢とまたお会いできるなんて、望外の喜びです!」

「港町ブレナークをはじめとする工作に目をつむる代わりに、貴様には今後、ハーランド王国の諜報員として働いてもらう。聞き入れられない場合は、こちらが握っている証拠をもって、貴様を断罪する」

「どうぞご命令ください。ぼくはあなたの犬となりましょう」

シルヴェスターとレステーアは、どこまでも噛み合わない。

この状況に、クラウディアは薄ら寒さを覚えた。

流石のシルヴェスターも、訝しんでいるのが伝わってくる。

クラウディアは一考の後、シルヴェスターの袖を引いた。

「一度わたくしからも話してみますわ」

「大丈夫か?」

「襲ってはこないでしょう」

そもそもベッド脇にはレステーアを監視するための騎士が立っている。

異常性に目を瞑れば、危険は皆無だった。

「レステーア様」

「様だなんて、やめてください! ぼくにそんな価値はありません。どうぞ呼び捨てになさってください。犬でもゴミでも構いません」

「……レステーア、今の話は理解できて?」

「クラウディア嬢、いえ、我が君が理解しろと仰るならいたします」

クラウディアが呼び捨てにすると、レステーアは表情を真摯なものに改めた。

右手を胸へおき、僅かに頭を下げる。

その姿だけを見ると敬虔な臣下のようだ。

「どうしてわたくしに、そこまで謙るの?」

我が君、と呼ばれる理由がわからない。

毒を飲むまでは、対等に話していたはずだ。

「我が君は命の恩人です。死の淵で、眼前に見えた美しい相貌は忘れようがありません。この命を我が君のために使えるなら本望です」

意識がないと思っていたけれど、クラウディアの姿は見えていたらしい。

それでも仰々しさが拭えない。

眉根を寄せるクラウディアへ対し、レステーアは言葉を続ける。

「我が君と出会ってから、ぼくの心は既にラウルを裏切っていました。ずっとあなたに仕えたかった」

「そんな素振りはなかったように思うけれど」

「バーリ王国の国民として、許されることではありませんから。でも自分の心に嘘はつけませんでした。あなたに仕えられないなら、生きていても意味はなかった」

レステーアが語ったのは、自害の理由についてだった。

企てが失敗し、クラウディアがラウルと一緒になる道がなくなったため、彼女は毒を飲んだのだという。

正直、すぐに受け入れられる話ではない。

しかし嘘かどうかは、今後のレステーアの動きでわかる。

彼女には引き続き、監視が付けられることが決まっていた。それはバーリ王国へ帰ったとしても変わらない。

判決はハーランド王国の利を求めた結果で、結果が得られないなら処分されるだけだった。

それが事実であるならと、クラウディアは命令する。

「では、理解しなさい。あなたの罪が表沙汰になることはありません。ですがラウル様からの信頼はなくなるでしょう。それでもあなたは命令を遂行できて?」

「仰せのままに。我が君の命令とあらば、完遂してみせます」

「言うのは簡単ね」

「ならば証明として、まずはラウルの傍に戻りましょう。信頼は得られなくとも、それくらいはできます」

現状、ラウルはレステーアを疑っている。

しかし睡眠薬の件にしろ、彼は証拠を持っていない。

今までも疑いを持ちつつ、本国へ帰したりはしなかった。

(全く望みがないわけじゃないのね)

それでも普通に考えて、難しいのは明白だ。

シルヴェスターと目を合わせ、考えを共有する。

彼の頷きを見て、クラウディアはレステーアへ答えた。

「言うまでもないけれど、ずっと監視されていることを忘れないで」

「理解しています。我が君のことは一切疑わせません」

「肝に銘じなさい。人を傷付けた分、あなたは人を救わねばならないことを。これがあなたの贖罪よ」

「はい、しかと肝に銘じます!」

時には諜報員が国を裏切り、二重スパイになることがある。

本職ですらそうなのだ。

なおかつ、レステーアはバーリ王国の人間だった。

クラウディアも信用してはいない。

けれど直感的に、彼女から嘘は感じられなかった。